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67:海の魔獣-2

 艦長室に集まった戦闘幹部達を見回して、イグニスは厳かに言った。


「今すぐ俺が王城に行って、状況を説明し、聖騎士団に救援を頼んでくる。責任は俺が持つ!」

「で、ですが、艦長が今この状況で艦を空けるのは……」

「そうですよ! それに提督が否決した物を、艦長が勝手な行動に出れば、軍律違反となって処罰される可能性があります!!」


 幹部達はイグニスを止めにかかったが、イグニスの意志は固かった。


「そんなことを言っている場合か! 魔獣を見たことすらない海軍で魔獣を相手にできるはずがないだろう! 魔獣が暴れ出したら、海軍だけでなく、沿岸地域にも被害が出るかも知れないんだぞ!」

「ですが!」


「責任は俺が持つ! 俺の首くらいならいくらでも提督に捧げてやるさ! とにかく一刻も早く聖騎士団の救援を仰がねばならないんだ! 提督はアレは魔獣ではないと決めてかかっているから、海軍からの救援要請は出されない。誰かが直接行かなければ、陛下も聖騎士団の元にも話は通らんぞ! 俺がいなくてもお前達がいれば数日は保つだろうから、後のことは任せたぞ!」


「そんな……!」

「でも、確かに艦長の言うとおりだ。海に引き釣り込まれた船が出ているんだ。このままだと大変なことになるぞ」


 それでも、彼らを「軍律違反」の四文字が縛り付けている。


「ならば、俺が行きます!」

 重苦しい場の中で、手を挙げたのはヒューイだった。


「艦長の代わりに、俺が艦長の要請状を届けに行きます! 王都まで馬を走らせるなら、この中で一番体重の軽い俺が一番速く走れます!」

「ヒューイ、お前、馬に乗れるのか?」

「乗れます! 俺の村では馬を育てていましたから!」


 執務室の中では一瞬、ほんの一瞬だけ沈黙が落ちた。どうするのが最適解なのか。この非常時に艦長が不在にするなどあり得ない。提督の名に背いての非常事態の現場を離れるなど、下手をすれば処刑の対象にもなる。

 だが、提督の署名もない書簡を伝言鳥に託したところで、それが信用され、実際に聖騎士団が来てくれる可能性は限りなく低いだろう。


「確かに、誰かが直接行かなければならないかもしれません」

 沈黙を破ったのはテルー補佐官だった。


「ですが、ヒューイでは門前払いされるのがオチでしょう。王宮や聖騎士団に話を通そうと思ったら、一定以上の階級が必要です。貴族でもない一介の従卒では、王城の中に入ることすらでき無い可能性があります。提督の救援要請がない以上、艦長の要請状だけを持ってヒューイが行っても用はなさないでしょう」


 テルーのその言には説得力があった。何だかんだ言っても、実力より爵位が物を言う社会である。副艦長であるデーリッヒが行ったところで、要請状を受け取って貰うことはできても、それが聖騎士団の総長の元に届くのにどれだけの時間がかかるのか。


「だから、俺が行く。曲がりなりにも俺はボルドー伯爵家の三男だから、王城に入って兄の元に行くことはできるだろう。兄は宰相補佐官をやっているから、兄に話をつければすぐに陛下や総長に直訴することも可能だろう」


「しかし艦長、王城まで、馬で三日はかかりますよ!」

 アーレス航海士長が異議を唱えると、イグニスは首を横に振った。


「陸軍の駐屯所で換え馬を借りられるように伝令鳥を飛ばしてくれ。我々には三日も猶予はないのだ。ヒューイ、確かにお前は魔獣と何度も戦っている。体も小さいから馬も早いだろう。寝ずに走って一日で王城に行くぞ。付いてこられるな?」

「一日!? 艦長、さすがに無茶です!!」


 幹部達は反対したが、ヒューイはぐっと頷いた。


「無論です! 艦長、是非お供させてください!」

「よく言った。身支度をさせてやる時間は無い。剣だけ持ってすぐに出立するぞ。馬はオレステル号とリュバーク号を用意してくれ。行くぞ!」

「はい!」


 イグニスの後を小走りについて行きながら、ヒューイは小さく、足下に向かって囁いた。


「俺と艦長を乗せて、王城まで飛べるか?」

 それに対して、どこからか微かな声が返事をする。


『俺はお前以外を乗せるつもりはないぞ。だいたい、二人の人間を乗せて飛んだこともないんだ、そんなに速く飛べるとは思えないな』

「……そうか。そうだよな。分かった」


 ヒューイの足取りがイグニスから少し離れたことを感じ取ったのだろう、イグニスが振り返ってヒューイを見た。


「ヒューイ? どうした?」

「いえ、すいません!」


 イグニスの目に映るのは、ヒューイと、準備のために就いてきている幹部達だけだ。彼らも不思議そうに艦長を見ている。


 おかしい。今、誰かの気配を感じたような気がしたのに。いや、きっと気が昂ぶっているのだろう。イグニスはそう思って軽く頭を振った。


 基地の外には、俊足を誇る二頭の馬、オレステル号とリュバーク号が鞍をつけられて待っていた。


「デーリッヒ、後は任せた! 行くぞ!」

「はい!!」


 イグニスは颯爽とオレステル号にまたがり、ヒューイもそれに続く。


「艦長、お気をつけて!!」

 戦闘幹部達に見送られ、二人はバスパト港の海軍基地を出た。



 ◇◇◇ ◇◇◇

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