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episode2

episode2 

 アタシの故郷の町は、魔物に襲われた。

 逃げる際中にはぐれ、魔物の牙が喉元まで迫ったその時――閃光が魔物を真っ二つに切り裂いた。

 真っ白な雪の上に、血飛沫が飛び散る。


 「もう大丈夫だよ」


 薄紅色の光に包まれるとほんのりと温かく、降りしきる雪はアタシを避けて溶けていく。

 助けてくれたのが、まだ宮長になる前のカイドだった。


 吐く息も白く凍り付くような、十歳の冬。アタシの人生は音を立てて形を変えた。


 ♢♢♢


 「魔法、使い……?」


 怪我の手当てを受けた魔法宮廷の治療院で、アタシは自分が()()使()()()()()()ことを知った。

 

 「魔法使いは、生まれつきのものじゃないよ。オプタルミオスという遊色を浮かべた宝石のような瞳に変化することで、魔法使いになるんだ。こんな風にね」


 彼の檸檬色の瞳が揺らいだ。すると黒曜石のような虹彩の中に、赤や青、黄色といった七色の遊色が浮かんでいる。

 鏡を見せられると、母譲りの見慣れた菫色は見当たらない。

 アタシの瞳にも同じように、漆黒の虹彩には遊色が浮かんでいた。

 

「この国では魔法使いは希少だから、皆魔法使いの師に弟子入りして魔法を学ぶ。いずれは魔法宮廷で働くことになるんだよ」


「じゃあ、家に帰れないの?」


「そうだね……弟子入りすれば師と生活を共にすることになるから。君がいた町も復旧作業ですぐには戻れないから、当面は宮廷に滞在することになるよ」


 説明を受けたアタシは、自分の身に起こったことが到底信じられなかった。

 魔法使い?まさか、アタシが?


 これから一体どうなるんだろう。

 別に故郷に未練はなかった。

 両親が亡くなり叔母の家に身を寄せたものの、そこに自分の居場所は無かったから。

 

 ただ、とりとめのない不安が心を支配していく。

 星一つない夜道に一人立たされているようだ。

 誰か、アタシの手を引いて。光で照らして。


 瞳にじわりと涙が浮かんで、布団にぽたぽた零れ落ちる。

 声を押し殺して泣いていると、彼は見るからに狼狽えはじめた。


「ご、ごめんね、驚いたね……大丈夫だよ、大丈夫だから……!」


 頭に乗せられた大きな手。

 アタシを守ってくれた、強く温かな重みを感じる。


「そうだ、おいで!いいものを見せてあげるよ!」


 赤ん坊のように縦抱きにされ、アタシ達は治療院を出た。


 ♢♢♢

 

 魔法宮廷は不思議な空間だった。

 一番巨大な中心部の建物に入ると、そこはたくさんの柱が木々のように枝分かれして天井を支えている。

 柱の行く先を目で追えば、頭上には満点の星空が広がっていた。


 時折流れ星が駆け抜け、本物の夜空と変わらない。窓からは色とりどりのステンドグラスが陽の光を通し、鮮やかな色で室内を照らしている。


「どうだい、綺麗だろう?この空間はかの偉大な魔法使い、アルキオーネ様が構築した空間造形魔法で……」


 魔法使いの男はぽかんとしたアタシに気付かず、この魔法宮廷がいかに素晴らしいものなのかを早口で捲し立てた。

 途中からは魔法理論の専門用語も入って、ちんぷんかんぷんだ。


「はっ……ご、ごめんね。僕夢中になるといつもこうで……!」


 唖然としていると、彼はまた何かを閃いたようだ。


「そうだ、今度は巨蟹宮に行こう!」


 階段を昇って、渡り廊下を渡る。

 そろそろ降ろして欲しいけど、「やっぱりあそこは外せないよな、いや待てよ、子どもならあれも喜ぶかもしれないぞ」と独り言を呟いているので話しかける隙間もない。


 その後彼が所属するという研究室や図書館、薬草園を見学した。


「魔法使いは師匠の元で十年修行し、最終試験に合格すれば魔法宮廷の職員として働くようになるんだ。入宮すると魔力測定や技能試験を受けて、そこで十二宮あるうちのどの宮に適正があるかを測るんだ。その結果も考慮して、いずれかの宮に所属が決まるよ」


「それは、何?」


 アタシは彼の胸に光っている太陽の形のバッジを指差した。


「これは所属と階級を示すものだよ。魔法使いの階級は下からステラ、ルーナ、ソルの三階級で、その中でさらに六等星から一等星までの階級に細分化されている。僕は階級ソルで、巨蟹宮所属だからそのエンブレムも入っているんだ」


 一通り見学を終えた後、アタシ達は中庭のベンチに座った。


「宮ごとに得意な魔法や研究分野があるんだよ。僕の所属の巨蟹宮は結界や防御魔法の研究をしているんだ。魔法使いといえば、炎ぼぉっ、とか、雷どっかん!とか、そういう派手なのが人気なんだけどね!」


 彼は楽しそうに魔法のことを語る。

 その姿は、大切に集めた宝物を一つずつ取り出して自慢げに見せてくれる子どものようだ。

 大人なのにただひたむきに夢を語るその姿は、素直に羨ましいとさえ思ってしまった。


 「あなたは、魔法が好きなのね」


 「そうさ、僕は生きている間にあらゆる結界と防御魔法を知り尽くしたい!僕は人を守る魔法を作るんだ!」


 ベンチから立ち上がった彼が手を仰ぐと、檸檬色の瞳が淡く光り出した。

 彼の手の中に現れた長い杖の先には、平たい円盤が浮いている。その周りに散りばめられた黄金が羽のような形をとっていた。

 

 「大丈夫だよ、魔法は怖くない。魔法は――美しいものさ」

 「アクア・パリエース《水属性防御魔法・水流壁》」


 彼が呪文を唱えると円盤は回転を始め、羽の形を広げるように速度を上げていく。

 足元には水色の魔方陣が刻印のように浮き上がった。

 アタシ達がいる場所を、薄い透明の水膜が覆っていく。


 「ルクス!《光属性基本魔法》」


 次に彼が呪文を唱えれば、強い光が煌めいた。

 水の膜越しから見た世界は、虹色に輝いている。


 「わぁっ……!」


 「使い方を学べば、魔法は怖くない!君の魔法生活が実りあるものになるよう、祈っているよ」


 眩しい、キラキラと光り輝くような笑顔だった。

 

 「……あなたの、名前は?」


 「あれ?僕まだ名乗ってなかったっけ?僕はカイド。巨蟹宮所属のしがない魔法使いだよ!」


 その後治療院に戻って別の魔法使いに引き渡されそうになったけど、アタシはカイドのローブの袖を握りしめて離さなかった。

 

 本当は、別の魔法使いが師匠になる予定だったらしい。


 頑なにカイドの側から離れようとしないアタシを見かねて、アークトゥール様(魔法宮廷長)はカイドをアタシの師匠にしてくれた。


 きっとこの日、アタシの心に確かに芽吹いた。

 まだ何色の花弁かも知らない花は、あの日からずっと花開く時を待っている。


 

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