第七十話 青年とオオカミ
「何の騒ぎかと思えば……」
そう半ば呆れたように言ったのは、清らかな花のように美しい怜悧な紫髪の女性だった。
ローブで全身を覆っているものの長身でプロポーションが良く、男なら誰もが目を奪われてしまいそうになるが、毅然としたその眼差しが近づき難い空気を纏っていた。
生誕祭で演説を行なっていたのは彼女だろう。名を、グラネというらしい。
「……貴方でしたか、トーチさん」
「ははっ、久しぶりだな。ここに来るのも何年ぶり……だっけか?」
旧友との再会……というわけではないのか、何故かトーチは気まずそうに後頭部を掻いている。
「貴方がギルドの依頼で猪を追いかけ回していたら偶然ここに迷い込んで以来ですから……。三年ほど前ではないですか?」
「だからわざとじゃなかったんだよ、アレは。後でギルド長からこっぴどく怒られたし、不法侵入なのは俺も知ってたんだって」
グラネの鋭い視線に、トーチはそっぽを向いた。やれやれといった様子で嘆息したグラネは、後ろを振り返る。
祈り子の里。
部外者禁制とあって人里から離れた小さな集落はリンネの街やレトロの村とは違って、生活様式はかなり質素だった。木の柵に囲まれ、簡素なテントが点々と張ってある。
入り口を守るように立つグラネの背後には、柵に隠れこちらを窺うローブ姿の女性たち。
巫女に仕えるからか、この里には女性しかいないようだ。怯える者もいれば、今にも魔法を撃ってやろうかと臨戦態勢の者までいる。
「貴方たちは下がっていいですよ。この方たちは私が応対しますから」
グラネの言葉に、侍女たちは互いに顔を見合わせた。そして逃げるように。あまりに素早く散っていく。
頭痛を堪えるかのようにこめかみに指を当てて、グラネはさらに大きなため息を吐いた。
「……さて、ご用件を聞きましょうか」
「すまねぇな。驚かせちまって」
「皆、余所者に慣れていないのです。当然のことでしょう、ここの人間は閉鎖的なのです。特に貴方のような男性――しかも武器まで携えた野蛮な者であるなら尚更」
「昔もあんたが俺の相手をしてくれたから助かったけどな」
「外交担当でもありますので。決して心を許したわけではありませんよ」
「厳しいねぇ……」
苦笑交じりに、トーチは頬を掻いた。
前日この祈り後の里に行くことを了承したトーチだったが、いざ行動を起こすとなればどうにも腰が重い様子だった。
リンネの街から祈り子の里までの距離は五キロ程度。各地を回る冒険者にとって苦も無い道のりにも拘わらず気が進まないのは、彼女たちが理由だったらしい。
「いまさら説明するまでもないですが、ここは誰であろうと決して立ち入りを許されない神聖な地。こうして接触するのも本来ならば我々の掟に反する。下らない用事なら即刻立ち去って頂きたいのですが」
「わ、分かってるって」
高圧的にグラネは見上げる。
筋肉の鎧で固めたトーチがその気になれば細身なグラネを簡単にどうにかできそうなものだが、やはり過去の失態が関係しているのか。あたふたする様子は、まるで小動物のようだ。
「その……まあ……なんだ。お願いがあるんだよ」
「?」
歯切れの悪いトーチに、グラネは眉根を寄せた。
「何ですか? この先を通りたいなら勝手に行けばいい。さすがにそこまでの許可はいりませんよ」
「そうじゃなくてな。あー……、どう言えばいいもんか……」
ますますグラネの眉間の皺が深くなる。不機嫌と不可解が交じり合っているらしく、視線がトーチの背後に移る。
「早く仰ってください。もしかして、その後ろの方たちと関係があるのですか?」
「あ、ああ」
トーチから少しだけ距離を取って居心地悪そうに固まる三人。
響里たちである。
自分よりも明らかに幼い少年少女たちに目を眇め、首を捻るグラネ。軽く会釈する響里たちに不思議そうに呟く。
「冒険者仲間ではなさそうですね。今度は護衛任務か何かですか?」
「いや、そうじゃなくてな。俺はコイツらの人探しを手伝っててだな。それが――」
「あ、あの!」
意を決したかのように叫んだのは陽ノ下だった。
前夜の打ち合わせでは、話を円滑に進めるためにまずトーチに任せてそれから本題へと移るつもりだったが、直情型である彼女は我慢できなくなったのだろう。
深々と積もる雪に足を取られながら、陽ノ下はトーチとグラネの間に割って入る。
「綾音は、綾音はここにいるんですよね!? あの子に会わせてください!」
「――え?」
ギョッとして瞳を丸くするグラネ。
見知らぬ少女からの突然の懇願。縋るような表情の陽ノ下を前に、グラネの上半身は仰け反ってしまう。
「ちょ、ちょっと待ってください。いったい何のこと――」
「ずっと探してたんです! この世界にいるのは分かってて、でも見つからなくて……。そしたら昨日の晩、ようやく見つけて! だからアタシたちここまで来たんです!」
涙目交じりにまくしたてる陽ノ下。
要領を掴めない彼女の言葉が、さらにグラネを困惑させてしまう。一歩下がりながら、助けを求めるかのようにグラネはトーチに視線を送る。
「あー、その……まあ、とりあえず落ち着けや。陽ノ下の嬢ちゃん」
「でも!」
どうにか笑顔を張り付かせてトーチは陽ノ下を宥めようとする。
「焦んなって。取っ付きづらい連中だが、別にあの子を悪いようにはしてないはずだ。ちゃんと話せば伝わるぞ」
「…………」
唇を噛み締める陽ノ下。ようやく掴んだ親友の手がかりを前に、頭の中が整理できていないのだろう。
「えっと……グラネさん」
たまりかねて、響里がグラネの元に歩み寄る。努めて冷静に。響里は一つ間を置いて、唇を開く。
「突然の訪問、すみません。俺たち訳あって友だちを探してここまでやってきたんです」
「それは聞きましたが……。順を追っていただきますか?」
ホッとしたようにグラネも息をつく。
「そうですね。まず予め言っておくと、俺たちはこの世界の人間じゃありません」
グラネは瞳をシパシパと瞬かせた。
「えっ……と……。それはどういう……?」
「信じてもらえないのも無理はありません。でも本当なんです。ことは別次元の世界から転移してきた人間なんです」
突拍子のない言葉に、さすがに開いた口が塞がらないといった様子のグラネ。怪訝な顔でトーチを窺うも、彼も“信じろ”とばかりに頷くだけ。
「その友達は先にこっちの世界に来たみたいで。俺たちも後を追ってここに来たんです。ですが、探そうにもアテがなく、困り果てていましたところにトーチさんに出会って」
「それで彼に道案内を頼んだと……?」
天権によって時代や文明がごっそり変わる異界では、その世界観の把握が響里たちの最優先事項になってくる。そういった意味では土地勘に優れたトーチという冒険者がいてくれたのは幸いだった。
「ですが、どうしてその友人とやらがこの里にいると分かったのですか?」
「昨日の生誕祭です。そこに参加した俺たちはリンネの街でようやく見つけたんですよ、その子を」
納得したように、グラネが「あぁ……」と小さく漏らした。しかし、響里から紡がれた次の言葉で彼女の表情が一変する。
「それがまさか次の巫女としてっていうのは驚きでしたけど」
「え……」
「どういった経緯があって彼女が巫女に選ばれたのか知りません。でも、それはあり得ないことなんです。その理由を知るためにも彼女に会わせてくれませんか」
ようやく答えに行きついたのか、グラネは響里たちを順番に見まわした。
背格好の近い少年少女たち。自分の知る★あの子は、確かに、彼らとよく似通っている。別世界の住人であることもどことなく得心がいったかのように、何度も頷く。
「もしかして月村さんの……?」
「そうです。……月村綾音。アタシの大事な親友です」
陽ノ下の声はかすかに震えていた。
絶対的な確信は彼女の中にあった。しかし、心のどこかで人違いなのではないかというわずかな疑念もあったことだろう。不安も奥底に抱えながら、だが自身の直感は間違いではなかった。
陽ノ下はうつむき、拳を強く握る。
「成程、分かりました。ならば特別に月村さんの元に案内しましょう。ついてきて―」
ホッとする響里たち。ただ、その安堵は一瞬の内に緊張へと変貌する。
――里の奥から突然、悲鳴が聞こえてきたのだ。
それも、一つや二つどころではない。何十奏にも重なって響き渡る。
「何事!?」
木々に留まっていた小鳥が驚き、一斉に飛び立つ。
弾かれたようにグラネは振り返る。声のする方向もまた、まばらだ。
まだ近くにいた里の人間たちが騒然とする中、グラネだけは行動が早かった。迷うことなく、里の奥に向かって走り出す。
ただならぬ気配。トーチは遠ざかるグラネの背中を見つめたまま、低い声音で響里たちに告げる。
「お前らはここで待ってろ。ヤバい匂いがする」
大きな背中に背負った大剣に手をかける。地面を蹴ろうと屈んだその瞬間。
「俺たちも行こう!」
トーチの制止を無視して、響里が彼を抜き去った。
「――なっ⁉ オイ!」
芝原や陽ノ下も迷いなく続く。一人取り残されたトーチは唖然としつつも、すぐに我に返り、「ええい、クソ!」と吐き捨てながら少年たちの後を追う。
見通しのいい自然をそのまま生かした里の空気は澄みきっていた。
しかし、響里が奥に進むにつれて急激に変化。穢れた匂い。銀白の世界にどす黒い気が流れ込んでいた。
(なんだ、これは――⁉)
思わず口元を覆う響里。火事のときに昇る黒煙ではない。根本的に違う――邪悪な気。
逃げ惑う住民とすれ違う。やがて、グラネを視界に捉えた。
緩やかな斜面にはテントが一切なく、祭壇のようなものが置かれている。リンネの街で見たような女性像と同じものがあるが、こちらは幾分小さい。
つんざく悲鳴がすぐ近くで聞こえた。逃げ遅れた侍女の一人の胸元から血しぶきが舞う。
赤く染まる雪の大地。
襲ったのは黒い鱗粉。おびただしい黒い羽虫が群れを成すように、それは人の形を成していた。明確な意思を持ち、殺意を孕んで、里の人間を蹂躙している。
倒れ伏す侍女たちは、微動だにしない。
「なんだ、コイツ等……⁉ 魔物か……⁉」
少し遅れてやってきたトーチが愕然と喘ぐ。
「え……? トーチさんにも分からないんですか?」
「俺が相手にすんのはどれも動物が亜種に進化したみたいなもんばっかだ。けどコイツ等は……、まるで子供が夢の中で見るバケモンそのものじゃねぇか」
背筋が粟立つ響里。確かに、現世で見た悪意の集合体――あの悪魔と酷似している気がする。
「何より恐ろしいのは、この里は強力な結界で守られている。それをまさか、破ったっていうのか……?」
「その逆です!」
トーチの声が聞こえたのか、グラネが叫ぶ。
「結界は機能しています! ですが、魔物はその内側から発生しているようなのです!」
「はあ!? どういうこった!?」
「侵入経路は貴方がしたような乱暴で直接的な破壊じゃないということです――見て!」
何もない空間に火花が散った。そして筆で書くかのように、裂け目が生じる。それも複数だ。広がった黒い裂け目から、魔物がやってくる。
「なんじゃ、そりゃ!?」
「――くッ!?」
既に発動させていた氷の魔法を放つグラネ――命中。鋭利な氷の刃が魔物の胴体を抉り、顔らしき部分から口が大きく開く。声にならない呻きが発せられ、瞬時に消滅。
グラネが安堵するのも束の間。別の黒い魔物が二体、グラネの左右からから襲い掛かる。
「アブねぇ!」
大振りしたトーチの大剣が真横に薙ぐ。速度こそ遅いものの、大柄な体躯から活かされる圧倒的な腕力によって、二体まとめて魔物を切断する。
「感謝します、トーチさん」
「いいってことよ。けど、どうしたもんかねぇ、この数はよ」
危険性を感じ取ったのか、魔物たちの意識がトーチとグラネに向く。ひどく緩慢な動作でありながら、その物量。二人の逃げ場を奪うように囲んでしまう。
(やるしかない――!)
そうした絶望的な状況下。
響里は戦意を振り絞り、力を発動。全身から白光が溢れ出す。
太刀――安綱を構え、響里の背後には英傑“源咲夜”が顕現する。
和を基調とした赤と白の着物。巫女という言葉でいうなら、こちらの方がより馴染みの深い日本古来の美女が幻影のように立つ。
『ほう、今度の相手は醜悪な怪物のようですね』
透き通るような声で、咲夜は興味深そうに唸った。響里に問いかける。
『緊張しておいでですか』
「さすがに、ね。あんな魔物は見たことないし……。ビビってるかも」
『フフッ、主殿。私の本業をお忘れですか?』
と、咲夜に悪戯っぽい笑みを向けられ、ポカンとする響里。
「あ、そういえば……咲夜さんって……」
『思い出されましたか』
喉を鳴らして楽しげに笑う咲夜。そして、妖艶な目つきで魔物を睨む。
『そう、私の一族は妖怪退治を専門としてきました。妖怪と魔物……確かに比較するものではないかもしれませんが、何を臆することがありましょうや』
「そうだね――咲夜さん、やろう」
聖傑の力を解放する響里。
迷いは、ない。
地を滑り、地面の雪を吹き飛ばしながら魔物の群れに強襲する。魔物を一閃。さらに複数をまとめて処理する。
「な……⁉」
驚愕するトーチとグラネ。その背後では、芝原と陽ノ下が互いに頷き合う。
自分たちの力が通用する。その確信がより力を湧き立たせる。
陽ノ下が炎を纏ったダリアを憑依させ、跳躍。とてつもない速度で飛び回り、蹴散らしていく。
芝原もウォルターの力を借り、銃撃で援護。あっという間に魔物の群れを蹴散らしていく。
「お、お前ら……」
戦い慣れた三人にトーチは唖然とするも、傾いた形勢が変わっていくことに笑みをこぼす。
実質、魔物の攻撃方法は殴る蹴るといった単調なもの。聖傑の力や、熟練した戦闘経験を持つ五人なら苦も無く倒せるものだった。
しかし、数が一向に減らない。さらに無尽蔵に湧き出てくる。
人間である彼らの弱点――疲労だけが蓄積されていく。それが一瞬の油断を招く。
響里の背後――僅か三十センチという至近距離で魔物が生まれる。
「――!?」
振り返るが、遅い。しまった、という後悔から身体は硬直。魔物の爪が眼前に迫っていた。ブシュ、という何かが潰れるような音が耳に聞こえる。
だが、覚悟していた激痛はやってこなかった。
妙な空白の時間。響里は、無意識に閉じていた瞳をうっすら開けてみる。
魔物が振りかぶった腕は止まっている。その原因。肩口を突き刺すように、獰猛な牙が突き付けられていた。
白く、毛並みの美しい獣が噛みついていたのだ。雄々しく気高いオオカミ。
振りほどこうとした暴れる魔物をものともせず、オオカミが強引に食いちぎる。
着地するオオカミの鋭い視線が響里を射抜く。息を呑む響里。
ただ、こちらに敵意はないらしく、すぐに別の魔物に向かっていった。
「だ、大丈夫ですか!?」
尻もちをついた響里の元へ、どこからともなく声がかけられる。里の外に目線を移すと、見知らぬ青年が駆け寄ってきていた。
槍を携えた、純朴そうな灰色の髪の青年。響里より若干年上か。
黒い革製のジャケットとパンツはこの世界に於いて珍しい、どちらかといえば現世寄り。ライダーが好んで着るような出で立ちだった。
「君は……」
「僕はデルウィング。たまたまこの辺りを通りかかったら、アルマが魔物の気配を感じて、それでやってきたんだけど……」
「アルマ?」
「僕の相棒。とても頼りになる、ね」
デルウィングと名乗った青年が顎でしゃくった先には、あのオオカミ。勇猛果敢に魔物を次々に倒す獣は彼の連れだったようだ。
「無事か、響里」
「はい。この人が助けてくれて……」
大剣で魔物を牽制しつつ後方へ下がったトーチは、デルウィングの姿を確認すると、わずかに目を見開いた。
「そのジャケット……見覚えがある。お前は白廟の守護者か」
「あ……、はい」
少し間を置き、デルウィングは頷く。
「どうしてこんなところにいる? 確かお前たちは、北方――コルヘイムを管轄してるはずだろ」
「それは……」
デルウィングの表情が曇る。どこか怯えたように、視線を惑わせ口を噤む。
「白廟の……守護者?」
響里がデルウィングからトーチに視線を移す。
「俺ら冒険者と似たようなもんさ。違いといえば、ギルドが各地方から請け負った依頼を俺たちフリーランスの冒険者が解決する。ギルドの場合は依頼が様々だが、白廟の守護者は魔物退治に特化した組織でな。主にコルヘイムを拠点に活動してんだよ」
「大陸の北エリアは魔物が活発化しているので、危険度の高い依頼を斡旋しにくいんです。白廟の守護者の方がギルドよりも歴史は長いため、限定的ではありますが任せてもらっている形ですね」
と、デルウィングが補足する。トーチはこめかみを掻きつつ、横目に魔物を睨む。
「ま、そんなことは今は置いといて。じゃあ、この魔物共はお前が連れてきたわけじゃねぇんだな?」
「違います。確かに奴等は僕らの地方で見かける“ザイン”という魔物なんですが。僕にも何故この場所を襲っているのか分かりません」
デルウィングは即座に否定する。「疑うつもりはなかった」と詫びて大剣をゆっくり持ち上げた。
「俺はあっちの方に行かねぇからな。道理で知らないはずだ――ともかく、助太刀してくれるんだな?」
今度は力強く頷くデルウィング。
立ち上がった彼は器用に槍を一回転。低く構え、突進。気弱そうな相貌からは真逆の、稲妻のような鋭さで魔物を貫く。
手慣れた一撃に、トーチが口笛を吹いた。
「やるねぇ」
「俺たちも行きましょう」
「おう!」
デルウィングとアルマの加勢もあって、徐々に形勢は逆転していく。特にアルマの活躍は大きく、魔物たちを威嚇しながら一ヶ所にうまく誘導。密集させたところで響里たちが一気に叩くという、これといった打ち合わせもしていないのだが、即席の連携としては上手くはまった形になった。
六人と一匹でどれだけの数を倒したか。軽く見積もっても二百以上の軍勢もようやく少なくなり、同時に疲労も重くのしかかる。
明確に魔物の出現も減り始めた――そのときだった。
甲高い鳴き声と共に、アルマが地面を跳ねた。
「アルマ!」
デルウィングが慌てて駆け寄る。これまで魔物の攻撃を機敏な動きでかわしていたアルマ。幸いかすり傷らしく、すぐに態勢を整えたアルマは、唸りながら前方を睨みつける。
これまで以上にない凶悪な瘴気。
獣だからこそ分かる鋭敏な嗅覚。人間である響里たちがそれに気づくには若干のラグがあった。
「いけない……」
唇を震わせながら、グラネは言った。陶器のような顔色が、さらにひどく青白くなっている。
里の象徴である巫女の像が見えなくなるほどの濃い瘴気が蔓延していた。
まともな呼吸もままならない、不浄。
生まれた空間の裂け目を巨大な指が鷲掴む。勢いよく引きちぎられ、それは姿を現した。
空さえも遮る高い壁。
人間の三倍はあろうかという、どす黒い魔物が大地を踏みしめる。その手に握りしめた戦斧を振り回し、雄叫びを上げた。
手繰り寄せた勝利を叩き落とす、絶望の咆哮を。




