53:休日の市場にてー3
そうして曲がり角まで来ると、セオは言われたとおりその場を離れた。
「お、俺、あっちで見たい物あるから、ちょっと行ってくる……!」
その台詞はかなりぎこちなかったし、その場からの離れ方も大分わざとらしかったけれど。
「うん、じゃあ俺あっちの通り見てるから!」
そう言ってヒューイは市場に背を向けて、狭い路地に向かって行った。ほんの少しだけ、歩調が速い。ヒューイも焦っているのか。そう思うと、セオの背中がすっと冷たくなった。
後ろを気にしながら、急ぎ足で衛兵を探そうとするが、こういうときに限って見当たらない。
尾けられてるって。尾けられてるって言ってた。誰が? 何のために? まさか。
「まさか、デッセルの手下が……?」
それ以外思いつかなかった。そうして、それに思いついたら、絶対にそれだと思った。
早く。早く衛兵を見つけなければ。気がつくとセオはかなりの速度で走っていた。
いたっ! 衛兵の紺色の上着を見つけるなり、セオは転びそうになりながら彼らの元に一直線に向かった。
「海賊です! 海賊が出ました! 友達が海賊に襲われて……!」
衛兵に向かって走りながらそう言えば、衛兵達は最初怪訝な顔をする。
「は? 海賊? 陸の上で?」
そう言われるのも仕方が無いだろう。だが、ここで諦めるわけにはいかない。セオがあんまり必死に助けを求めるから、衛兵達は腑に落ちない顔をして、そっと肩を竦めて見せた。
「まぁ、市場で暴れてる奴がいるなら、取り締まらないとだしなぁ」
そう言って、一応数人がセオについてきてくれることにしたようだ。いかにもやる気の無いだらだらとした足並み。どうせ臆病な田舎者が、鼠を虎と間違えているのだろう。そう思っているのが丸わかりの歩き方だった。
だがさっきヒューイと別れた曲がり角まで来ると、腹に響くような怒鳴り声と共に刀の打ち合う音がして、衛兵達ははっとして顔を見合わせ、急に走り出した。
「まさか、本当に海賊が!?」
「そんな訳あるかよ! だがこいつの友達が襲われてるのは確かなんじゃないのか!?」
「おい、大丈夫か!?」
そうして路地の奥まで来るとそこには。
「ヒューイ!」
「セオ!」
屈強な男達五人を相手に剣を持って一歩も引かないヒューイがいた。
男達も抜き身の曲刀を持っている。ウォースの海賊が得物とする刀だ。
「貴様ら! ここで何をしている!」
衛兵達の姿を見ると、男達は「ちっ!」と舌打ちして、口々に「ずらかるぞ!」と叫んだ。だがそれでもせめて一太刀と言わんばかりに、数人の男がヒューイに刀を振り上げる。斬られる……!そう思った瞬間、ヒューイは低い姿勢で彼らの足下をかいくぐり、男達の足を切りつけていった。浅い傷しか与えられないが、それでも相手の動きを鈍くすることのできるその戦い方は、あの時、デッセル海賊団と戦った時と同じやり方だ。
「くそ! ちょこまかと逃げやがって!」
「おい、いい加減にしてずらかるぞ!」
「だがまだあのガキを……!」
「良いから、行くぞ!」
男達は懐から小さな丸い何かを取り出すと、それを衛兵達に向かって投げつけた。
「なっ!?」
それは足下で小さな爆発を起こし、辺りに炎のついた油をまき散らした。
「なんだ!? 爆発の魔道具か!?」
「おい、火を消せ…!!」
「逃げたぞ! あいつらを追え!!」
爆発音は思ったよりも大きく、騒ぎを聞きつけて市場からも数人の男達が駆けつけてきた。さっきまで、とてものどかな市場だったのに。
辺りは一気に騒然とした。慌てて火を消そうとする者、男達を追おうとする者、火に気がついて叫び声を上げる女性の声も聞こえる。おかげでヒューイを襲った男達はまんまと人混みに紛れて逃げおおせたようだった。
「ヒューイ! 大丈夫か!?」
「俺は大丈夫だけど、早く火を消さなくちゃ!」
周りの大人達に混じって、ヒューイ達は消火活動に参加した。消火活動は水平なら体に叩き込まれている。年若い彼らの支持のおかげもあって、火はすぐに消し止められ、辺りへの延焼は免れた。音や煙の割に、炎はあまり大きくならなかったのが幸いした。最初から、逃走用の目くらましとしての魔道具だったのだろう。
その後、ヒューイとセオは衛兵の詰め所に連れて行かれ、事情を聞かれた。彼らが海軍の所属だと聞くと、すぐに基地に連絡が行き、デーリッヒ副艦長が彼らを引き取りに来てくれた。海軍の士官服を身につけた、厳つい禿げ頭(褒め言葉!)である。市場の衛兵達はその、恐ろしいような風貌に一瞬尻込みしたようだった。




