33.
「マーガレット嬢」
そう声をかけられて、教室に入ろうとした私達の先頭にいたメグが足を止める。
「殿下。ご機嫌麗しう」
メグは即座にカーテーシーをし、私達がそれに倣おうとすると、彼は右手でそれを制した。
「ここは、学院だ。儀礼は不要だ」
そう言ってから、私達の方へと視線を向けると、
「アンディは」
「後から、他の学友と参りますわ。……たぶん」
メグの言葉に、ランドルフ殿下はくすりと笑みをもらすと、
「怪我をしたと聞いたのだが、問題はなさそうだね」
「ええ。本人は、翌日から剣を振り回そうとして、メーレ卿に叱られていましたわ」
「相変わらずだね」
メグは、ふと気付いたように
「私の友人達ですの。ご紹介させてくださいませ」
その言葉に、殿下は首を横に振り、
「先に私が紹介を受けたら、アーチーになにを言われるか解らないからな。またあとで」
と、笑いをこらえるように片手で口元を覆いながら、
「マーガレット嬢、初白の夜に」
そう言って、先に教室へと入ってしまった。
「メグ、今の人って」
リリ=ルルが、好奇心を一切隠すことなくそう尋ねると、メグは
「ランドルフ・ルチル・ガドリーア殿下。王太子であらせられるわ」
「うわー、すごい綺麗な人だね。私、王子様って初めて見た」
「そうね。希代の美姫、ガドリアーナ王国の白雪と言われた王妃様似でらっしゃるから」
ルドヴィは、リリ=ルルの中で王子様じゃないのか、と思わず突っ込みかけた私の横腹を、トレイシーがつつく。
「すごいわね。スチル以上のイケメンっぷり。これは、アールレイも期待できるんじゃない」
私は思わず言葉に詰まる。
確かに。
金の癖のある髪も、青くサファイアのような瞳も、私が覚えているスチル通りだった。繊細だけれど男っぽさのあるランドルフは、いわゆる動のイケメンで、それに対するアールレイ様は静のイケメンだった。
どちらにしろ、私の想像以上の美形だったことは、間違いなかった。
「大丈夫」
「なにが」
心底心配していると言う声と表情で、トレイシーは続ける。
「ランドルフであれでしょ。アールレイに直接会ったら、死ぬんじゃない? 大丈夫、正気を保てる」
それは、確かに。
「自信ない」
「だよねー」
そう同意したものの、トレイシーの口調には、どこか面白がるようなそんな雰囲気があった。
素材学の教室には、私達四人の他、アンドリュー、ウェイン、カルムの他、ルドヴィもいた。
そして。
私たちの一学年先輩たち。
いわゆる『フェアリーズ』の攻略対象者である王太子であるランドルフのほか、宰相子息のアーチー、騎士団長子息のフィンリー、そしてクレイトン商会の息子のレイノルド、と勢揃いしていた。
ランドルフの学年は、そのほかに男子生徒が一人、と女生徒が三人。だけれど、一人を遠巻きにして、女の子二人がべったりとくっついていた。感じ悪い、と思ったのは私だけじゃなかったらしく、メグの眉間に一瞬だけ皺が寄った。
トレイシーは、彼らの方をしばらく眺めてから、何事か考え込んでいる。
まさか、また私の知らない新情報を思い出したりしたのだろうか。心臓に、悪い。
にしても。
一人、ほかの子達と離れて座る女生徒は、びっくりするぐらい美少女だった。
濃茶の髪と瞳という、色は地味だけれど、その顔立ちは、人を引きつける華やかさがあった。明るく健康的で元気いっぱいという、真夏の青空の下のひまわりを連想させる美しさだ。
「さて、諸君」
私を現実へと引き戻したのは、教壇の上のパメラ・テラ・フェイ先生。元傭兵で、装備師の妖精職人だ。
「先日、プリエールに妖魔が出た」
短く切りそろえた赤い髪、褐色の肌。トパーズ色の瞳は、強い意志を感じさせる。白いブラウスに濃い緑のパンツという出で立ちは、シンプルだけれど、パメラ先生の見事なプロポーションを引き立てていた。
パメラ先生は、私達生徒の顔を確認するかのようにゆっくりと視線を右から左へと移す。
「諸君らは当然知っていると思うが、妖魔にとって、妖精職人はこれ以上ないくらいのご馳走だ。妖精職人見習いともなれば、たやすく刈り取ることができる」
ぞくり、と背筋に冷たいものが落ちていく。震える手を隠すように、机の下へと移動すると、そっとリリ=ルルが包み込むように握ってくれた。
「いつものお礼」
こっそりと、顔を正面に向けたまま、リリ=ルルは囁いた。
「ありがとう」
「まもなく、冬の休暇だ。この時期は、妖魔の活動が一年で一番活発となり、なにより、黒の十日間がある」
誰もが、息をのんだ瞬間だった。
黒の十日間。
それは、一年の終わり、秋の終月の最後の日、日本では大晦日に当たる終紫の日から元旦に当たる初白の日までの十日間をさす。
十日の間、世界は闇に包まれ、日が昇ることはなく、人々は家の中で息を潜めて過ごすのだ。なぜなら、この十日は妖魔の時間と呼ばれているから。
普段はどこかに潜み、隠れている妖魔が姿を現し、人を食らうのだ。
かつては、黒の十日間の間に、小さな村や町が、妖魔によって消失したこともあったという。
今は、神殿の力により、妖魔除けの護符が配られているため、外に出なければ、被害に遭うことはない。
そして黒の十日間が終わり、新しい一年、初白の日が訪れると、妖魔は地上から姿を消し、年の暮れまでまた隠れ潜むのだという。
「神殿の護符があるからと言って過信してはいけない。妖魔は、貪欲で執念深い。特に一度でも妖精職人を食らったことのある妖魔は、その味を忘れられず、妖精職人を付け狙うのだという。昔に比べて数は減ったとはいえ、くれぐれも注意をするように」
そうしてパメラ先生は一拍おくと、
「己の力を過信して突っ込んでいくような真似は、くれぐれもするなよ。アンドリュー、解ったか」
「名指しかよ」
呻くようにそういったアンドリューの言葉に、教室内がどっと湧いた。
パメラ先生は、冗談はさておき、と前置きをして、冬季休みの注意事項を次々にあげていった。
冬季休み。
年末年始のこの休みが終わると、本格的にゲームが始まる。
先日提出した作品の評価が発表され、そして、その結果次第で、アールレイ様に会えるかもしれないのだ。
ゲーム開始。
私の頭の中は、すでにそのことでいっぱいだった。
いろいろどころか、なにもかもゲームと違うことばかりだけれど、それでも、物語は始まるのだ。
これから、どうなるのだろうか。




