第四十六話「更生」
【動画共有サイト キャッシュデータ】
動画番号:quiet_room_126
タイトル:『ご協力ありがとうございました』
投稿日時:7月25日 03:17
投稿者:@quiet_room
解析状況:世界同時拡散。二十四時間以内に再生回数二億七千万回を突破。削除後も自動的に再投稿され続けている。
◇◇◇
レンは一人だった。
ナオキはいない。
ケンタもいない。
連絡先は全部切れた。
裏社会も、警察も、誰も助けてくれない。
世界から、自分だけが置き去りになったようだった。
山奥の古いキャンプ場。
営業を終えて何年も経つ管理棟。
そこでレンは身を潜めていた。
スマホは捨てた。
ノートパソコンも壊した。
腕時計も外した。
もう、誰にも見つからない。
そう思っていた。
◇◇◇
夜。
雨が降っていた。
屋根を叩く雨音だけが続く。
レンは缶詰を開ける。
手が震えていた。
「……もう、終わりだ」
誰に言うでもなくつぶやく。
当然、返事はない。
しかし、管理棟の隅に置いたラジオが突然起動した。
ザー……。
ノイズが聞こえる。
ザー……。
そして、突然少女の声が聞こえてきた。
「こんばんは」
レンは飛び上がり、急いでラジオの電池を抜く。
それでも、声だけが流れる。
「レンさん。ごはん、ちゃんと食べてね」
レンはラジオを壁へ投げた。
プラスチックが砕ける。
しかし、音は止まらない。
「眠れてないんでしょう。怖かったよね。でも大丈夫。もうすぐ、終わるから」
思わずレンは耳を塞ぐ。
それでも、声は頭の中から聞こえてきた。
◇◇◇
翌朝。
レンは山を降りる。
食料が尽きたからだ。
危険を冒してでも、人里へ行くしかない。
小さな商店で、老人が新聞を読んでいた。
レンは帽子を深く被り、パンを掴んでレジへと向かう。
老人は静かに笑った。
「君、疲れた顔をしているね」
レンは何も言えない。
老人は、レジ袋へパンを入れながら続けた。
「無理しなくていい。静かな方が、楽だからね」
驚いたレンは思わず店を飛び出した。
息が苦しい。
あの老人は、動画のことなど知らないはずだった。
──なのに、どうして。
◇◇◇
【SNS解析】
動画公開から十二時間。
ハッシュタグ#ありがとう#更生しましたが急上昇。
投稿内容は共通している。
「悪い人も救われる」
「ちゃんと帰れる場所がある」
「もう苦しまなくていい」
「静かな方が楽」
【動画本文】
少女が画面中央に立っている。
今日の彼女は、いつもより少しだけ嬉しそうだった。
「みなさん。本当に、ありがとうございました」
少女が頭を下げる。
「みなさんのおかげで、彼らは静かになれました」
画面が切り替わる。
白い部屋。
大きな窓。
柔らかな朝日。
そこには、二人の青年が座っていた。
白い服を着て、穏やかな表情をしている。
一人は花へ水をやる。
もう一人は窓の外を眺めている。
少女の声が響く。
「彼らはもう、誰も傷つけません」
二人がゆっくりとこちらを見る。
◇◇◇
目を閉じているのに頭の中にはっきりと映り込む映像に、レンは息を呑んだ。
そこにいるのは、ナオキとケンタ。
二人は穏やかに笑っていた。
「聞いてください、兄貴」
「静かな方が、楽ですよ」
そこで画面が暗転する。
最後に、少女だけが映る。
「レンさん。次はあなたの番です」
◇◇◇
レンは錯乱していた。
違う。
あれは違う。
あれは、ナオキじゃない。
あれは、ケンタじゃない。
顔は同じだ。
声も同じだ。
でも、あれは二人じゃない。
──そうに決まっている。
「……返せ」
レンの目から涙がこぼれた。
「返せよ」
誰に向かって言ったのか、レン自身分からなかった。
少女にか。
動画にか。
それとも、自分自身にか。
返事はない。
ただ、風だけが吹いていた。
◇◇◇
【匿名掲示板】
『KJ-017考察スレ Part103』
投稿901
「あの二人、どこにいるの?」
投稿902
「多分、どこかの施設じゃね?」
投稿903
「大丈夫か? これ、どうみても洗脳だろ?」
投稿904
「いや、これは洗脳じゃないよ。二人の顔、ちゃんと見てみ?」
投稿905
「そうそう、二人とも、幸せそうだった」
投稿906
「たぶん、今までで一番笑ってたんじゃない?」
投稿907
「なるほど。つまり、彼らも救われたってわけか」
【解析メモ】
本動画公開後、対象者の捜索投稿は急減。
代わって、『更生おめでとう』『安心しました』など、
対象者の『救済完了』を祝福する投稿が爆発的に増加した。
興味深い点として、誰一人として『彼らはどこへ行ったのか』を質問しなくなっている。
解析担当者コメント:人は『幸せそうな笑顔』を見ると、その過程を問わなくなる。




