64:魔石-1
◇◇◇ ◇◇◇
「ユアンシェン、海軍からの報告を聞いた。お前の意見を聞きたい」
海軍元帥である第二王子ユアンシェンの元に、陸軍元帥である王太子、エマスアスが訪ねてきたのは、昼食を終えてこれから執務を始めようという時だった。訪問の予告もなしに現れた兄は、普段はそんな無作法をする男ではない。余程のことかとユアンシェンはその場にいた幕僚達を全て退室させた。
「それで兄上、どうしたのですか?」
そんな無作法にも関わらず、のんきな顔で立ち上がるユアンシェンに、エマシアスはピンときた。
この弟は、いつも穏やかな顔をしているが……いわゆる腹黒である。第三王子であるアスターに対しても、長兄の自分は口やかましく説教しているとき、ただ脇で見ているだけのようなユアンシェンがちょっとでも口を開くと、結構なことを言いやがる。そういう男だ。
「お前、知ってたな?」
「何をです?」
エマシアスは思わず手にしていた報告書をユアンシェンの執務机に叩きつけた。
「海軍で異変が起きているだろう?」
「海軍に?」
にっこり笑顔のユアンシェンに、エマシアスは思わず声を荒げた。
「砲弾だ!」
オグール提督率いる第四艦隊所属の艦の中で、異変が起きている、という報告は、陸軍元帥であるエマシアスにも報告が上がっている。
曰く、第四艦隊の艦の砲弾がおかしい。あり得ない軌道で飛び、敵艦の砲弾を打ち落としていく。
曰く、敵艦からの砲弾もおかしい。あり得ない軌道で飛び、第四艦隊の艦には決して着弾しない。
────まるで、何者かの力で守られているかのように────。
「もちろん、お前は知っているな?」
「兄上、知ってますか?」
「何をだ!?」
ユアンシェンは懐から小さな石を取り出した。それは本当に小さな石で……だが、そこには何かが刻まれていた。
「魔石か……?」
魔法を使えない者でも魔法の恩恵を受けるために開発された魔方陣は、魔石に付与さる。この魔石には魔力が込められていて、魔力の無い人間でも、これさえあれば魔法を使えるかのような効果が得られるのだ。
「艦って、ちょっとした事で沈むんです。砲弾を浴びて穴が開けば、簡単に沈むんですよ」
「それは……当たり前だろう?」
「当たり前? 当たり前で済ませますか?」
「それは……」
陸軍でももちろん、危険な地形に出向くことはたくさんあるし、魔獣に襲われることもある。だが、魔獣がいなくても。相手が魔法騎士でなくても。海軍はいつでも「海の上」という危険な場所にいて、敵と戦っている以上、いつ沈んでもおかしくはないのだ。
「その魔方陣は?」
「聖騎士団に頼んで作っていただきました。あそこには、魔方陣に詳しい人が山ほどいますから」
魔法局でももちろん魔方陣の研究は進められている。だが、軍事力として行使できる魔法の研究において、聖騎士団に勝る場所はないだろう。
プリモナール王国海軍の艦には、全て行き渡るように現在調整中だというユアンシェンに、エマシアスは鋭い目を向けた。
「……何故、第四艦隊から?」
順番に渡していくのなら、第一艦隊から渡していけば良い。いや、こいつのことだから、既に第一艦隊から渡しているなどとほざくかもしれない。だが。
「今報告が上がっている限り、こんなおかしなことが起こっているのは第四艦隊だけだ。何故第四艦隊から装備させた?」
「第四艦隊は常にウォースと対峙しています。先日の御前会議でドルネール総長がおっしゃったではありませんか。ウォースがそろそろ次の禁呪を行う頃合いだ、と。この魔石は、そのための布陣です。第四艦隊から配備するのは当然では?」
「だが、第四艦隊のオグール総督は、その魔石について何も知らないようだがな? そんなすごい魔石があるのなら、もったいつけてオグール総督に渡してやるだろうに、何故総督が知らない? いや、陛下や私だってこんな魔石があるなんて知らなかった。少なくとも、陛下には報告するべきだろう!?」
自分を睨み付けてくるエマシアスの顔を、ユアンシェンは困った子供を見るような目で見つめ、それから薄く笑った。




