31.
面会室の扉を閉めた瞬間、勢いよく抱きつかれた。
「リリ=ルル」
「良かった。良かったよぉ」
泣きながら、何度もリリ=ルルは良かったを繰り返していた。視線を上げれば、困った顔をしたメグが立っていた。いつだって、アルカイックスマイルを浮かべ、感情を読み取らせない淑女のお手本みたいなメグなのに。
「二人とも、無事で良かったわ」
「ご心配をおかけしました」
トレイシーが申し訳なさそうに頭を下げると、
「謝る必要なんてないわ。恐ろしい思いをしたのは、二人なんだから」
そうしてトレイシーへと伸ばされたメグの手は、微かに震えていた。
あのとき、リリ=ルルもメグも、私達のそばに行こうとして、店の中へと連れ戻されていた。
リリ=ルルの背中に手を回す。
彼女の体温を感じながら、自分が生きているんだということを実感していた。
正直、私は、楽観視していたのだ。なにもかもを。
ここは、ゲームの世界じゃないかもしれない、現実なんだ、なんて思いながらも、心のどこかで、ゲームとの共通点を見つけて、安心していたのだ。
自分は主人公だから、と。
不幸になるわけがない。確かに、前世ではヒロインに転生して、ざまぁされたり処刑されたり、なんて話もいくつか読んだけれど。
悪役令嬢もいない、逆ハーエンドもないし、そんなもの目指してもいない。
そもそも、攻略対象者にだって、一人しか会っていない。
そんな状況で、自分の身に何事かが起こるわけがない。なにかあっても、大丈夫なのだと、高を括っていたのだ。
人間なんて、あっけなく死んでしまうのに。
そんなこと、自分が一番よく知っているはずだった。
死んでしまったら、何もかも終わりなのに。
こうして転生したことは、奇跡なのだ。
好きなゲームの世界に転生したこと。
もしかしたら、最愛のアールレイ様に会えるかもしれない、ゲームのエンディングのようなハッピーエンドを迎えられるかもしれないこと。
それは幸運なことなのかもしれないけれど、前世の自分は、もういないのだ。
フェアリーズと、死ぬ間際との記憶しかない、そんな中途半端なものだけれど、家族も友達もいたはずだ。
クリスティン・ローズ・ミラナートとなる前の人生が、幸せだったのか、そうでなかったのか。明るい未来に心ときめかせていたのか、自分の生い立ちを嘆き悲しんでいたのか、それすら解らない。
今の自分の人生を生きながら、前世の記憶を中途半端に引きずって、都合のいいことばかり考えていた。
ちゃんと、向き合わなくちゃ駄目だったんだ。
ゲームの世界を実体験しているような感覚で、ライトノベルやネット小説の展開を楽しんでいるような気分で。
この世界で生きていくっていう、本当の意味をわかっていなかった。
妖魔と遭遇したとき。
もしかしたら、死ぬかもしれなかった。
ここで出会ったたくさんの人達。今の家族、友達、なにもかもをまたなくしてしまうところだったんだ。
リリ=ルルの背に回した手に、自然に力がこもる。
じわじわとあのときの死の恐怖が、足元から這い上がってくる。
怖くて、全身が震えそうになって、崩れ落ちてしまいそうになって、それを必死にこらえるかのように、私は泣きじゃくるリリ=ルルにしがみついた。
そんな私達二人を囲むように、トレイシーとメグが抱きしめてくれる。
無人の学院の廊下に、私達四人の泣き声だけが、響いていた。




