(五)血統へ溶けた役割
◆ 血統へ溶けた役割
「別の目的?」
シアが尋ねる。
「自分を、人間に近い存在へ変えるためです」
「役割を手放せば、人間になるのか」
「完全な人間にはなりません」
ネアは首を横へ振った。
「精霊王は、役割と知識を自分の内側へ保持することで、精霊王としての形を保っています」
「それを大地へ置いた」
「ええ。精霊王であるための一部を自分の外へ移したことになります」
「その分だけ、人間に近づいた?」
「おそらくは」
ネアは断定しなかった。
「この方法が、本来そのために作られたとは思えません。ですが、風の精霊王は、役割と知識を手放すことで、自身の存在を人間の側へ寄せたのでしょう」
「なぜ、そこまでした」
「分かりません」
「人間になりたかった?」
「可能性はあります。ですが、それも本人の記憶がなければ確かめられません」
ハルヴェンが枝分かれした線を見る。
「人間へ近づいたことで、人間との間に子を作れるようになった?」
「その可能性があります」
「必ず作れるわけではない」
「ええ。ただ、通常の精霊王よりも、人間に近い身体と存在を持てたのでしょう」
「そして、実際に子が生まれた」
セトが言った。
「そう考えれば、この流れを説明できます」
「子へ役割を移したのか」
シアが尋ねる。
「意図的に子へ渡したかは分かりません」
「大地へ焼き付けたのではないのか」
「焼き付けられた役割と知識は、永遠に大地へ留まり続けるわけではないのでしょう」
ネアは一本の緑の線と、その先へ続く細い枝を示した。
「それを残した精霊王に最も近しい存在が、継承先になります」
「近しいとは?」
「深くつながっていることです。長く共にいた者。存在の一部を分けた者。精霊王本人に近い性質を持つ者」
「精霊王との子なら、最も近い」
セトが言った。
「その可能性は高いでしょう。身体も、人間としての血も、精霊王に由来する性質も受け継いでいます」
「だから、役割と知識も子へ移った」
「結果としては」
「結果として?」
「風の精霊王が、最初から血統へ残すことまで考えていたかは分かりません」
ネアは枝分かれした流れを見る。
「自身を人間へ近づけ、その結果として子が生まれた。風の精霊王が役割を手放した時、その子が最も近しい存在だったため、役割と知識を継承した。その可能性が高いというだけです」
「次の代も同じか」
「役割を持つ者にとって、自身の子が最も近しい存在となれば、継承は繰り返されます」
「それで血統になった」
「ええ。血そのものへ均等に混ざったのではなく、最も近しい者への継承が、結果として血統の中で続いたのでしょう」
「全員が風の精霊王なのか」
「いいえ」
ネアは薄く枝分かれした線を示した。
「継承されなかった者にも、わずかな影響は残ったようです。風を感じやすい。偶然、風を動かす。その程度の性質です」
「役割と知識を継承した者は?」
「一つの代に、最も近しい一人だけだった可能性があります」
「今もいる?」
「ええ」
緑の線の一つが、ほかよりもはっきりと光った。
「現在、風の役割と知識を最も強く受け継いでいる人間です」
「風の精霊王か」
「まだ、そうとは言えません」
「では何だ」
「大地に残された風の役割を、現在受け継いでいる人間です」
「本人は知っているのか」
「分かりません」
◆ 眠りを免れた理由
「なぜ、風だけが眠りの王へ入っていない」
セトが尋ねた。
「風の役割が、精霊王として外へ存在していないからでしょう」
ネアが答える。
「シア、わたし、リグは、精霊剣として人間側へ境界を残しました」
「風の役割は、大地の記憶と人間の側へ移っている」
「ええ。現在の継承者も、精霊王として生まれた存在ではありません」
「人間として生まれ、その中に役割と知識がある」
「そう見えます」
ネアは最も濃い線を見る。
「完全な精霊王として外へ現れていないため、眠りの王からは人間の中にある一つの性質として見えているのかもしれません」
「安全なのか」
「今まで取り込まれなかったというだけです」
「これからは?」
「眠りの王の作用が人間の境界まで強く及べば、影響を受ける可能性はあります」
シアが緑の線へ手を伸ばす。
「なら、先に見つける」
「見つけて、どう説明するのです」
「あなたは風の精霊王だ。剣になってほしい」
「逃げられると思います」
ハルヴェンが言った。
「なぜだ」
「俺でも逃げるかもしれません」
「ハルヴェンはもう剣を持っている」
「そういう問題ではありません」
※第23話「神殺しの剣」は全六回です。
続きます。
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