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第八話「侵食」

【調査記録:KJ-017 / 内部資料】

媒体:動画プラットフォーム視聴分析ログ(フォレンジック・データ)

回収元:失踪者「三上葵」私物スマートフォン『iPhone 14/位置情報をもとに回収されたもの/家族の同意を得て調査)

解析担当:篠崎ミナ

 

視聴履歴・深層分析ログ

6月7日(月):潜伏期

【検索履歴】

・疲れやすい 人間関係

・人付き合い 疲れる 原因

・一人になりたい 心理

(※午前2時台の検索が集中。慢性的な睡眠不足と疲弊が推測される)

 

【推薦アルゴリズムの挙動】

初期段階では、YouTube等の一般的なメンタルケア・コンテンツが提示されている。

・「頑張りすぎる人の特徴なのだ」

・「優しい人が損をする理由」

・「心理学者が教える、心を楽にする方法」


分析コメント:

この時点ではまだ「正常な情報収集」の範疇である。プラットフォーム側も、対象者を「癒やしや休息を求めているユーザー」と分類し、比較的マイルドな自己啓発動画を供給している。

 

6月8日(火):接触・共鳴期

【主要視聴動画】

「人間関係で消耗しない考え方3選なのだ」

(再生時間:100%・フル視聴)

 

【行動ログ】

本編終了後、コメント欄の閲覧に17分32秒を費やしている。

上位表示されていたコメント:

・「もっと早くこの動画に出会いたかった。涙が止まらない」

・「ずっと自分が悪いと思ってたけど、相手が悪かったんだ。切ってから本当に楽になった」

・「人生変わった。どうもありがとう」

 

分析コメント:

対象者は動画の内容そのものよりも、「他者の肯定的反応」を執拗に確認している。自身の内にある漠然とした不満や罪悪感を、コメント欄の熱狂に投影し、正当化バリデーションし始めた段階。

 

6月9日(水)〜6月10日(土):侵食期

【ショート動画連続再生ログ】

・視聴総数:114本(うち同系統:91本)

・共通キーワード:距離を置く/自分を守る/もう我慢しない/選ぶ

 

【推薦精度の先鋭化】

視聴継続率が90%を超えたことで、アルゴリズムは「対象者の嗜好」を【人間関係の拒絶・選別】に固定。表示される動画の内容が段階的に過激化する。

 

ショート動画書き起こし:検体A

「……その人といると疲れるのだ? それ、魂が拒否してるサインなのだ。無理して合わせる必要なんて、一ミリもないのだ。自分を削るやつは、今すぐ捨てていいのだ」


ショート動画書き起こし:検体B

「『冷たいかな』なんて思わなくていいのだ。あなたの時間はあなたのもの。変わらない人に使う時間は、ドブに捨ててるのと同じなのだ。……もう、気づいてるはずなのだ」


分析コメント:

動画の尺は15秒から30秒。この短時間の反復視聴は、脳を「軽いトランス状態」に導く。否定的な言葉を極力排除し、「あなたは悪くない」「あなたが選ぶ」という甘美な肯定を浴びせ続けることで、対象者の自意識を肥大化させ、同時に外部との繋がりを「不純物」として認識させるフィルタリングが完了した。


 

トレンド変化と「言語の汚染」

【トレンド推移グラフ(ミナによるテキスト化)】

1. 「疲れる」(検索増加率:12%)

・初期の疲弊状態

2. 「距離を置く」(増加率:48%)

・自己防衛の模索

3. 「切るべき人」(増加率:210%)

・他者の選別と排除の開始

 

【削除済みコメントの復元(ノイズに紛れていた警告)】

解析中、運営または投稿者によって「不適切」として即座に削除されたと思われるコメントを複数復元。

・「これを見始めてから、妹が部屋から出てこなくなった。家族全員の着信を拒否してる」

・「おすすめにずっと出てくる。消しても消しても、違うアカウントから同じ動画が流れてくる。怖い」

・「……あいつ、画面の中で笑ってない。時々、こっちを見てる気がする」

 

解析担当メモ:篠崎ミナ

「……気持ち悪いです。最初は、どこにでもある『前向きなアドバイス』なんです。むしろ正しいことしか言ってない。でも、その正論をシャワーみたいに浴びせられ続けると、いつの間にか『誰かと関わること=自分を削る損失』っていう極端な等式が、脳に焼き付いてしまう。三上葵さんのログの最後の方は、もう動画を『見てる』んじゃなくて、『浴びて』ます。48時間で91本。一分に数回のペースで、あの合成音声を聞き続けてる。彼女にとって、外界の友人の声は『消耗させるノイズ』で、画面の中の毒が『唯一の味方』になったんです」

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