第9話 12円は、だいたい油断の値段
朝は、思ったより早く来た。
鳥の声が、近い。
霧は薄く、空気が少し冷たい。
フィアネは、目を覚ましてすぐに画面を出した。
《所持金》
726,532 円
(……よし……( ˘ω˘ ))
数字は、変わらない。
昨日は稼がなかった。
だから、減ってもいない。
でも――
それだけじゃない。
(……今日は……
“ちょっとだけ”……)
フィアネは、静かに起き上がった。
ランドセルを背負う。
エレハンドロとヨハムは、
すでに外にいる。
「……おはようございます」
「おはようございます」
二人とも、声は低い。
「……今日は……
少しだけ……」
言いかけて、
フィアネは言葉を選び直す。
「……12円くらい、
試したいです」
ヨハムが、眉をわずかに動かした。
「……対象は?」
フィアネは、画面を操作する。
《検索:最安魔物素材》
――ヒュン。
《バブルスライム亜種・残渣》
・売却価格:12 円
(……あった……!(`・ω・´))
「……あれなら……
危なくないし……」
エレハンドロは、少し考えてから言った。
「……我々は、
距離を取ります」
「はい!」
フィアネは、小さく頷いた。
バブルスライムは、
文字通り、ぷにぷにしていた。
攻撃性はほぼない。
踏むと、逃げる。
(……可愛い……)
(……でも……売る……)
フィアネは、少しだけ罪悪感を感じながら、
慎重に近づく。
――ぷしゅ。
倒した。
残ったのは、
透明な液体。
《売却可能》
(……12円……!)
指が、少し震える。
(……初めての……
“自分だけの”……)
ポチ。
《売却完了》
+12 円
《所持金》
726,544 円
「……増えた……!」
思わず声が出た。
(……たった……12円……)
(……なのに……
めっちゃ嬉しい……(;´∀`))
その瞬間――
――ぬる。
足元が、滑った。
「……あ」
転びはしなかった。
だが、
透明な液体が、
靴に、べっとり。
(……あ……)
(……これ……)
エレハンドロが、すぐに来る。
「……問題は?」
フィアネは、靴を見下ろす。
「……匂いが……」
遅れて、
甘ったるい臭いが立ち上る。
ヨハムが、即座に判断した。
「……誘引臭です」
「小型魔物が、
寄ります」
(……え……)
(……12円の代償……重……(;´Д`))
その言葉通り、
森の奥が、ざわつく。
――がさ。
小さな影。
さらに、
もう一つ。
エレハンドロが、低く言った。
「……想定外です」
フィアネは、ぎゅっとランドセルを抱く。
(……やっちゃった……)
だが、
動く前に――
空気が、変わった。
「……それ以上、
近づくな」
低い声。
イルビアスだった。
いつの間にか、
少し高い岩の上に立っている。
視線は、
森の奥。
影が、止まる。
空気が、張り付く。
イルビアスは、
軽く手を上げただけだった。
それだけで――
魔物たちは、引いた。
逃げるように、
森へ戻っていく。
静寂。
フィアネは、
しばらく呆然としてから、
深く頭を下げた。
「……すみません……」
「……12円で、
呼び寄せました……」
イルビアスは、ため息をついた。
「……値段が安いと、
影響も安いとは限らない」
正論だった。
フィアネは、しょんぼりする。
(……失敗……(;´ω`))
イルビアスは、少し考えてから言った。
「……靴を脱げ」
「え」
「……その匂い、
今日一日は消えない」
フィアネは、慌てて靴を脱ぐ。
「……あ……
予備……」
ランドセルを探る。
――ヒュン。
《靴(安価)》
980 円
(……高……!)
一瞬、躊躇したが、
フィアネはポチった。
《購入完了》
靴が現れる。
「……980円……」
小さく呟く。
イルビアスは、短く言った。
「……12円の実験だ」
「……安い」
フィアネは、苦笑した。
「……ですね……」
新しい靴を履く。
足元が、軽い。
(……でも……)
+12 円
-980 円
(……赤字……)
フィアネは、空を見上げた。
(……それでも……)
値段だけじゃ、
測れないものがある。
今日は、
それを知るための12円だった。
エレハンドロが、静かに言った。
「……学びは、
高価です」
ヨハムが、続ける。
「……ですが、
無駄ではありません」
フィアネは、少し笑った。
「……次は……
もう少し高く……
安全に……( ˘ω˘ )」
森は、静かだ。
山は、
今日も、値段をつけずにそこにある。
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次は
第10話:街道/初めて“人の店”に近づく回(コロッケ前夜)
→ フィアネの「値段感覚」が一段深くなる回




