(八)名前を奪うもの
◆ 名前と境界
「個人名があることも関係するのか」
セトが尋ねた。
「可能性はあります」
ネアが答える。
「役割名だけでも、個体を示すことはできます。ですが、役割と個人を分ける名前があれば、境界はより明確になります」
「イフリートではなく、シア」
「ああ」
シアが頷く。
「セレーネではなく、ネア」
「ええ」
「ペルーンではなく、リグ」
「そうだ」
リグも答えた。
◆ 名前の由来
「ハルヴェンがリグという名前を付けたのか」
「いや。俺は以前から持っていた」
「誰にもらった」
「昔のことだ」
「覚えていない?」
「覚えているが、お前に説明する必要はない」
「なぜだ」
「長くなる」
◆ 同じではない
「ネアは二百十三年前のことを覚えている」
「そこで俺を見るな」
「リグが話したくないなら、聞かなくてよいでしょう」
ネアが言った。
「ネアは話すのか」
「話しません」
「二人とも同じだな」
「そこは似ていない」
リグがすぐに否定した。
「同じだ」
シアもすぐに返す。
セトは話を戻した。
「個人名を持たない精霊王は、取り込まれやすいのか」
「それだけで決まるとは思いません」
ネアが答える。
「名前がなくても、自分と他者を区別し、周囲から一個人として認識されていれば、境界は存在します」
「だが、名前があれば分けやすい」
「ええ」
「眠りの王は、名前も境界も奪う」
「奪うという意識があるかは分かりません」
「結果としては同じだ」
「そうですね」
◆ 呼び戻せない名前
セトは、眠りの王へ消えていく流れを見る。
「取り込まれた精霊王の名前を呼べば、戻せないのか」
ネアは黙った。
「分からない?」
「名前だけが残っていても、呼ばれる側が自分とほかを分けられなければ、応じられません」
「俺たちが覚えていても?」
「精霊剣として直接つながっていない相手です。外側から名前を知っているだけでは、足りない可能性が高いでしょう」
「なら、リグやネアが知っている相手も?」
「わたしたちが覚えていることと、相手の存在を預かっていることは違います」
「助けられないのか」
「まだ、そう決まったわけではありません」
ネアは断定しなかった。
助けられるとも言わなかった。
◆ 目覚めた原因
「眠りの王は、なぜ今まで動かなかった」
セトが尋ねた。
「眠っていたからだろう」
シアが答えた。
「なぜ眠っていたかという話だ」
「眠りの王だから」
「名前から決めるな」
「でも、合っている」
「結果はな」
ネアは、周囲へ戻り始めた原光を見る。
「眠りの王は、原光が十分にある状態では活性化できないのでしょう」
「空白だからか」
「ええ。原光が満ちていれば、大きな空白はすぐに周囲から埋められます」
ネアは空中へ黒い点を作る。
周囲の原光が流れ込み、黒い点はすぐに小さくなった。
「通常なら、欠落が生まれても一時的です」
「古代兵器が世界中から原光を吸った」
「その結果、本来なら埋まるはずの空白が残りました」
「空白が大きくなり、眠りの王になった」
「正確には、眠りの王という状態が活性化したのでしょう」
「古代兵器が作ったのか」
ハルヴェンが尋ねる。
「眠りの王そのものを作ったわけではないと思います」
「以前から存在した?」
「存在と呼べる状態ではなかったのかもしれません。原光が満ちている間は、空白としてまとまる前に埋められていたのでしょう」
「原光が減れば、どこにでも現れる?」
「小さな欠落がすべて眠りの王になるわけではありません。世界規模で流れが崩れ、空白同士が埋められなくなるほど広がったことが条件だと思われます」
◆ 戻らない眠り
「古代兵器は止まった」
シアが言う。
「原光も戻っている」
「ええ」
「なら、眠りの王も止まる?」
ネアは答えなかった。
「止まらないのか」
「分かりません」
「原光が戻れば空白は埋まると言った」
「通常の空白なら、です」
「眠りの王になったあとは違う?」
「すでに精霊王を取り込み、その力と役割を自分の一部にしています」
「空白なのに、力がある」
「そこが、最初の空白とは違います」
※第21話「目覚める眠り」は全九回です。
続きます。
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