第7話 守る者は、理由を説明しない
霧が完全に晴れたのは、昼前だった。
山の麓は、音が少ない。
風が木を揺らす音と、
遠くで水が流れる音だけ。
フィアネは、小屋の影で座っていた。
ランドセルを膝に置き、
中身を確認している。
《所持金》
726,532 円
(……減らない……)
(……でも、増えない……)
今日は稼がないと決めた。
その判断は、今も正しいと思っている。
でも、
正しい判断は、
必ずしも楽ではない。
「……暇ですね」
ぽつりとこぼすと、
少し離れた場所で、ヨハムが首を横に振った。
「暇ではありません」
「待機です」
エレハンドロは、短く付け足す。
フィアネは、二人を見る。
二人とも、武器を持っていない。
だが、立ち方と視線だけで分かる。
――いつでも動ける。
「……エレハンドロさん」
「はい」
「……ヨハムさん」
「はい」
二人とも、即答した。
フィアネは、少しだけ迷ってから聞いた。
「……どうして、
そこまで、ちゃんと守るんですか?」
問いは、素朴だった。
契約?
義務?
命令?
どれも、しっくりこない。
ヨハムは、すぐに答えなかった。
エレハンドロの方を見る。
エレハンドロは、少しだけ考えてから言った。
「……理由は、いくつかあります」
「でも、
一番簡単なのは――」
言葉を切り、
視線を山の奥に向ける。
「……守らなかった世界を、
もう知っているからです」
フィアネは、瞬きをした。
「……知ってる?」
「はい」
ヨハムが、静かに続ける。
「守らなかった結果、
何が起きるか」
「その“後”を、
我々は見ています」
それ以上は、語られない。
フィアネは、少しだけ背筋を伸ばした。
(……理由、
聞かない方がいいやつだ……( ˘ω˘ ))
そのときだった。
――ザリ。
足元の小石が、動く音。
エレハンドロが、即座に一歩前に出た。
「……来ます」
ヨハムが、短く息を吐く。
「二体」
「中型」
フィアネは、反射的に画面を出した。
《鑑定》
・山棲獣(牙持ち)
・買取価格:
骨:120 円
牙:80 円
(……200円……)
喉が鳴る。
(……今日……
稼がないって……
決めたのに……(;´Д`))
だが、迷う間はなかった。
茂みが割れ、
灰色の獣が姿を現す。
――速い。
フィアネが一歩下がる前に、
エレハンドロが動いた。
音が、ほとんどしない。
ただ、
一瞬で距離が詰まる。
次の瞬間、
獣は地面に伏していた。
生きている。
だが、完全に動きを封じられている。
ヨハムは、もう一体の進路を読む。
投げたのは、小石一つ。
――当たらない。
だが、
獣は、進路を誤る。
その一瞬で、
エレハンドロが、背後に回る。
終わりだった。
音も、血も、ほとんどない。
フィアネは、口を開けたまま、
二人を見ていた。
(……え……)
(……今の……
いくら……?)
いや、違う。
値段の話じゃない。
イルビアスが、
小屋の前に立っている。
いつから見ていたのか、分からない。
「……見事だな」
それだけ。
エレハンドロは、頭を下げた。
ヨハムも、同じく。
フィアネは、しばらく黙ってから言った。
「……売れますけど……」
小さな声。
二人が、同時にこちらを見る。
「……今日は……」
フィアネは、息を吸う。
「……今日は、やめます」
一瞬、
空気が止まった。
ヨハムが、少しだけ目を細める。
「……判断理由は?」
フィアネは、考えてから答えた。
「……この山、
イルビアスさんの場所だから」
「……勝手に、
“資源”にしたくないです」
イルビアスは、何も言わない。
だが、
視線が、ほんの一瞬だけ、
フィアネに向いた。
エレハンドロは、獣を山の奥へ運ぶ。
ヨハムが、フィアネに言った。
「……それで、
正しいと思います」
「え……」
「価値は、
取り出せばいいものではない」
フィアネは、少しだけ笑った。
「……難しいですね」
「はい」
「ですが、
学べます」
午後、
風向きが変わった。
フィアネは、小屋の影で、
ランドセルを撫でる。
(……200円……)
でも、
胸の奥は、
不思議と軽かった。
守る理由は、
説明されない。
でも、
行動で分かる。
この山は、
今、まだ――
値段をつけなくていい。
フィアネは、そう思った。
⸻
次は
第8話:夜/イルビアスが“人を避けた理由”を、ほんの一言だけ零す回
(説明しない/断片だけ)




