第6話 買い物は、だいたい想定外を連れてくる
朝は、静かに始まった。
霧が低く、
山の輪郭がぼやけている。
フィアネは、目を覚まして最初に確認した。
《現在所持金》
726,532 円
(……減ってない……よし……( ˘ω˘ ))
次に、ランドセル。
留め具。
中身。
全部、問題なし。
(……今日も生き延びた……)
この「生き延びた」という感覚は、
朝にしか味わえない。
夜を越えた、というだけで、
少しだけ世界に勝った気がする。
軒下から外を見ると、
エレハンドロとヨハムは、すでに起きていた。
二人は、同じ方向を見ている。
霧の向こう。
「……何かありますか?」
フィアネが小声で聞くと、
ヨハムが短く答えた。
「人の気配はありません」
「魔物も、遠いです」
エレハンドロの声は低い。
(……平和……( ˘ω˘ ))
平和は、稼げない。
フィアネは、少しだけ肩を落とした。
(でも……今日は……)
今日の予定は決めてある。
――買い物。
正確には、
「買い物が役に立つかどうかの検証」。
昨日、イルビアスの小屋の周辺を歩いていて、
フィアネは気づいた。
(……ここ、
日用品、なさすぎでは……?)
薪はある。
湯もある。
でも、それ以外は――
必要最低限すぎる。
(……多分……
“必要最低限”が基準の人だ……)
フィアネは、画面を呼び出した。
《商品検索》
・保存食
・調理補助
・日用品
(……勝手に置くのはダメ……)
(声をかける……?)
小屋の扉は閉まっている。
フィアネは、一拍考えてから、
軽く声をかけた。
「……あの……」
返事はない。
(……起きてる……よね……?(;´Д`))
でも、昨日のルールを思い出す。
次は、声をかけろ。
声はかけた。
だから、次に進む。
フィアネは、検索結果を眺めた。
《乾燥野菜セット》
480 円
《塩》
120 円
《木匙》
300 円
(……ちょっと高い……)
だが、思い切った。
(……必要なら……
価値はある……(`・ω・´))
《購入しますか?》
「……はい」
――ヒュン。
ランドセルの中に、
小さな包みがいくつか現れた。
フィアネは、それらを抱えて、
小屋の前に立つ。
扉の前で、深呼吸。
「……あの……」
今度は、ちゃんと声を出した。
数秒。
扉が、静かに開いた。
イルビアスが立っている。
表情はいつも通り。
感情が見えない。
「……何だ」
フィアネは、両手の包みを差し出した。
「……買い物です」
「……?」
「えっと……
保存食と……塩と……木のスプーンです」
イルビアスは、包みを一つずつ見た。
触らない。
値踏みするような視線。
「……金は」
「……払いました」
フィアネは、正直に答える。
沈黙。
(……ダメだった……?(;・∀・))
イルビアスは、少し考えてから言った。
「……これは、誰のためだ」
質問は、鋭い。
フィアネは、詰まった。
自分のため?
相手のため?
正直に言うなら――
半分ずつ。
「……ここに、
しばらく居させてもらうなら……
使うかもしれないと思って」
イルビアスは、視線を上げた。
「……“居る”と決めたのか」
フィアネは、慌てて首を振る。
「い、いえ!」
「決めてないです!」
「ただ……可能性として……」
言葉が散らかる。
(あっ……
値段ついてない話になってる……(;´Д`))
イルビアスは、包みを受け取らなかった。
「……必要なら、私が買う」
その言葉に、フィアネの胸が少し痛んだ。
(……それは……)
(それは、違う……)
フィアネは、勇気を出して言った。
「……それだと、
わたしが、ここに居る理由がなくなります」
言ってから、後悔した。
(重い……(ヽ´ω`))
でも、イルビアスは怒らなかった。
「……理由?」
「はい」
フィアネは、ランドセルを抱き直す。
「……わたしは、
払える分しか、ここに居たくないです」
空気が、止まる。
エレハンドロとヨハムが、
少しだけ位置を変えた。
イルビアスは、しばらく黙ってから、
包みの一つを取った。
「……木匙だけ、もらう」
「……え」
「塩と保存食は、いらない」
フィアネは、一瞬戸惑ってから、
うなずいた。
「……はい」
木匙は、300円。
(……300円分……)
イルビアスは、木匙を持ったまま言った。
「……残りは、
お前が使え」
それは、拒絶ではなかった。
境界線だった。
フィアネは、胸の奥が、少しだけ落ち着くのを感じた。
(……ちょうどいい距離……( ˘ω˘ ))
そのとき、霧の向こうで、
小さな物音がした。
――がさ。
エレハンドロが即座に動く。
「……小型魔物です」
ヨハムが、続ける。
「単体。
危険度、低」
フィアネは、画面を出した。
《鑑定》
・スライム亜種
・買取価格:40 円
(……40円……!)
昨日より、高い。
(……行ける……!(`・ω・´))
フィアネが一歩前に出ようとすると、
イルビアスが、短く言った。
「……無理をするな」
それだけ。
フィアネは、立ち止まった。
(……あ……)
無理をするな。
止めるでもなく、
許すでもなく。
「……今日は、やめときます」
そう言うと、
イルビアスは何も言わなかった。
霧が、少しずつ晴れていく。
フィアネは、残った包みをランドセルに戻した。
(……40円……惜しい……)
(でも……)
胸の奥に、
別の計算が生まれている。
(……今は……
稼がない方が、安い……)
値段のつかない判断。
でも、間違いじゃない。
フィアネは、空を見上げた。
今日は、少しだけ雲が薄い。
世界は、だいたい想定外を連れてくる。
でも、
選ぶことはできる。
その選択が、
誰かの境界を越えないなら。
それで、十分だった。
⸻
この次は
第7話:従者エレハンドロとヨハムが“守る理由”を見せる回
(フィアネは見ていない/イルビアスが少し評価する)




