65:魔石-5
「だって兄上、こんなすごい物があるなんて御前会議で報告したら、これ、すぐに取り上げられちゃいますよ? 第四艦隊に配備されるの、ずっと先のことになりますよ?」
敵の砲弾を回避できる魔石。こんな物があれば、まず配備されるのはもちろん王城と王都の城壁。次に国境近辺の重要拠点に据えられるだろう。海軍に回ってくるのはずっと後だ。
そして、もし海軍に配備されるとしても、その順番は必ず第一艦隊からだ。たった今、王太子であるエマシアスも言ったではないか。『何故、第四艦隊から?』、と。
第一艦隊の総督は侯爵家の次男だ。第二艦隊も先々代の王弟を祖に持つ伯爵家の次男。
第三艦隊の総督は先代の王女が嫁いだ伯爵家当主の弟だ。第四艦隊の総督であるオグールも伯爵家の次男ではあるが、そこそこの家格のそこそこの家系。だからこそ彼は第四艦隊の総督になれたのであり、また、第四艦隊の総督にしかなれなかったのだ。
この国ではずっと、総督の家格が海軍の序列の価値だと思われている。第一艦隊が最も重要な艦隊であり、新装備はいつだって第一艦隊から。
第一艦隊など、国王の御用艦とその護衛艦隊ではないか! 年に何回出動する!? そんな奴らにこの貴重な魔石を渡せと!?
馬鹿馬鹿しい……!!!
もちろんそれをユアンシェンもエマシアスも覆そうと動いている。それは現国王である父も動いたし、前国王である祖父も動いた。だが、覆ったことは一度も無いのだ。
────元老院が、絶対にそれを認めないから。
国王の独裁を防ぐために設けられた元老院だが、元老院は今や自分達の権利を守ることに執心し、国の事など何も考えていない。だが、元老院を潰そうと思うと、それはクーデター並みの事をしなければ潰せないだろう。元老院にはそれだけの力があり、それだけ基盤が厚いのだ。
「一番禁呪を受ける可能性が高く、ウォースとの闘いに日々尽力している第四艦隊の総督があんな俗物では、守れる物も守り切れません。艦長達は皆実力主義であるのに、総督だけは陛下と元老院の許可が無ければ任命ができないとは。せめて提督の任命くらいはどうにか覆せないのでしょうか」
元帥を第二王子が務めたところで、元帥には実質的な総督の任命権がないのだ。いや、確かに総督の任命は元帥が行う。元帥が行うが、国王はともかく、元老院の許可が下りなければ総督を任命することができないというのなら、任命権がないと言ってるのと同じことだ。
「だから、魔石を秘密裡に……勝手に装備させたというのか。だが、艦長達だって魔石のことは知らないのではないのか?」
この異常事態に、訳が分からず戸惑っているのは艦長達も同じだという。そんなおかしな事があってたまるか。国でも最高峰の魔石を、本人達も知らぬところで使っているなどと……!
「知らせるわけないでしょ? 彼らが知ったら、まずオグールの耳に入る。オグールが知れば、やつは自慢しげに吹聴して回るでしょう。そうして、『自分の艦隊は特別なのだ』と良い気になって、まるで神にでもなったかのように振る舞い、それを面白くない輩達が、必ず魔石を取り上げるでしょう。……馬鹿馬鹿しい」
忌々しげにそう告げるユアンシェンを、だがエマシアスは鋭い目で見つめた。
「……その魔石を人知れず艦に付与するために、誰が動いている?」
誰かが。誰かが動かなければ、その魔石を装備することなどできないはずだ。
「しかも、私が受けた報告によれば、砲弾の異変には偏りがある」
そう、魔石の効果にはばらつきがある。弾道の異常性にブレがあるのだ。例えば敵艦から飛んでくる砲弾を回避する時。ギリギリ回避している艦と、余裕で回避している艦がある。それは敵弾への命中率も同じで、かなりの精度で敵弾にぶち当てている砲弾と、少しぶつかってかろうじて弾道を逸らしている砲弾があるのだ。
そのばらつきの中心にいるのは────
「この魔石が適正に発動するには、条件があるのですよ」
「どんな条件だ」
詰め寄ってくる王太子に対して、ユアンシェンはにっこりと微笑んだ。
「機密事項です。詳細は。ドルネール総長に」
教えてくれるならね?と、目が語っている。
ドルネールは答えないだろう。
────ユグノー・アル・オニールを守るためならば。
「それは、答えているのと同じことだぞ」
「ええ。ならば、聞かなくても良いでしょう?」
ユアンシェンはもう一度微笑んでから、「そうそう」と言葉を繋いだ。
「アスターは北方の山脈を探しているんですって? あそこ、竜の巣があるんじゃなかったですか?」
「っ!」
今の話から見れば、アスターは見当違いの場所を探していることになる。それも、かなり危険な場所を。
「貴様、弟が心配じゃないのか!?」
「大丈夫でしょう? 剣聖テオドールが付き合って下さっているそうですから」
もちろん“副団長”ではあるが、どの部隊にも権限を持っていないアスターが一人で魔獣の出る山岳地帯に出られるわけがない。彼が北の山脈を捜索すると言ったとき、手を挙げてくれたのは飛行部隊を束ねる剣聖・テオドール・デル・ソールズだった。
任務外の事をお願いするのは心苦しいので見捨ててくれて構わないと言ったユアンシェンに、剣聖・テオドールは、人好きのするおおらかな笑顔で胸を叩いた。
『陛下化からも、よくよく頼まれてはおりますが、元より魔獣の討伐を兼ねておりますので、お気になさらず』、と。
「テレンス王国のマデーリア王太女との婚約を早めようと、陛下達は大分躍起になっているようです。この婚約が整えば……剣聖ユグノー・アル・オニールに関しても、少しは進展が見られるのでしょうかね?」
ユアンシェンはそう言って、とても美しい顔で微笑んだ。
それは仲の良い兄弟であると自負しているエマシアスから見れば、どうにも胡散臭い、腹黒さを湛えた顔にしか見えなかった────。
◇◇◇ ◇◇◇




