第六十三話 月下の巫女
その塔は、まるで芸術作品のようだった。
月村の想像よりも何倍も高く、細く尖った先端は雲にまで届きそう。心柱の部分はうねりが加わっており、耐震性というよりもデザインを重視した造り。どこまでも降り続く雪と同じく白を基調とした外観は、暗く何もない景色に異様に映えていた。
(これを……私が? どこにそんなセンスが……)
建築関係に縁のない月村は、そんな感想を抱いてしまう。美術の教科書に載っていた建物か何かが記憶に刻まれていたのだろうか。
創造主として降臨したといっても案外適当なのかも――そう、月村は肩を竦めた。
「ん……?」
塔は湖に浮かんでいた。そこへ行くためには長い桟橋を通る必要があるのだが、月村が踏み入れた途端、妙な違和感を覚えた。
視界には何も映っていない。
しかし、薄い絹のようなベールをくぐり抜けたような感触。バチッと電気が弾けた音が聞こえたような気がして振り返ってみるも、やはり何もない。
気のせいか。塔の内部に入ってみると、そんな疑問もあっさり吹き飛ぶほどに綺麗な光景が広がっていた。
広大な宇宙だ。
散りばめられた星々。プラネタリウムのように思えたが、投影機らしきものはない。いや、そんな紛い物だと疑う余地もなく、まさに切り取った別空間としか思えない。
「すごい……」
圧倒され、天井を見上げようとして背伸びをした身体が浮き上がった。重力さえも薄れているのか。尻もちをついても痛みはなく、月村はただただ呆けるだけだった。
――そこへ。
「…………?」
歌声が聞こえてきた。
微かに聞き取れる程度の音量だったものが、空間に静かに反響して床に降りてくる。
心地のいい音色だった。
心を奪われ、月村は誘われるように壁際の螺旋階段を昇る。天井に近づくにつれ、歌声は徐々に大きく、明瞭になっていく。
頂上部。
それまでとは違い、そこは完全な居住スペースだった。
とはいえ、生活感は微塵もない。調度品の類は最低限あるものの、役割も果たせぬまま部屋の隅で鎮座している。
飾り気があるといえば四方の大きな窓か。縁にはユリの彫刻をあしらい、透明なレースがかけてある。
月村の正面――開け放たれた窓辺に、少女が座っていた。
色彩の薄い青。透き通った水のように美しい髪が、まず目を引いた。それが腰元まで届き、絹織物を何枚も重ねたようなドレスと合わさることで淑やかな雰囲気を醸し出している。
その少女が、月村の存在に気付く。ちらつく雪風に煽られる前髪を耳にかけながら、顔を向けた。
月村は思わず息を呑む。
自分より年下のようだが、精巧な人形のように現実味のない控えめな美しさ。
あどけなさの残る白い肌に大きな金色の瞳を瞬かせながら、少女は小鳥のように首を傾げた。
「……誰?」
澄み切った声。聞こえてきた歌声はこの少女のものだったのだろう。
「えっと……」
少女の瞳の美しさに飲み込まれそうになりながら、月村は辛うじてそう呟く。
「ごめんなさい、私……」
咄嗟に出た謝罪の言葉。少女はますます不思議そうに目を瞬かせた。
「どうして謝るの?」
「え……。だって、ここはあなたの家……なんでしょ?」
「そうだよ」
「私、勝手に入っちゃったでしょ? だから……」
「それ……、悪いことなの? 分からないや」
今度は月村の方が困惑する番だった。
少女の感情は乏しく、むしろ生気すら感じさせない。いわば侵入者である月村に対し、驚きや戸惑い、警戒といった反応すらない。
動揺によって頭の理解が追い付いていない……とも思えない。
倫理観というものが育まれていない無垢さ。
少女は「よいしょっと」と可愛らしい声で窓辺から降りると、戸を静かに閉めた。
「えっと……寒くないの?」
どうしていいやら分からない月村は、たまらず少女に訊いてみた。
室内は暖を取るような設備はなく、しかも少女は素足。天権である月村には何も感じなくても、室温は異常に低いはず。にも拘らず、少女は顎に指をあて、たっぷり間を置いて言った。
「今日は少し涼しいくらいかな。もうじき儀式の効果が切れるから、温かくなってるのかもしれないね」
「そう……なんだ」
「雪がね、悲しそうに泣いているんだ。月に陰りが落ち始めて元気が失われてるから」
分かりにくいが、ほんの少し憂いを帯びている声色。床にしゃがみ込み、解けずに残った雪を指先で掬い上げて少女はじっと見つめたまま黙ってしまった。
(……困ったな)
掴みどころがない。少女は空気でも相手をしているかのようだ。月村は居心地の悪さを感じて、早々に部屋を出ようと決心する。
「お邪魔してごめんなさい。私そろそろ――」
慌ただしい音が聞こえてきたのは、その直後だった。
階段を駆け上がってくる幾つもの足音。誰かがこの部屋に向かってきている。入り口に扉はなく、このままだと衝突は避けられない――そんな予感が月村の頭を過ぎり、すぐさま脇に退いた。
「アキメネス様!」
切迫した叫びと共に部屋に飛び込んできたのは、白いローブを着た女性。紫色の髪を後ろで束ね、肩に垂らしていた。よほど焦っていたのだろう。息を切らし、美しい白磁の頬を上気させていた。
「ご無事ですか!?」
「……あれ?」
紫髪の女性の後に続いて、バタバタと靴の音を響かせながら四人もなだれ込んでくる。全員女性だ。しかも、どこかの怪しげな宗教団体かと疑ってしまうほどにその誰もが同じ出で立ち。
「どうしたの? そんなに慌てて」
少女の名はアキメネスというらしい。月村と同様、彼女は突然の訪問者に驚くこともなく淡々としていた。
「え、いや……。塔の結界が破られたと報告を受けましたので何事かと思い、心配になってやってきたのですが……」
アキメネスの反応に、逆に呆然とする紫髪の女性。
「うん、知ってるよ。破られたというか、綻びが生まれただけ……だけどね」
「ではやはり侵入者が……!」
「う~ん……」
のんびりとアキメネスは首を傾ける。それから視線を月村に向けた。
「――キミ、だよね?」
不意に注目を浴びてしまい、月村はビクッと肩を振るわせた。そこでようやく白いローブの女性たちも月村の存在に気づいたらしく、素っ頓狂な声を上げた。
「あ、あなた! な……、何者ですか!?」
紫髪の女性が両手を前に突き出し、身構える。
垂れ目がちな瞳が月村を射抜く。理知的な相貌には敵意というよりも、怯えが見て取れた。彼女の方が断然年上のはずだが、得体のしれないものを見る眼差しに月村も動揺する。
「あ……えっと……」
逃げ出したい衝動。自分は明らかな侵入者。アキメネスと女性たちは仲間……もっと詰めれば姫と従者のような間柄だろうか。
得物の類は持ち合わせていない。緊急時で急いでいたからかとも思えたが、紫髪の女性の両手を重ねた独特の構えには隙が無い。
出口も塞がれている。強引に突破するか。いや、無理だ。どうあがいても捕まってしまう。
「やめて」
膠着した空間が続いていた、そのとき。淡泊でありながらもアキメネスの有無を言わせない声が静寂を切り裂く。
「アキメネス……様?」
「言ったでしょ? 結界は少し綻んだだけ。多分、その人は意図的にやったんじゃないと思うよ」
ドレスの裾が広がらないよう、ゆっくり立ち上がったアキメネス。そっと月村の傍まで寄ると、にこりと微笑む。
「そうでしょ?」
「……分からない」
月村は大きく首を振った。
「結界って何のこと……なのかな?」
「ん~」
なんとも間延びした声に、空気が一気に弛緩する。アキメネスは身を翻し、月村に背を向けた。
「見てもらう方が早いかな」
まるで彼女の意志に応えるように、窓が勝手に開く。アキメネスは、流れるような動きで伸ばした腕を外の世界に伸ばす。
地上から十メートルは超える塔の先は、闇の空。
変化が起きたのは、一瞬だった。
オーロラだ。
塔と空間を仕切るように、光が舞い降りたのだ。波打つ様々な色彩。滝のように流れ落ちて、密やかに、だが確実に存在感を示していた。
「わぁ……!」
敵意を向けられていることも忘れ、月村は窓に駆け寄る。
「制御フィルターを取り除いて視認性を高めたんだ。これが結界。この塔を守るために、私が張っているの」
「正確にはアキメネス様に危険が及ばぬためのものですが」
と、紫髪の女性が厳しい口調で補足。
「防御結界は高度な魔法術式。これほどの強い魔力を持つ者ものは“雪華の巫女”に於いて他なく、当然ながら一切の外敵の侵入を許しません」
そう説明する彼女の表情は、緊張が張り付いたままだった。疑いの視線を幾つも向けられながら、月村はアキメネスへと振り返る。
「……魔法なの? これ」
「え、別に珍しくもないと思うけど」
興味深そうな月村に、アキメネスは首を捻った。
「そうだよね、グラネ」
「え、ええ」
紫髪の女性――グラネは困ったように頷く。
「とはいえ、魔力を持つ者はルーンガルドでも限られています。この祈り子の里の人間、そしてその代表となる“雪華の巫女”に限られるかと。私もここで生まれ育ったので、外界のことまでは深くは知りませんが」
グラネの説明を、月村は少し気恥ずかしい気分で聞いていた。
ルーンガルドというのはおそらく地名。祈り子の里もそうだろう。彼女たちはそこに属する人間なのだ。
そして、魔法という概念。
幼少期の絵本にでも出てきそうな世界観だ。それを自分の世界として構築させるなんて。演劇部でも、そういった空想を舞台にした脚本はあったりもした。月村としても決して嫌いではないのだが、いざこうして自分の生み出した人たちを目の当たりにすると……。
なんだかいたたまれないというか、全身がむず痒い。
「ですから、塔の結界に異常が起きる……なんてありえない事態なので」
と、グラネ。他の面々も顔を見合わせて、何事かをひそひそ話し合っている。
「でも私は何も……」
言いかけて、ハッとする月村。この塔に入ろうとしたときの変な感触。あれが結界を突き抜けた瞬間だったと、ようやく気付く。
「もしも、あれが悪意に満ちた者の仕業だとして」
まるで生まれたての雛を抱えるように、アキメネスは胸に両手を添えて微笑む。
「結界が無理に壊されたのだとしたら修復が必要になる。でも私はそこに対して何もしていない。だってあまりに優しい干渉だったから」
「アキメネスさん……」
アキメネスの金色の瞳が潤みを帯びた。宿るのは明確な憧憬。そして、少しの臆病。
「だからね、私は思ったの。あなたは先代の巫女なんじゃないかって」
「え……」
「な……!」
月村以上に過敏な反応を示したのは祈り子の里の面々だった。
「アキメネス様ッ、そ、そんなはずは……!」
狼狽えるグラネ。彼女の発言がそんなに衝撃的だったのだろうか。彼女の後ろに控える侍女たちの動揺の声も大きくなる。
「でも話をしていて違うんだなって思った。……そうだよね?」
「え、ええ……」
ぎこちなく頷く月村に、アキメネスは残念そうに息を吐く。
「やっぱり。だからこうして私がいるんだもん」
年相応に、いじけたように唇を小さく尖らせる。
とりあえず否定はしてみたものの、月村自身もこの世界に於ける立ち位置を掴めずにいた。世界の創造主――それは理解できていても、ここで何をすべきなのか見いだせていないのだ。
傍観者? 征服者?
――改めて自分は、世界を創造して何をしたかったのだろう。
「ごめんなさい。でも、私はあなたたちに危害を加えるようなことは絶対にしない。それだけは約束する」
信用してもらえるか怪しいものだが、月村は真摯に言葉を紡いだ。ただし、正体は明かすわけにはいかない。無謀なこと、この上ない。自分が告白することでこの世界の人たちにどんな影響が生まれるのか、怖かった。
「うん。でも、嬉しいサプライズかな」
「アキメネス様……」
それでも、やはり基本的にのんきな性格なのだろう。グラネも頭を抱えてしまっている。
「とにかく大丈夫だよ。この人は悪い人じゃない。私の直感がそう言ってるもの」
「ですが……」
「そういえば、あなたの名前まだ訊いてなかったよね」
マイペースなアキメネスは周囲の心配もなんのその。まるでダンスに誘うように無邪気に手を差し伸べて、ささやく。
「教えて?」
「つ……月村。月村綾音」
「変わった名だね」
「親しい友人からは綾音って呼ばれてるから、それでいいよ」
「私はアキメネス・ユル・ベオーク。明日までの付き合いだけどよろしくね」
アキメネスという少女は、まるでタンポポの綿毛のようにふわふわしていて掴みどころのない印象だったのだが、意外に強情というか、こうと決めたら曲げない一面も持ち合わせているらしい。
初めて会ったばかりの月村のどこを気に入ったのか、あの塔の自室に泊めさせると言い出したのだ。
案の定、グラネたちは反対。女の子とはいえ、得体のしれない見ず知らずの人間を傍に置くのは危険だと提言したのだ。“巫女”というからには、アキメネスは神性を持つ特別な存在。月村だからではなく、異物を招き入れること自体、悪影響だと考えたのだ。
ただ、アキメネスの方も頑固だった。
月村を純粋なまでに信用し、グラネたちの意見をこれでもかと突っぱねる。グラネたちも、アキメネスの性格は熟知しているのだろう。散々抗議したが、諦めざるを得なかった。
とりあえずは月村の滞在は許され、グラネが監視役として控えるということで話はまとまった。
「ここが祈り子の里です」
アキメネスが月村を案内したいと軽い我儘を言い始めたので、グラネも伴って塔の外に出ることになった。
昼夜の判別がつきにくいが、彼女たちが言うにはもうじき日をまたぐ時刻らしい。
湖畔を歩いていくと、小さな崖の上に集落があった。
舗装された道には熱源の魔力を込めているらしく、雪はなく歩きやすい。周辺にテントがいくつも張ってあり、ぼんやりとしたライトの明かりが布越しに見えた。
普段なら眠る時間。しかし、アキメネスの来訪で里の住人たちは飛び起きてきたのか、あらゆる道の片隅でこちらに向けて拝むように手を合わせている。
「普段、我々はここで生活しています。アキメネス様……つまり“雪華の巫女”の侍女としての役割を果たすために」
先頭を行くグラネは、振り返りもせず淡々とした口調だった。
「あの……今さらなんですが……」
「なんでしょう?」
「その……さっきから出てくる“雪華の巫女”とは何ですか?」
「……え」
グラネの足が止まる。まるで信じられないものを見るかのような目を、月村に向けた。
「まさか知らないのですか?」
「は、はい。それがアキメネスさんを指していることだけは分かるんですけど……」
「さん、は不要だよ。呼び捨てで構わないって」
ずっと鼻歌を口ずさんでいたアキメネスが、やや不服そうな声を漏らす。
「もしかして、アキメネスさ……。いえ、アキメネスってこの世界じゃ凄く有名人……とか?」
「そうだよ」
満足そうに即答するアキメネス。
「正確には“私”が、じゃなくて、“役割”がなんだけど」
「巫女ってことは……神に仕えて祭事なんか行うの?」
「似ているけど、少し違うかな」
「……え?」
アキメネスは瞳を眇め、空に向けて腕を伸ばす。まるで慈悲を乞うがごとく。
「この世界の人々は生まれながらにして十字架を背負っている。天空に浮かぶ絶対的な光源――太陽。あれは一言で表せば理不尽な死の執行者なの。熱の放射は私たちを容赦なく焼き、そして溶かす」
「……え、死んじゃうの?」
「身体は水になって大地へと還るの。だけど、それが巡ることはない。魂は文字通りの消滅だし、永遠に生きた証が残ることはないの。私たちは焦炎の呪いって呼んでる」
「なんだか吸血鬼みたい……」
まるで太陽を憎んでいるかのような言い方。だが、そういった想いが自分の無意識下にあったということ。
呆然と呟く月村に、絶句していたグラネが「吸血鬼?」と過敏に反応した。
「なんですか、それは?」
「い、いえ、なんでも!」
グラネの怪訝な眼差しが、月村に突き刺さる。
「私、あまり記憶がなくて。目が覚めたらこの世界にいて、よく事情を知らないんです!」
しどろもどろに答える月村に、ますます眉間の皺が深くなるグラネ。
「記憶喪失ですか」
「そんなところです……」
なんだか騙しているみたいで気が引けるが、仕方がない。余計な疑いは自分を不利にするだけだ。
「素性はどうあれ、確かに、あなたからはアキメネス様と同じ波動を感じます。だから同行を許したのですが」
「そ、そうなんですか?」
「ええ。雪華の巫女は我々を守護する異能の持ち主。であれば、あなたもその関係者なのではないかと、私も思っているのですが」
月村は自分の身体を見回してみた。特段、凄い力は感じない。淡い期待がなかったわけではないが、月村は落胆してしまう。
ただ逆に考えれば、アキメネスは神としての自分に近しい存在なのかとも考えられる。
「でも、そんな避けられない呪いがあるならどうやってここの人たちは生活をしているんですか? 変な話、人間なんて存在しようがないじゃないですか」
「それは――」
「雪を降らすんだよ」
アキメネスの鈴を転がすような声が、グラネの返答を遮った。
「……え?」
「太陽の光を遮断する力。その秘術を潜在的に有している子どもが稀に生まれるの。その子が雪華の巫女となって、雪雲の障壁を呼び寄せる」
「え、じゃ、じゃあこの空って……」
月村は仰け反るぐらいに上を見上げて、唖然と呟いた。自分で創造しといてなんだが、この圧巻の雪景色は自然発生のものではなかったのだ。
疑うわけではないが、月村は空によく目を凝らしてみた。すると、雲の層の僅かな継ぎ目に薄い光が見えた。色彩は角度によって変化しているようだ。塔に張られていたものと酷似している。
「うそ……」
改めて、ごくりと月村は喉を鳴らした。世界の真実。広大な大地を覆う巨大な結界に。
「これを、あなたが?」
「ううん」
強張った表情の月村に見つめられ、苦笑するアキメネス。
「私は数えて五十三代目の巫女。儀式によって造られた障壁は十年しか保たないから」
さらに月村は驚愕した。ということは、この世界は少なくとも五百年の歴史はあるということになる。
「じゃあ代々の巫女は力を使ったら引退なの?」
月村の声は震えていた。世界の真実に近づいたことでの、知識の渇望。深淵に迫る瞬間に、思考が真っ白になっていく。
「その後は後世の巫女の教育とか? 祈り子の里の皆さんは、その人たちの子孫だったり」
「いえ……我々はあくまで雪華の巫女のサポート役に過ぎません。もっと言えば、雪華の巫女は子孫を残せません」
グラネの声は掠れていた。その先は言いたくないとばかりに、瞳を強く閉じている。
「雪華の巫女はね、儀式の後に死んじゃうんだ」
背中を向けていたアキメネスは、ポツリと呟いた。
「……え?」
「ルーンガルドの空を覆う巨大なシールド。その発動に伴う代償は巫女の命。巫女は己を犠牲にして世界を守るの」
「でも……たった十年なんだよね? 維持できるのは」
「そう。だから障壁が途切れないよう、次の巫女が役目を受け継ぐの。これは、歴代の巫女が残した遺産なんだよ」
目まぐるしく動いていた脳が、急激に、その働きを止める。
そこから導き出される答えに辿り着いたからだ。
戸惑い、ためらい、月村は口を噤む。アキメネスは相変わらず背中を向けている。それでも確認しなければならない。
恐ろしい事実を。
「……ちょっと待って。今の巫女はアキメネスなんだよね?」
「うん。明日がちょうど儀式の日」
「じゃあ……儀式が終わったら、あなたは……」
「うん。死んじゃうね」
いともあっさりと、アキメネスはそう口にした。月村の視界の端では、グラネが沈痛に唇を噛み締めている。
「でも私の命と引き換えに、人々は生きられるんだよ。世界は延命し、また次の巫女が太陽を防ぐ使命を負う」
「そんなのおかしいよ!」
肩越しに振り返るアキメネス。穏やかな笑み。
「どうして? これまで歴史はそうやって紡がれてきた。誰もそこに疑問は抱かない」
「あなたは嫌じゃないの?」
「別に? 確かに望んで巫女をやってるわけじゃないけど、そういうものだもの」
「それだけの覚悟があるっていうの……?」
崇高な意志では決してない。間違った自己満足でもない。使命感ともまた違う。
巫女に選ばれたからやるだけ。それが当然で、自身の命を捧げる抵抗感も悲愴感なんて微塵もない。
「私にしか出来ないことだからね」
やはり、そこには意志の強さは感じられない。あくまで自然に。己に課せられた運命を受け入れている。
呆然と立ち尽くす月村。
アキメネスの鼻歌が、耳の彼方で聞こえていた――。




