32.
新緑の結晶、薔薇の朝露、湖水の粉、虹色貝の粉末。
ヨゾラグサの花。
夢幻樹の枝。
作りたいのは、金色を纏った青。
私は目の前の机に、白い布を広げる。
試験の内容は、この真っ白な布を、好きな色に染め上げること。
深呼吸、ひとつ。
大丈夫。ちゃんと覚えている。アールレイ様の髪の色。
スクショして待ち受けにした、初登場のときの立ち絵スチル。
朝と夜、枕元に飾り必ず拝んだ、イベントの軍服姿のアクスタ。
そして、最後の最後に見せる、ほんの少しだけ照れている優しい笑顔のエンディングスチル。
藍色の長い髪は、光の加減で緑にも見えて、そしてほのかに金の粒子を含んでいる。
それは現実ではあり得ない色。
スチルだから、一枚絵だから、表現することが出来た美しい色彩。
材料を一つ一つ、丁寧に布の上に置いていく。
妖魔の襲撃事件の翌日。
私達四人は、泣くだけ泣いて、結局キャメロン先生の授業に遅れてしまった。
泣きはらした顔をした私達に何かを察したのか、先生はなにも言わず、席に着くように促したあと、淡々と講義を続けた。
ただ、一番最後に教室に戻ってきたトレイシーが、しっかりメイクを直していたことを私は見逃さなかったけれど。
授業遅刻の罰は、妖精学の教室の掃除だったけれど、普段からキャメロン先生自身が整理整頓を心がけているせいか、単なる四人でのおしゃべりの時間になってしまったのは内緒の話だ。
そのとき、みんなで試験のための試作品をそれぞれ交換しようという話になり、私が染めた布をメグがリボンとチーフに加工して、トレイシーはお肌にいい飴を、リリ=ルルは秘密のノートを、と約束した。
「記念ね」
そう言ってメグが笑い、私も、トレイシーもリリ=ルルも嬉しそうな笑顔を浮かべた。
なんとなく、この世界に足跡をひとつ残したみたいな、そんな気分になった。
身体の中の魔力を感じながら、ゆっくりと膨らませていく。
遠くに微かに聞こえていた鈴の音が、次第に近くなってくる。
暖かい、ぬるま湯につかっているような、お日様の匂いのするお布団に包まれたときのような、そんな心地いい感覚を全身で感じる。
〈ローズ! 君の望むままに〉
そんな声と同時に、なにかが割れる音がした。
ふわり、と身体が一瞬浮遊する感覚。
ジェットコースターが、落下するときのそれに、似ている。
気がつくと、私は、ビルの谷間、現代日本の雑踏の中にいた。
それは、あまりにも見慣れた景色。
足早に通り過ぎていくスーツ姿のビジネスマン。ベビーカーを押す、若いお母さん。ふざけあって、はしゃぎながらすれ違ったのは、女子高生三人。
見たことのない風景だけれど、けれど、それは日本のどこかに間違いなくある風景で。
ファーストフードのチェーン店、行き交う車。バス停に止まったバスからは、仲よさそうな老夫婦が降りてくる。
私は、日本に戻ったの。
横を向けば、コンビニがあって、その大きめのガラス窓に映ったのは――――――。
鈴の音が、鳴り響く。
気がついた私の目の前には、学院の被服実習室と、スチルのアールレイ様の髪の色そのままの、金の粒子をまとったラピスラズリ色の布地だった。




