表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/23

第5話 名前を聞かない夜



夜は、また来た。

来ること自体は、珍しくない。


山の麓は昼と夜の差がはっきりしていて、

暗くなれば、人は自然と口数が減る。


フィアネは軒下に座り、

膝の上でランドセルを抱えていた。


(……今日も生きた……( ˘ω˘ ))


大きな出来事はない。

稼ぎは12円。

コロッケは半分。


それでも、一日としては十分だ。


小屋の中から、薪が弾ける音がした。

イルビアスは、今日も奥にいる。

出てこない。

でも、いないわけじゃない。


それが分かるだけで、

この場所は「外」じゃなくなる。


エレハンドロとヨハムは、少し離れた場所で立っている。

月明かりの下、二人の影は短い。


「……ねえ」


フィアネは、小さな声で言った。

誰に向けたかは、自分でも分からない。


返事はない。

でも、否定もない。


「……名前、聞いてないなって」


言った瞬間、少し後悔した。


(聞かないって決めてたのに……(;´Д`))


名前は、距離を縮める。

距離が縮むと、

期待が生まれる。


期待は、

いつか値段のつかないものを連れてくる。


フィアネは、それを知っている。


「……まあ、いいや」


独り言にして、話題を終わらせた。


そのとき、小屋の扉が静かに開いた。


イルビアスが出てきた。

手には、木の器。

中は、湯。


何も言わず、

フィアネの手の届く位置に置く。


「……ありがとうございます」


言葉は丁寧だったが、

頭は下げなかった。


イルビアスは、気にしない。

礼の形より、行為を見る人だ。


「……今日は、どうだった」


質問だった。

理由も前置きもない。


フィアネは、少し考えてから答える。


「……12円でした」


「……そうか」


評価も、慰めもない。


沈黙。


だが、その沈黙は重くなかった。


フィアネは湯を一口飲んで、続ける。


「でも、

 昨日よりは、ちゃんと稼げました」


イルビアスは、フィアネを見た。


顔ではなく、

姿勢を。


「……基準があるのは、悪くない」


「はい」


それは、褒め言葉に近かった。


フィアネは、少しだけ胸が温かくなるのを感じて、

すぐに気づかないふりをした。


(喜ぶと、あとで怖い……(´・ω・`))


風が、山を渡る。

木々が鳴る。


イルビアスは、しばらく空を見てから言った。


「……ここに来る人間は、ほとんどいない」


「はい」


「来るとしたら、

 目的があるか、

 行き場がないか、

 その両方だ」


フィアネは、黙って聞いた。


「……お前は、どちらだ」


少しだけ、言葉が柔らかい。


フィアネは、考えた。


目的?

行き場?


どちらも、あるようで、ない。


「……たぶん、行き場がない方です」


正直に言った。


イルビアスは、頷かなかった。

否定もしなかった。


「……そうか」


それだけ。


だが、その一言で、

フィアネは「追い出されない」と理解した。


理由は分からない。

値段もつかない。


でも、理解できた。


フィアネは、ランドセルの紐を指でなぞる。


(……ここ、

 値段つかないもの多いな……)


嫌じゃない。

ただ、慣れていない。


夜が深くなる。

星が増える。


イルビアスは、再び小屋に戻る前に、

一度だけ言った。


「……夜は冷える。

 無理をするな」


それは命令でも、忠告でもない。

ただの事実だった。


「はい」


フィアネは、素直に返した。


扉が閉まる。


フィアネは湯を飲み干し、

空を見上げた。


(……名前、聞かなくてよかった……)


今は、それでいい。


名前がなくても、

距離は、ちゃんとそこにある。


山の麓の夜は、静かだ。

何も起きない。


でも、

何も起きないことが、

少しだけ、特別になり始めていた。



後書き(読者の方へ)


ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


この物語は、

「事件」よりも「距離」を書いています。


第5話までで描いているのは、


* イルビアスが“降りない”理由

* フィアネが“測る”理由

* それでも同じ場所にいる、という事実


名前を聞かないのも、

助けすぎないのも、

全部「踏み込みすぎないため」の選択です。


この先も、

派手な展開はあまりありません。


ですが、

一緒に湯を飲む

コロッケを半分にする

夜を越える


そういう小さな積み重ねで、

関係は、確実に変わっていきます。


次回は、

第6話:フィアネの“買い物”が、少しだけ裏目に出る回

を予定しています。


引き続き、

静かな旅にお付き合いください。



このまま次話も進めます。

気になる点や「ここ好き」だけ、いつでも投げてくださいね 。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ