第二十九話「深夜のニュース」
【大東京テレビ・マスターコントロールルーム(主調整室)運行ログ】
放送日時:7月8日 23:00〜23:55
番組名:『TNN ナイトフロント24』
事象:番組生放送中における、原因不明の映像・音声ノイズの混入、および放送終了後におけるスタジオ内の『集団機能停止』
その夜、深夜の報道番組では、日本国内で爆発的に増加している『ある異常なトレンド』についての特集が組まれていた。
【番組アーカイブ映像・文字起こし】
キャスター: 「近年、SNS疲れや過剰なコミュニケーションによるストレスを背景に、家族や職場、すべての人間関係を突如として断ち切り、社会から姿を消す若者が急増しています。
これまでの『失踪』や『家出』とは異なり、彼らは金銭トラブルや事件性を一切残さず、ただ静かに、自らの意志でスマートフォンの契約を解除し、SNSアカウントを削除して消えていくのが特徴です。専門家の間では、この現象を『デジタル静寂症候群』とも呼び始め、警戒を強めています」
【街頭インタビュー(渋谷スクランブル交差点付近)】
男性(22・大学生):「通知、全部切ったら本当に楽になりました。誰からも何も言われない時間が、一番贅沢だなって」
女性(31・会社員):「最近は、休日に誰とも会わない、誰とも一言も喋らない日が、人生で一番落ち着きますね」
男性(19・フリーター):「どっか、もっと静かな場所に行きたいって、ずっと思ってます。音が何もない場所」
彼らの語る言葉は、一見、現代社会のストレスに対する一般的な不満のように見えた。しかし、その誰もが、一様に生気を欠いた、どこか遠くを見つめるような目をしていることに、番組制作陣は気づいていなかった。
【放送事故解析ログ・23:52:11】
中盤のニュース解説中、全国に送出されている電波に、突如として激しい技術的エラーが発生した。
23:52:11.02:
画面右下に、一瞬だけ緑色の激しい走査線ノイズが混入。スタジオの照明が一瞬、感知できないレベルで暗転。
23:52:11.45:
生放送のスタジオ映像が、『0.8秒間』完全に遮断される。
代わりに地上波の画面いっぱいに表示されたのは、網膜に焼き付くような鮮烈な『深い緑色のフレーム』。そしてその中心に、あのダークグリーンの髪の少女の不気味な顔の静止画。
スピーカーからは、スタジオの音を完全に圧殺する音量で、あの合成音声が、直接視聴者の脳に語りかけるように響いた。
『あなたも、もう気づいているはずなのだ』
23:52:12.25:
映像が復旧。キャスターは自らに何が起きたか理解していない様子で、何事もなかったかのように原稿を読み続け、番組はそのまま進行した。
しかし、電波に乗せられた『毒』は、深夜の視聴者たちの精神に確実に突き刺さっていた。
【テレビ局視聴者センター・入電記録およびSNSログ】
「今、ニュースの途中で変な女の子が映らなかった? 声も聞こえたんだけど」
「テレビから『気づいているはず』って聞こえて、心臓が止まるかと思った」
「深緑色の髪の女の子。あれ、ネットで噂になってるやつだ……」
ネット上のタイムラインは一時、#放送事故 のハッシュタグで爆発的に埋め尽くされた。しかし、その騒ぎは、奇妙な軌道をたどって急速に収束していくことになる。
『放送事故怖かった』というポストは、数分後には全く異なる言葉へと変質していった。
@anzu: 「でも、あの声の言う通りかもしれない。通知、全部切った。すごく静かだ」
@seiko_mikan: 「もう頑張って喋らなくていいんだ。ハッシュタグ追うのやめる」
@son_damon: #通知切った #静かな場所へ
驚異的な速度で急上昇していたトレンドワードは、午前0時を回る頃には、嘘のように静まり返っていった。言葉を発することそのものを、閲覧者たちが次々と放棄していったからである。
テレビ局の内部報告書には、技術的な原因は『一切不明』と記録された。外部からの電波ジャックの痕跡はなく、マスターの編集データにも異常はない。しかし、最も恐ろしい変異は、放送が終わった直後のスタジオで起きていた。
【深夜バラエティ番組制作スタッフの証言】
「ナイトフロントの放送が終わった直後、次の番組の準備のために報道フロアに入ったんです。いつもなら、生放送の緊張が解けて、スタッフ同士がインカムで怒鳴り合ったり、反省会をしてるはずなんです。なのに……フロアが、異常に静かだったんです。何十人もスタッフがいるのに、誰も一言も喋っていない。みんな、自分のデスクの椅子に深く腰掛けたまま、無言で自分のスマホの画面を見つめているんです。私が『お疲れ様です』って声をかけても、誰も振り返らない。ただ、モニターの光に照らされた彼らの顔が、もの凄く……もの凄く穏やかで、幸せそうに微笑んでいて。その中の一人が、ゆっくりとした動作で、スマホの設定画面を開くのが見えました。そして、なぜか『通知OFF』ってつぶやいたんです。すると、まるでそれが合図だったみたいに、隣の席のディレクターも、その奥のアナウンサーも、みんな無言で、全く同じようにスマホの画面をタップし始めたんです。カチ、カチ、っていう画面のタップ音だけが、広いフロアに響いていました。私は怖くなって、荷物も持たずに逃げ出しました」




