第8話 人を避けた理由は、語るほど立派じゃない
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夜は、急に来る。
山では特にそうだ。
昼の名残が消えたと思ったら、
もう暗い。
焚き火の音が、一定のリズムで弾けている。
フィアネは、少し離れた岩に腰掛けていた。
ランドセルを背に、
両膝を抱える。
(……今日は……
静か……( ˘ω˘ ))
エレハンドロとヨハムは、
交代で周囲を見張っている。
必要以上に話さない。
必要以上に近づかない。
守る距離を、ちゃんと分かっている。
小屋の前では、
イルビアスが火を見ていた。
炎が、彼女の横顔を照らす。
昼間より、
少しだけ人に近い顔をしている。
フィアネは、迷ってから、声をかけた。
「……あの……」
イルビアスは、振り返らない。
「……何だ」
「……昼のこと……」
言葉を探す。
「……怒ってます?」
少し間の抜けた質問だった。
イルビアスは、短く息を吐いた。
「……怒ってはいない」
「……ただ……」
一瞬、言葉が止まる。
「……人が、
勝手に山に入ってくるのは、
好きじゃない」
それは、
とても普通の理由だった。
フィアネは、少し驚いた。
(……もっと……
重い理由かと……)
「……昔、
何かあったんですか?」
聞いてから、
(あ……聞きすぎ……(;´Д`))
と気づく。
だが、イルビアスは、否定しなかった。
「……あった」
それだけ。
火が、強く弾ける。
「……人はな」
イルビアスは、炎を見つめたまま続ける。
「近づく時は、
必ず“正しさ”を持ってくる」
「善意だったり、
正義だったり、
理解だったり」
「……どれも、
重い」
フィアネは、黙って聞いていた。
イルビアスの声は、低く、平坦だ。
感情がないわけじゃない。
ただ、
押さえ込まれている。
「……正しいことを、
向けられ続けると……」
少しだけ、間。
「……何も返せなくなる」
それ以上は、語られなかった。
フィアネは、焚き火を見つめる。
(……値段……つかない話だ……)
しばらくして、
フィアネは、ぽつりと言った。
「……わたし……
正しさ、よく分からないです」
「……分かるのは……
値段くらいで……」
言ってから、
少し恥ずかしくなった。
イルビアスは、初めて、
フィアネの方を見た。
「……それでいい」
短い言葉。
「……値段は、
選び直せる」
「正しさは、
押し付けられる」
フィアネは、目を瞬いた。
(……それ……
なんか……
すごい……)
「……だから……
私は、山に棲むと決めた」
「触れなければ、
触れられない」
その理屈は、
とても分かりやすかった。
フィアネは、小さくうなずく。
「……わたしも……
似てるかもです」
「……?」
「……世界を……
“値段”で見るようになったの……」
少しだけ、言葉が詰まる。
「……それ以外で見ると……
壊れそうだったから……」
夜風が、火を揺らす。
イルビアスは、
それ以上、踏み込まなかった。
「……無理に、
語らなくていい」
「……ここは、
静かだ」
フィアネは、胸の奥が、
少しだけ温かくなるのを感じた。
(……山……
悪くない……)
遠くで、夜鳥が鳴く。
エレハンドロが、
こちらを一瞥してから、
視線を戻す。
ヨハムは、何も言わない。
守る者は、
本当に、静かだ。
フィアネは、ランドセルに手を置いた。
《所持金》
726,532 円
数字は、変わらない。
でも、
今日一日で、
減らなかったものがある。
それは、
ちゃんと、ここにある。
焚き火の音だけが、
夜を埋めていた。
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次は
第9話:朝/フィアネが“初めて買った失敗”をやらかす回
(12円のやつ/顔文字多め/ちょっと笑える)




