62:ダリル-2
「でもあいつはガキのくせに体使ってのし上がろうなんて、根性のくそ曲がったガキ何だぞ! だいたい艦長も艦長だよ。あんなガキ相手にさぁ。変態かよ!」
ダリルの強い口調に、男達は逆に嘲るような表情を浮かべた。
「は? なに? ダリル、艦長のオンナになりたかったの?」
「な!?」
俺が、艦長のオンナに!? 見当違いにもほどがあるだろう!?
ダリルが口元を震わせると、男達は余計に面白がって囃し立てる。
「ああ、自分が選ばれなかったから怒ってるんだ?」
「艦長がヒューイを好きになったのは、ヒューイが真面目で訓練も欠かさないからじゃないのか? お前みたいに、人を羨んでるばっかりで努力しないような奴が、艦長に選ばれる訳ないだろ?」
「っていうか、今のは艦長を侮辱したよな?」
「え?」
その声は他の声に対して、少しだけ冷ややかだった。見れば、かなり年季の入った水兵だった。下っ端だけで話をしているつもりだったのに、いつの間にベテランが混じっていたのか。
「ああ、今こいつ、艦長を変態だとか言ったよな? 自分の従卒に手を出した変態だって」
「言ったな」
ベテラン水兵はいつの間にか増えていた。ギラリと光る目。長年艦の上で働いてきた海の男である彼らは、腕の太さもダリルより一回りも大きかった。
「ま、待ってください! そういう意味で言ったんじゃない!」
「艦長は今まで一度も俺達水兵にきつく当たったこともないし、移船戦となったら自ら甲板で剣を振るうような、滅多にない立派な艦長だ」
「他の艦長達みたいに、艦橋で縮こまってる腰抜けとは違うんだよ」
「この艦の艦長がボルドー艦長だからこそ、俺達水兵はまともな兵として扱われてるんだ」
新兵達ならまだしも、この艦の乗組員は皆、イグニスを尊敬しているのだ。それは艦長の行動に裏付けされている。心から尊敬できる艦長の下で働けること、戦えることに、彼らは満足していた。
そんな艦長が恋人を作ったくらいでなんだというのだ。自分の従卒に手を出した? いつも一緒にそばにいて、こんなに長い間根を上げずにけなげに頑張っているヒューイにほだされたとしても、何もおかしくはないだろう。艦長の心を慰める存在ができて、ありがたいくらいではないか。
それを、この男はさっきから何を言っていやがるのか。
おとなしく話を聞いていたセオが、ベテラン達の前に進み出た。
「あの、ダリルは艦長に不満があるんじゃないんだと思います」
セオのその台詞は大いにダリルの気を良くした。いいや、当たり前だ。俺の手下が俺を庇うのは、当然ではないか。
だが。
「ダリルは艦長に不満があるんじゃなくて、多分、相手がヒューイなのが不満なんです」
「は?」
何を言ってやがるんだ、こいつは。相手がヒューイであることが不満?
「だってそうだろ? 相手がヒューイがじゃなきゃこん何イライラしなかったんじゃないのかな。だってダリル、ヒューイのことずっと意識してるじゃん」
その台詞は、男達を大いに喜ばせた。
「はっはぁ! なんだよ、ダリル! 可愛い可愛いヒューイを艦長に取られてむかついてるって訳か!」
「そんな訳ねぇだろ! 誰があんなチビ!」
「じゃあもうヒューイを気にするの、止めたら良いんじゃないのか?」
「黙れ、セオの分際で……!!」
ダリルが手を上げた。セオなんて一発殴ればおとなしくなるだろう。そう思ったのに、殴ろうとした瞬間バチバチッと激しい静電気が走って、思わずダリルは腕を押さえた。
「な、お前、今何した!?」
「……静電気だろ。なんだよダリル、やるなら来いよ!」
今迄の弱くて自信のないセオじゃない。今までずっと、ヒューイの元で夜中に魔法を使う訓練をし、剣術も磨いてきたのだ。こんな、何もしてないような男には負けるセオではないことに、ダリルは気づいていなかった。
「貴様ぁ……!」
ダリルは今度こそ殴り飛ばそうとして……その腕はセオの腕に弾き飛ばされた。また、静電気。くそ、なんだことの静電気は! 甲板だぞ! そんなに静電気が出るもんじゃないだろうが……!!
周りの男達は楽しそうに囃し立てている。端から見ると、ダリルはセオの力に押し負かされ、怯んでいるようにも見えた。
「何だよ、あいつ、ホント口ほどでもないのな」
「残念な奴だな!」
そんな声が耳に入り、ダリルはますます熱くなった。
だが。
「おい、伍長が来たぞ!」
「やばい、ずらかれ!」
男達が蜘蛛の子を散らすように逃げていくと、ダリルも「ちっ!」と舌打ちしてその場から離れた。
内心ではこれ以上醜態をさらさずに済んだと、ほんの少し思ってしまい、それが余計にダリルの胸に澱を落とした。
クソ、クソ、クソ!
それもこれもみんな、ヒューイが悪いんじゃねぇかよ!!
ヒューイが! ヒューイが……!!
ダリルは胸のムカつきを抑えきれなかった。
もうこの思いは、ヒューイにぶつけなければ、どうしようもならなかった。
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