(二)助かるとは言わない
◆ 人間だけは残れない
「精霊王ではないなら、人間は取り込まれにくい可能性があると言っていたな」
セトが確認する。
「ええ。しかし、取り込まれにくいことと、生きられることは別です」
ネアは地面へ視線を落とした。
「人間は火を作り、水を飲み、空気を吸い、大地の上で生きています」
「どれか一つでもなくなれば困る」
「ええ。すべての現象が同じものへ溶ければ、人間の身体も今の形を保てないでしょう」
ハルヴェンが自分の手を見る。
「人間も、身体の中ではいろいろなものが別々に働いています」
「その違いも、世界の現象と無関係ではありません」
「人間だけを守る壁は作れない?」
「壁を作る力も、守られる身体も、眠りの王の外にはありません」
「残ったとしても、生きているとは言えないか」
「ええ。個人の境界だけが残ればよい問題ではありません」
「どれから眠る」
シアが尋ねた。
「分かりません」
「火が先か。水が先か」
「属性ごとの順番ではないと思います」
ネアは周囲の原光を薄く集めた。
「流れが弱い場所。すでに乱れている現象。個としての境界を失いかけている精霊王。そのようなものから影響を受ける可能性があります」
「同じ火でも、場所によって違う?」
「ええ。こちらでは燃えていても、別の場所では火としてまとまらなくなるかもしれません」
「人間は、どこから崩れる」
セトが尋ねる。
「分かりません。身体かもしれません。周囲の空気や水が先かもしれません」
「確かめるために待つことはできないな」
「確かめられた時には、その場所で被害が始まっています」
◆ 助かるとは言わない
「その後は」
セトが尋ねた。
「いつか、また始まるでしょう」
ネアは、遠い未来を慰めのようには語らなかった。
知識にある事実を、そのまま置く声だった。
「原光まで消えるわけではありません。長い時間をかけて流れが整えば、再び違いが生まれる可能性があります」
「火や水も戻る?」
「同じものかは分かりません」
「精霊王は?」
「役割が再び分かれれば、新しい精霊王も生まれるかもしれません」
リグが腕を組む。
「今いる者ではない」
「ええ」
「人間もか」
「今の人間が戻るとは考えにくいでしょう」
ハルヴェンが小さく息を吐いた。
「世界は続いても、俺たちは続かない」
「そうなります」
「始まるのは、今とは別の世界ですね」
「少なくとも、今の世界の続きとは呼べません」
シアはしばらく黙っていた。
難しい説明を理解できていないのではない。
短い言葉へまとめようとしていた。
「それは、この世界が助かるとは言わない」
「ええ。ですから、今回は待つこともできません」
「普通は待つのだろう」
セトが言う。
「普通なら、眠りの王が世界を眠らせる前に原光が戻ります」
「今回は普通ではない」
「古代兵器が、世界規模で原光を奪いました。眠りの王が活性化するほどの空白が、一度に各地へ生まれています」
「兵器は止まった」
「ええ。ですが、取り込まれた精霊王の力が眠りの王へ残っています」
「原光が戻るのと、眠りの王が大きくなるのが同時に進んでいる」
「そう考えるべきです」
待つという知識は残っていても、今が待てる状態だという保証はなかった。
◆ 回復と吸収
ネアは、周囲へ戻る原光と、東へ消える細い流れを並べた。
一方は広く薄く世界へ戻る。
もう一方は細いまま、境界を失う場所へ吸い込まれている。
「原光が戻れば、必ず眠るわけではないのか」
ハルヴェンが尋ねた。
「本来は、そのはずです」
「今は違う?」
「眠りの王が、空白だけではなくなっています」
「取り込んだ精霊王の力か」
リグが言う。
「ええ。役割も力も、個人として分けられないまま残っています」
「その力で空白を維持している?」
「可能性があります。少なくとも、原光が少し戻っただけでは消えていません」
「回復すれば弱くなる。だが、取り込めば強くなる」
「そう見えます」
「どちらが勝つか分からない」
「ええ」
「原光が戻る速さだけでも測れないか」
セトが尋ねた。
「この周囲なら測れます」
「世界全体は?」
「ここからでは無理です。流れが戻っていても、別の地域ではまだ兵器の影響が残っている可能性があります」
「兵器は全部止めたはずだ」
シアが言う。
「確認できた兵器は、です」
「まだある?」
「動いているほどの吸収は感じません。ただ、地下に残った器や、原光が戻りにくくなった流路までは分かりません」
リグが地面へ手を当てる。
「流れが細い。止まってはいないが、元どおりでもない」
「回復の速い場所だけを見て、世界全体も同じだと考えるのは危険です」
ネアの言葉に、セトは地図へ新しい印を付けた。
※第22話「過ぎ去るのを待てない」は全五回です。
続きます。
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