第2話 追放書記官、商隊の危機を救う
翌朝、私は王都西門の商隊詰所へ向かった。
掲示板には、いくつもの依頼票が貼られていた。
護衛募集。荷運び募集。馬丁募集。薬草採取。下水掃除。迷子猫の捜索。
その端に、アーカイヴが示した依頼票があった。
《ルカ行き商隊、記録補助員一名。文字と計算ができる者。食事付き。報酬銀貨三枚》
安い。
だが、今の私には十分だった。
依頼主は、丸い腹の商隊長だった。名をボーザックという。年は五十ほど。口ひげが立派で、指には宝石の指輪を三つもはめている。
彼は私を見るなり、露骨に眉をひそめた。
「あんたが記録補助を?」
「はい。文字と計算はできます。地図も読めます」
「若い女一人で街道に出るのは感心しないな。護衛は雇っているが、魔物が出ない保証はない」
「承知しています」
「報酬は安いぞ」
「承知しています」
「荷物持ちはさせないが、歩くのは歩く。馬車に乗れると思うなよ」
「歩けます」
ボーザックは私の顔をしばらく眺めたあと、胸元の黒い石板に視線を落とした。
「それは?」
「記録用の魔道具です」
「高価なものか?」
「私にしか使えません」
「なら盗まれる心配は少ないか」
彼は鼻を鳴らした。
「いいだろう。試しに雇う。字が汚かったら途中で降ろす」
こうして私は、ルカ行き商隊の末尾に加わった。
商隊は荷馬車六台、護衛五人、商人三人、馬丁二人で構成されていた。
積荷は乾燥豆、布、塩、安物の鉄器、それに王都で売れ残った祭礼用の飾り紐。
私は歩きながら、荷の数と馬車の位置を記録した。
一台目、塩。
二台目、乾燥豆。
三台目、布。
四台目、鉄器。
五台目、混載。
六台目、予備部品と食糧。
昼前、胸元の石板が微かに熱を持った。
普段の応答とは違う。
こちらが問いかける前に、アーカイヴが警告を出す時の反応だった。
私は外套の内側で石板に触れる。
『六台目左後輪、車軸亀裂の可能性』
私は視線を上げた。
六台目の荷馬車は、列の最後尾にあった。車輪は普通に回っている。馬丁も気づいていない。
(危険度は?)
『現速度で走行した場合、二時間以内に破損確率六十四パーセント。破損地点予測、灰鷺橋付近』
灰鷺橋。
地図で見た。
川幅は広くないが、橋の周辺は森が深い。夕方には小型の魔物が出ることがある。
私は商隊長のところへ行った。
「ボーザックさん。六台目の左後輪を確認してください」
「何?」
「車軸に亀裂がある可能性があります」
「見たのか?」
「今、確認します」
私は六台目の横に回り込んだ。
泥除けの影。金具の内側。古い油汚れの下。
アーカイヴが示した箇所を指で拭う。
細い亀裂があった。
浅いが、長い。
馬丁の一人が顔色を変えた。
「これ、まずいですね」
ボーザックはしゃがみ込み、亀裂を見て舌打ちした。
「昨日の点検ではなかったぞ」
「昨日の時点では表面に出ていなかったのかもしれません。荷重が偏っています。三台目の布を少し移した方がいいです」
「なぜ三台目だとわかる?」
「今朝の積荷記録では、三台目が最も軽いので」
ボーザックは私を見た。
最初の疑い深い目ではない。
商人が、損得を計算するときの目だった。
「止まるぞ!」
商隊は街道脇の古い祠の前で止まった。
護衛が周囲を警戒し、馬丁が車軸を補修する。布と豆の一部を別の馬車に移す。
私は積荷の変更を記録した。
作業は一時間半かかった。
夕方、商隊は灰鷺橋の手前に着いた。
そこで私たちは、橋の上に散らばった血と、壊れ放置されている荷馬車を見つけた。
先に通った荷馬車が、橋の途中で車輪を壊したらしい。荷物の一部が川に落ち、馬の足跡が乱れている。護衛が調べると、森の中へ引きずられた跡もあった。
「魔狼だな」
護衛が低く言った。
ボーザックは黙って私を見た。
もし私たちの六台目が、あの橋の上で壊れていたら。
積荷を守るために足を止め、日暮れを迎え、魔狼に囲まれていたかもしれない。
「銀貨三枚では安かったな」
ボーザックが言った。
「まだルカに着いていません」
「着いたら一枚足す」
「ありがとうございます」
「それと、今夜の飯は護衛と同じものを食え。記録係だからといって、冷えた残り物を食わせるわけにはいかん」
私は返事に困った。
石板に触れると、意識の奥に静かな応答が返ってくる。
『社会的信用の上昇を検出』
私は少しだけ息を吐いた。
ルカに着いたのは、翌日の夕方だった。
思っていたより小さな町だった。
街道沿いに宿が三軒、鍛冶屋が一軒、古い水車小屋、低い石壁、町役場、冒険者ギルドの支所。
遠くには畑が広がっているが、半分ほどは土が乾いて白っぽくなっていた。
町の入口には、壊れかけた木の看板が立っていた。
《宿場町ルカへようこそ》
その文字の下に、誰かが炭で落書きしていた。
《ただし金のある奴だけ》
ボーザックは荷下ろしを終えると、約束通り銀貨を四枚くれた。
それだけでなく、町の中央にある宿を指さした。
「青麦亭に行け。女将には俺から言っておく。安く泊めてくれるはずだ」
「そこまでしていただかなくても」
「勘違いするな。次に王都からルカへ来るとき、また雇うかもしれん。そのための投資だ」
商人らしい言い方だった。
けれど、ありがたかった。
青麦亭の女将は、背の高い女性だった。名をマルタという。腕が太く、声も大きい。
「あんたがボーザックの言ってた記録の子かい」
「ミラです」
「部屋は屋根裏でいいなら一泊銅貨六枚。夕飯を付けるなら八枚。湯は別料金。洗濯は自分でやりな」
「お願いします」
「先払いだよ」
屋根裏部屋は狭かった。
天井は低く、窓は小さい。寝台は軋み、毛布は少し薄い。
それでも、勇者パーティーで使っていた野営用の寝袋よりはましだった。
夕食は、豆と干し肉の煮込みだった。
食堂の隅で食べていると、マルタが向かいにどかりと座った。
「あんた、文字が書けるんだって?」
「はい」
「計算も?」
「できます」
「じゃあ、これを見てくれないか」
彼女は分厚い帳面を置いた。
宿の帳簿だった。
「ここ三月、仕入れの金額が合わない。肉屋は値上げだと言うし、粉屋は水車が止まったせいだと言う。税吏は宿泊税の記録が違うと言う。どいつもこいつも、自分に都合のいいことばかり言う」
「私は町の者ではありませんが」
「だからいいんだよ。しがらみがない」
私は帳面を開いた。
数字は乱れていた。
宿泊客数。食材の仕入れ。燃料費。税。馬小屋の使用料。
項目ごとに書き方が違い、日付も飛んでいる。前任者が几帳面だった時期と、忙しい日にまとめ書きした時期が混ざっている。
「少し時間がかかります」
「飯代をまける」
「やります」
私は即答した。




