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「帳面では魔王は倒せない」と勇者パーティーを追放された遠征書記官、古代魔導AIで宿場町を救う  作者: あいきみ


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第6話 反逆罪ですか? では記録を確認しましょう

勇者レオンが言っていた十日後ではなく、十五日後。


王国監察官ダリウスが、騎士八名と、勇者レオン、聖女セリア、宮廷魔導師ヴィクトルを伴ってルカへ入った。


町の門前で、騎士が告げた。


「ルカ町役場に対し、王国反逆および敵性勢力支援の疑いについて調査を行う。ミラ・ノートンおよび古代遺物を一時拘束する」


町は凍りついた。


青麦亭の前に、町民が集まる。


ノリスは真っ青になり、町長は杖を握り、マルタは私の肩をつかんだ。


「逃げるかい?」


「逃げません」


「捕まるよ」


「記録があります」


「記録で剣が止まるのかい」


「止めます」


町役場の大広間で、監察が始まった。


監察官ダリウスは、細い目をした男だった。感情を顔に出さない。机に置いた書類の角を、指で揃えてから口を開いた。


「ミラ・ノートン。あなたは魔王軍北部補給隊と接触したか」


「はい」


「食糧を渡したか」


「はい」


広間がざわめく。


ダリウスは表情を変えない。


「それは王国への反逆にあたる可能性がある」


「取引記録があります」


私は帳面を机に置いた。


分厚い帳面だ。


取引日。場所。相手の名。武装条件。数量。対価。署名。立会人。


すべて記録してある。


ダリウスは帳面を開いた。


「隠す気はなかったと?」


「町が危険になります」


「敵に食糧を売った事実は変わらない」


「敵が飢えて武装侵入する可能性を下げるためです」


「あなたは軍人ではない。外交官でもない。勝手に停戦を決める権限はない」


「はい。ですから、停戦ではなく、町外における武装侵入防止条件付きの物資取引として記録しています」


ダリウスの目が、ほんの少し動いた。


レオンが苛立ったように口を挟む。


「言葉遊びだ」


「言葉を正確に使うのが書記官の仕事です」


ヴィクトルが冷たく言った。


「その石板が入れ知恵をしているのだろう。やはり危険な古代遺物だ。押収すべきだ」


私は石板に触れた。


『押収要求再発。拒否を推奨』


ダリウスが手を伸ばした。


「古代遺物については、王国監察権により一時提出を求める」


「拒否します」


「拒否権はない」


「あります」


私は別の書類を出した。


軍務局時代に保管していた貸与記録の写しだ。


《起動者ミラ・ノートン以外による操作不能。遠征記録補助具として本人管理を認める。破損、紛失、強制操作による事故責任は、強制操作を命じた者に帰属する》


ダリウスの指が止まった。


「よく写しを持っていたな」


「書記官ですので」


ヴィクトルの顔が歪む。


「そんなものは軍務局の内部文書だ」


「写しの携行は、遠征書記官規則で認められています。現地で物品権限を確認されることがあるためです」


ダリウスはしばらく黙って書類を読んだ。


「つまり、押収はできるが、事故責任はこちらに来るということか」


「はい」


「事故とは?」


「不明です。誰にも操作できなかった古代遺物なので」


嘘ではない。


アーカイヴは、私以外には沈黙する。


けれど、無理に剥がそうとした時に何が起きるかは、私にもわからない。


ダリウスは面倒そうに息を吐いた。


レオンが机を叩いた。


「監察官。こんな書類遊びに付き合っている場合ではない。魔王軍に食糧が渡ったのは事実だ。彼女を連れていくべきだ」


「勇者殿。私は事実確認をしている」


「事実なら明らかだ!」


「ならば、なおさら順番が必要だ」


ダリウスの声は静かだったが、強かった。


レオンは黙った。


監察官は次に、町長へ質問した。


「グレン町長。あなたは取引を承認したか」


「した」


「理由は」


「町を守るためだ」


「王国軍への連絡は」


「送った。返事はなかった」


町長はノリスに目配せした。


ノリスが震える手で書簡の控えを出す。


《魔王軍北部補給隊より接触あり。町防衛上、交渉の必要あり。至急指示を求む》


日付は、取引の三日前。


宛先は北西街道防衛隊。


返事が来たのは取引の七日後。


《現地判断に任せる》


ダリウスはその紙を見て、目を細めた。


「現地判断に任せる、か」


私は言った。


「はい。現地判断をしました」


レオンが歯を食いしばる。


セリアがこちらを睨んだ。


「でも、魔族を助けたことには変わりありませんわ」


「この町も助かりました」


「敵を助けて得た平和など、一時しのぎです」


私はセリアを見た。


「では、魔王軍が飢えて町へ攻め込んできた場合、聖女様はここに来て守ってくださいましたか」


セリアは言葉に詰まった。


私は続けた。


「勇者遠征は遅れています。北西街道の防衛隊は空でした。王都への書簡は返りませんでした。私たちは、ここで判断するしかありませんでした」


ダリウスは帳面を閉じた。


「交易によって得たものは」


「鉱石、薬草、獣皮、水路技術者の派遣です」


「水路技術者?」


「はい。彼らの助言により、古代分水路を再稼働しました。南畑の水量が回復し、冬季食糧不足は軽減されます」


私は水路記録を出した。


修理前の水量。修理後の水量。畑ごとの収穫予測。貯蔵庫の換気改善。冬季餓死予測の低下。


それらは、勇者の剣より地味だった。


聖女の祈りより華やかではなかった。


宮廷魔導師の大魔法のように、光ることもない。


けれど、机の上に積まれた数字は、町が生き延びた証拠だった。


ダリウスは長い時間、それを読んだ。


広間には、紙をめくる音だけが響いた。


やがて彼は言った。


「ミラ・ノートン」


「はい」


「あなたを今すぐ反逆罪で拘束するには、証拠が足りない」


レオンが声を上げる。


「監察官!」


「黙っていただきたい」


ダリウスは初めて、少しだけ声を荒げた。


「敵性勢力との無許可接触は重大だ。しかし、町外取引、武装制限、数量記録、王国側への照会、現地判断委任の返書がある。これを即時反逆と断じれば、北西街道の他の宿場町は今後、何も報告しなくなる」


彼は私を見た。


「ただし、問題がないわけではない。交易は監察下に置く。次回以降の取引には王国側立会人を置く。魔族の町内進入は禁止。軍事物資の提供も禁止。記録は写しを王都へ送る」


「承知しました」


「そして、あなたには王国軍補給顧問としての召還命令が出ている」


私は息を止めた。


ダリウスは一枚の書類を出した。


今度は正式な王印があった。


逃げ道は少ない。


だが、書類は読むものだ。


私は受け取り、文面を確認した。


《ミラ・ノートンを王国軍補給顧問として召還する。ただし、現地行政に重大な継続業務がある場合、監察官判断により猶予を認める》


私は顔を上げた。


「監察官判断により、猶予を認めることができます」


ダリウスの口元が、ほんの少し動いた。


「よく読む」


「書記官ですので」


「では、判断する。ミラ・ノートンの召還は、三ヵ月猶予する」


レオンが立ち上がった。


「三ヵ月だと? その間に遠征はどうなる!」


ダリウスは冷たく答えた。


「勇者殿。そもそも、遠征書記官を追放したのはあなたです」


広間が静まり返った。


レオンの顔から血の気が引く。


ダリウスは続けた。


「補給線の崩壊、現地協力の喪失、街道記録の不足。それらを補うために彼女を呼び戻したい事情は理解する。しかし、追放した人材を、失敗したから即座に徴用するという運用を認めれば、王国軍務局の制度そのものが崩れる」


レオンは何も言えなかった。


ヴィクトルが低く言う。


「では、古代遺物は?」


「現時点ではミラ・ノートンの管理下に置く。強制押収による事故責任を監察局は負わない」


「監察官!」


「不服なら、王都で正式な遺物管理審査を請求しろ。ここで触るな」


ヴィクトルは唇を噛んだ。


レオンは最後に私を見た。


「ミラ。お前は、本当に戻らないのか」


その声には、以前のような命令の響きは少なかった。


疲労と、苛立ちと、少しの後悔が混ざっていた。


私は静かに答えた。


「今は戻りません」


「今は?」


「私はルカの水路をまだ最後まで直していません。冬の食糧計画も途中です。魔王軍との取引記録も、王都に提出できる形に整える必要があります」


「そんな町一つのために、魔王討伐を遅らせるのか」


「町一つを守れない遠征が、世界を救えるとは思えません」


レオンは目を見開いた。


それから、何も言わずに背を向けた。


今度も彼は去った。


法と記録と監察官の判断によって、彼は退かされたのだ。


王国監察団が去ったあと、町役場にはしばらく誰も声を出さなかった。


最初に息を吐いたのはノリスだった。


「胃が痛いです」


マルタが笑った。


「生きてる証拠だよ」


町長は私を見た。


「三ヵ月だそうだ」


「はい」


「三ヵ月で終わると思うか」


私は石板に触れた。


(三ヵ月でルカの安定化は可能?)


『最低限は可能。ただし継続的な記録担当者の育成が必要』


私はノリスを見た。


ノリスは嫌な予感がしたのか、一歩後ずさった。


「ノリスさん。明日から水路帳簿の書式を統一します」


「私もですか?」


「あなたが覚えなければ、私がいなくなったあとに戻ります」


「胃が痛いです」


「生きている証拠だそうです」


マルタが大声で笑った。

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