episode7
宮長会議から戻ったカイドの顔は、僅かに強張っていた。他の宮員には分からないほどの、些細な違和感。
でもアタシには分かってしまった。
これは、良くないことが起きているのだと。
「エゼリア領の町の上空に魔物の巣が発生したらしい。今日明日に孵化するというものではないから、今回の任務は結界を張り、巣の内部の解析だ。同行するのは、リリーボレア、ウレン、ララワグ、そしてアテラス君!良い実戦研修になるぞ!」
研修生のアテラスちゃんは、不安そうな顔をしていた。
アタシはそっと彼女の小さな肩に手を添えた。
「安心してね、アタシ達がいるし、危ないことはないから。魔物の巣が発見されてすぐに処理出来ない時は巨蟹宮が結界を張ったり解析したりするのよ」
自分に言い聞かせるように、不安の芽を摘み取ろうとした。
♢♢♢
町の役人に案内され、魔物の巣の真下に辿り着いた。そこは町の中心部で、たくさんの人々が生活を送る場所だ。
普段の活気はどことなく身を潜め、通り過ぎる町民の顔には恐れが浮かんでいた。
間近で見た巣は赤黒く、菱形のような形をしている。ボコボコとした血管が浮かんだ表面は、震えたりぐにゃりと歪んだりして、生命が今まさにそこで息づいているのを感じた。
カイドは杖を出現させ、魔力を込めた。
檸檬色の瞳は漆黒に輝き、色鮮やかな遊色を浮かべて瞬いている。
「アウルム・モエニア・ノービス・パーチェム《結界魔法・黄金の城壁よ我らを守り給え》」
彼の足元から黄金の魔方陣が現れる。
そこから流れ出す光が魔物の巣を城壁で覆うように広がった。
(いつ見ても、カイドの魔法は綺麗だわ)
魔方陣の上で真剣な顔付をするカイドからはいつものような情けなさは消え去っている。
まるで別人のようで、ぎゅっと胸元の服を掴んで心を宥めた。
「普段お茶らけているけど、宮長本当は凄い魔法使いなのだ」
「結界魔法において彼の右に出る者はいない」
こういう所では、宮員満場一致でカイドのことを認めている。
それが弟子として、何よりも誇らしいのだ。
突如ララワグが声を上げた。それに気づいたカイドは彼に近づき、解析水晶を覗き込んだ。
「どうした、ララワグ」
「あ……そ、それが……!」
解析水晶の中の数値はどんどん上昇し、停止する見込みが無い。固唾を飲んで見守る彼らからは不穏な気配が漂った。
「っ!危ない!」
バリンッ!!
解析水晶に稲妻のような亀裂が入る。ピーッピーッと鳴る機械的なエラー音が、青空に鳴り響いた。
「……魔力値、測定不能……」
「そんな馬鹿な……」
嫌な汗が背中を伝う。魔力値が振り切れるほどの魔物なんて聞いたことがない。
アタシ達はその場に立ち尽くすことしか出来なかった。カイドは上空の巣を見上げ、語りかけるように呟いた。
「お前は一体何者だ……?」
巣はそれに呼応するかのように、ドクンッと一際大きく脈打った。
「ウレン、内部の生育状況は」
「今調べてるのだ……恐ろしい速さで細胞分裂を繰り返しているのだ……!大型が一体、他は、産まれては共喰いしてる……まともな巣ではないのだ……」
通常の魔物の生育状況とは異なった様子に、カイドの顔付きが厳しくなる。
「リリーボレア、宮廷へ手紙を飛ばしておくれ。至急戦闘能力の高い宮廷員の配置を要請する。エゼリア領上空の巣は魔力値測定不能。大型の魔物が一体、その他の生育状況は不明。通常とは著しく異なる異常事態発生、と」
「はい、分かりました」
アタシは手元の羊皮紙にペンを走らせると、魔力で紙飛行機の形に変え、宮廷の方角へと飛ばした。
嫌な予感がした。今までとは違う、不吉な未来が足音も立てずに忍び寄ってくる。
♢♢♢
黄金の城壁の中で、魔物の巣は規則正しく脈打っている。
アタシ達は巣に接続している魔法陣を分析していた。
読み込まれた術式は、今までに見たこともない羅列の術式だった。
「恐らく、この魔法陣から養分を補給していると思われます。さらに魔力が流れでないよう巧妙に隠匿魔法が掛けられている……ここまで成長するまで、探知に引っ掛からなかった訳です」
「よし、これは宮廷へ持ち帰って術式の解析を行おう。ウレン、巣の内部の魔力構成は」
「……反射の術式は構成されていないのだ。攻撃しても反撃能力はないはずなのだ。でも、高すぎる魔力値が気になるのだ……」
「大型の魔物の成長速度は?」
「かなり早いのだ……通常ここまで成育するのには一年程の時間が必要なはずなのだ」
「この魔法陣で強制的に成長を早めているのか……?」
間もなく宮廷から三十人余りの援軍が到着した。各宮から特に戦闘能力の高い選りすぐりの魔法使い達だ。
「カイド宮長、援軍要請に従い人馬宮宮長ディモスが現場の指揮を取る。各宮から攻撃力の高いソル級の魔法使い達を連れてきたが……これが例の魔物の巣か」
ディモス宮長は巣を一瞥すると、忌々しそうに吐き捨てた。
「さっさと焼き払ってしまおう」
「待ってくれ、町の上空にも結界を張る」
「デフェンシィオ・メムブレイナ《守りの防御膜》」
杖から溢れ出した光が町の上空を薄い膜で覆う様にして広がる。足場が出来たことにより、魔法使いたちは箒から降りて攻撃体制を整えた。
「全員配置につけ!これより遠距離射撃を開始する!」
『城門開錠』
カイドの呪文で黄金の城壁の一部が門に変化し、扉がゆっくりと開いていく。魔法使い達は魔力で弓矢を出現させ、炎の矢を放つ合図を待っていた。
「放て!!」
開け放たれた門を目掛けて、一斉に魔物の巣に向けて矢を放つ。その矢は巣に突き刺さった――ように見えた。確かにそう見えたが、突き刺さった瞬間矢は青い花びらとなって宙を舞い、そして消えた。
「……何だと?」
「今、魔法が……消えた?」
魔法使いたちに騒めきが広がる。
「……っ!再度攻撃だ!全軍放て!」
ディモス宮長の号令に再び矢の雨が魔物の巣に降り注ぐ。しかし、やはり音も無く青の花弁に成り変わり、空にふわりと舞う。
その美しい光景とは裏腹に、アタシの心は冷たく震えていた。
「どういうことだ、攻撃が効かないぞ」
「……巣の状態で駆逐は難しそうですね。ディモス宮長、我等は宮廷に戻り、魔法陣の解析を進めます。魔法陣との繋がりを解除し、郊外へ転送、孵化と同時に殲滅しか無いかと……今日明日に孵化するモノではありませんが、上空には戦える魔法使いを常時配備して頂きたい。巣の結界魔法と街上空の防御膜は残しますが、万が一のために」
「ふん……承知した」
宮廷に戻るまで、アタシ達は誰も一言も口を聞かなかった。
異常すぎるこの事態に、誰もが最悪の明日を想像したからだ。




