(六)風を継ぐ者
◆ 人間として生きる者
「本人が自分を人間だと思っているなら、最初から精霊王として扱わない」
セトが言った。
「でも、力は精霊王だ」
「役割があることと、本人がその役割だけでできていることは違う」
シアは緑の線を見た。
「人間の中に、精霊王の役割と知識がある?」
「そう見えます」
ネアが答える。
「本人は人間として生まれています。そこへ、大地の記憶から風の役割と知識が継承されたのでしょう」
「人間と風の境界は残っている?」
「ええ。眠りの王は境界を消します。この人間には、人間としての流れが残っています」
「風の役割も消えていない」
「ええ。人間であることを失わずに、風の役割を受け継いでいるのだと思います」
セトは地図へ緑の線を書き加えた。
「見つけても、すぐに神殺しの剣の話を押し付けない」
「時間がない」
「だからこそ、順番を間違えない」
「順番?」
「本人が何を知っていて、何ができて、自分をどう考えているかを確かめる」
「そのあとで頼む?」
「ああ。断る権利があることも含めて話す」
「断られたら困る」
「困るから、選ばせないという話にはしない」
ネアがわずかにうなずいた。
◆ まず探すもの
「神殺しの剣について、ほかに分かることはないのか」
セトが尋ねた。
シアは目を閉じた。
先ほど浮かんだ断片へ、もう一度意識を向ける。
だが、すぐに眉を寄せた。
「分からない」
「何も浮かばない?」
「剣がある。それだけだ」
「どのようなものかも?」
「空だ。三人入る。それ以上は分からない」
「もっと深く見れば分かるかもしれない」
「今はやめてください」
ネアがすぐに止める。
「先ほども途中で呼吸が乱れていました」
「まだ見られる」
「見られることと、戻れることは別です」
「ネアが一緒なら戻れる」
「必ずとは言えません」
シアは不満そうにネアを見る。
「必要なものだ」
「だからこそ、急いで壊してはなりません」
「壊れるのか」
「あなた自身にも分からない断片です。無理に引き出せば、断片だけでなく、周囲にある知識まで乱す可能性があります」
シアはしばらく黙った。
「では、いつ見る」
「状態を確かめながら、少しずつです」
「また曖昧だな」
「あなたの状態が曖昧だからです」
セトはシアを見る。
「剣については、ネアと一緒に無理をせず調べる」
「今すぐではなく?」
「ああ。今は、分からないものを無理に引き出すより、追える手掛かりを追う」
「風か」
「まずは、その役割を受け継いだ人間を探す」
◆ 風を継ぐ者
「神殺しの剣には、三人分の精霊王級の存在が必要です」
ネアが続ける。
「剣について何か分かっても、三人目がいなければ使えません」
「風の継承者を見つければ、すぐ三人目になる?」
シアが尋ねる。
「そうとは限りません」
「なぜだ」
「本人は人間として生きています。風の役割と知識を受け継いでいても、精霊王としての自覚があるかは分かりません」
「力があることも知らないかもしれない」
セトが言う。
「ええ。それに、事情を知ったとしても、セトへ身を預けるかどうかは本人が決めることです」
「断られたら困る」
「先ほども話しただろう」
「覚えている」
「なら、まず会って話す」
「断られないように話す」
「断れないように、ではないぞ」
「分かっている」
シアは緑の線を見る。
「でも、急ぐ」
「ああ。それは同じだ」
リグが線へ細い雷を沿わせた。
紫白色の雷が、枝分かれした風の流れを浮かび上がらせる。
「最も濃い流れは、まだ動いている」
「精霊王の移動ではありません」
ネアが言った。
「人間が街道を移動している速さです」
「場所は絞れるか」
セトが尋ねる。
「大まかには。ただし、精霊王のように一つの強い流れではありません。大地の記憶と、継承者本人の間をたどる必要があります」
「途中で見失う可能性は?」
「あります」
「なら、今のうちに追う」
ハルヴェンが荷物へ目を向けた。
「各国への報告はどうします?」
「使者へ任せる。俺たちは風の継承者を探す」
「神殺しの剣については?」
「シアの中に残った断片を、ネアが調べる」
セトは二人を見る。
「ただし、急がない。危険だと判断したら、すぐにやめる」
「分かりました」
ネアが答えた。
「シアもだ」
「分かった」
「本当に?」
「今は分かっている」
ネアが小さく息を吐いた。
「移動中も状態は確認します。断片そのものを無理に引き出すのではなく、どこまで触れても問題がないかを探ります」
「何か分かるかもしれない」
「分からない可能性もあります」
「それでも見る」
「ええ。ただし、わたしが止めたら止めてください」
「分かった」
神殺しの剣について分かっているのは、まだわずかだった。
神が残した空の器であること。三人分の精霊王級の存在が必要であること。そして、その三人とつながる使い手が必要であること。
どこにあるのか。どのように使うのか。本当に眠りの王だけを消せるのか。
それらは何も分かっていない。
今、追える手掛かりは一つだけだった。
精霊王として生まれず、大地の記憶から最も近しい者へ受け継がれてきた風。
その役割と知識を現在受け継ぐ人間を探す。
セトたちは、街道に沿って移動する緑の流れを追い始めた。
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