(四)眠りの王
◆ 知識の底
ネアは、もう一度目を閉じた。
今度は周囲の流れではなく、自分の中へ意識を向ける。
精霊王は、生まれた時から知識を持っている。
属性の扱い方。
世界の基本的な構造。
自分が担う役割。
過去の同じ役割が残した技術。
だが、すべての知識を常に思い出しているわけではない。
必要になった時、関係する知識が浮かぶ。
知らないものを見た時、それに近い知識が引き出されることもある。
ネアの中には、原光の吸収や欠落に関する知識が多い。
原光を集める。反射する。偏らせる。散らす。
流れを一時的に絶つ。
自分が作る空白と、今見つけた空白が、どこまで同じなのかを探る。
しばらくして、ネアの眉がわずかに動いた。
「知っているのか」
セトが尋ねた。
「名前だけは」
ネアが目を開ける。
「何という」
ネアはすぐには答えなかった。
知識が曖昧なのではない。
言葉へ出す前に、その意味を確かめているようだった。
「眠りの王」
小さな声だった。
それでも、全員に聞こえた。
◆ 現象の眠り
「精霊王か」
セトが尋ねる。
「そう呼ばれています」
「役割名は?」
「ありません」
「イフリートやセレーネのような名前がない?」
「ええ。通常の精霊王とは異なります」
シアが首を傾げる。
「眠りを扱う精霊王ではないのか」
「人間を眠らせるようなものではありません」
「では、何を眠らせる」
「現象です」
「現象?」
「火が火として燃えること。水が水として流れること。雷が雷として走ること」
ネアは、先ほど色を失った流れへ目を向けた。
「それぞれが別の役割を持ち、別のものとして存在する状態を終わらせます」
「全部を止めるのか」
「止めるだけではありません」
「なくす?」
「違いをなくします」
シアは考え込んだ。
「火と水が同じになる?」
「最後には、どちらでもなくなります」
「原光へ戻すのとは違うのだな」
セトが言った。
「違います。原光へ戻れば、そこから再び分かれることができます」
「眠りの王へ入ったものは、分かれない」
「少なくとも、そのままでは」
◆ 原光を持たない王
ハルヴェンがネアを見る。
「眠りの王も、原光から生まれた精霊王なのですか」
「そこが曖昧です」
「分からない?」
「ある意味では、最も純粋な精霊王です」
「純粋?」
「精霊王は、原光から一つの役割へ分かれた存在です。火、月、雷、水。役割を得ることで、ほかとは異なる一個の存在になります」
ネアは自分の手を見る。
「眠りの王には、その分かれた先がありません」
「何の属性でもない?」
「ええ」
「なら、原光そのものか」
「原光すら持っていません」
セトはネアの言葉を待った。
シアも口を挟まなかった。
「原光を持たない。しかし、存在している」
ネアが続ける。
「そこに何もないことだけが、存在としてまとまっている。空白の精霊王と呼ぶ方が近いかもしれません」
◆ 境界のない空白
「闇とは違うのか」
セトが尋ねた。
黒刃も、原光を集めなかった結果として生まれる欠落だ。
原光を排除し、一時的な空白を刃の形へ固定する。
眠りの王も空白なら、黒刃やネアの力と近いように思える。
「近くはあります」
ネアが答えた。
「ですが、根本的に異なります」
「何が違う」
「わたしが扱う欠落には、境界があります」
ネアは指先へ小さな黒い点を作った。
周囲の原光が押しのけられ、指先だけが光を失う。
「どこからどこまで原光を絶つのか。何を吸収し、何を残すのか。わたしが理解し、分けているから、この空白はこの形で存在します」
黒い点は指先から離れ、小さな円になった。
円の外側には原光がある。
内側にはない。
境目がはっきりしていた。
「眠りの王には、この境界がありません」
「空白が広がり続ける?」
「広がるというより、触れたものを自分との区別がない状態へ変えます」
「ネアの空白は、外と中が分かれている」
セトが言う。
「眠りの王は、外にあるものを中へ入れて、同じものにする?」
「ええ」
ネアは黒い円を消した。
「わたしは光を絶ちます。ですが、あれには絶つべき光すらありません」
※第21話「目覚める眠り」は全九回です。
続きます。
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