(一)雷の精霊王
◆ 剣から戻る者
紫白色の雷をまとった剣が、ハルヴェンの手の中で震えた。
刀身を走っていた雷が離れ、細い光となって地面へ流れる。
ハルヴェンは柄から手を放した。
剣が紫白色の光へほどける。
光はその場へとどまり、人の輪郭を作り始めた。
現れたのは、二十歳ほどに見える青年だった。
セトよりもやや背が高い。鋼色にわずかな紫を混ぜた短い髪。濃い金色の瞳。
黒に近い紫の袖なし上衣を着て、両腕には黒い布を巻いている。
人の姿へ戻ったあとも、髪の先から細い雷が弾けていた。
青年が目を開く。
最初に見たのは、ハルヴェンだった。
「怪我は」
「ありません」
「本当か」
「鎧と服が焦げた程度です」
ハルヴェンは自分の腕を動かしてみせた。
「中枢を壊した時に少し無理をしましたが、動けます」
「ならいい」
青年が頷く。
その声を聞き、ネアが振り返った。
「リグ?」
青年もネアを見る。
濃い金色の目がわずかに見開かれた。
「……ネアか。まだ生きていたのか」
「それはこちらの台詞です」
「最後に会ったのは、二百年ほど前だったか」
「正確には二百十三年前です」
「相変わらず細かいな」
リグは苦笑した。
◆ 二百十三年ぶり
シアはネアとリグを交互に見た。
「知り合いか」
「顔見知りです」
ネアが答える。
「二百十三年前に会いました」
「一度ではない」
リグが言った。
「三度は会った」
「そうでしたか」
「年数は覚えているのに、会った回数は覚えていないのか」
「年は記録に残しやすいですから」
「俺と何度会ったかは、記録するほどではなかったと」
「そこまでは言っていません」
「だいたい同じ意味だろう」
ネアは否定しなかった。
リグはシアへ目を向ける。
「お前が今代のイフリートか」
「ああ。シアだ」
「個人名を持っているのか」
「セトにつけてもらった」
「そうか」
リグは岩陰に横たわっているセトを見る。
セトは片腕を上げようとしたが、肘がわずかに動いただけだった。
「セトだ」
「リグだ。雷の精霊王、ペルーンの個人名でもある」
「さっきの剣は、お前だったのか」
「ああ。俺がハルヴェンへ身を預けた」
リグはハルヴェンの隣へ並んだ。
「雷の精霊剣だ」
「精霊王本人だったんだな」
「剣から声が聞こえていただろう」
「聞こえたが、名前までは分からなかった」
「話している余裕もなかったからな」
リグは倒れた古代兵器を振り返る。
外殻から原光は漏れていない。
中枢を破壊された巨体は、完全に沈黙していた。
◆ 火と雷
リグは再びネアへ向き直った。
「それにしても、ネアが精霊剣として委ねる相手がいたとはな」
「あなたは、割と委ねがちみたいですね。イフリートと少し似てます」
「俺がイフリートと?」
リグが眉を上げた。
「相手を選んだあと、身を預けることに迷いが少ないところがです」
「選んだ相手を信じるのは当然だろう」
「ああ」
シアも頷いた。
「セトに預けると決めた。なら、迷う理由はない」
ネアが二人を見る。
「ほら、似ています」
「俺は相手をよく見て決めた」
リグが言う。
「わたしもちゃんと見た」
「どのくらいだ」
「魔剣を探す旅をした。魔獣とも戦った。グラウスとも戦った」
「なら、十分に見ているな」
「だからちゃんと見たと言った」
「俺もハルヴェンを見て決めた」
「同じだな」
「一緒にするな」
「なぜだ」
「俺の方が慎重だった」
「わたしも慎重だった」
シアとリグが互いを見る。
「張り合うところではありません」
ネアが言った。
「ですが、二人とも相手を選んだあとは迷わないのでしょう」
「迷う必要がない」
シアとリグの声が重なった。
ネアは小さく息を吐いた。
「やはり似ています」
※第20話「来なかった精霊王たち」は全六回です。
続きます。
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