51:休日の市場にてー1
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一度艦が軍港に戻ると、次の出港までおよそ一ヶ月。その間ももちろん陸での業務はあるのだが、海の上より非番が多くもらえるのがありがたい。
いや、海上でも非番はあるのだ。ただ、同じ艦の上で働いている同僚を尻目に、一人だけ非番を楽しむのが難しい、というだけで。ヒューイやセオは、例のごとくダリルに色々命じられて、艦ではほぼ休日などなかった。
だが、今は楽しい陸上勤務。ヒューイはセオに誘われて、軍港から少し離れた所にある町まで買い物に来ていた。
セオは水兵、ヒューイは艦長付従卒と部署は違うが、セオがオンゾ水平長に「ヒューイと買い物に行きたいので、ヒューイの非番の日に自分にも休みを下さい」とお願いしてみたら、快く要望を叶えてくれた。
「セオも真面目に頑張ってるからな。ヒューイは一人にしとくと勝手に仕事見つけてちっとも休みゃしねぇからちょうど良い。二人でゆっくり羽を伸ばしてくるんだぞ」
そう言って、水平長はセオの非番をヒューイのそれに合わせてくれたのだ。
「二人で出かけるのなんて初めてだな!」
「うん。今日は町で何する?」
セオはこの日を待ちわびていたと言わんばかりに、嬉しそうに待ち合わせ場所である寮の門でヒューイを出迎えた。
もちろん、ヒューイだって今日が楽しみでしょうがなかった。そもそも、ヒューイはお使い以外で町に出たことが無いのだ。友達と一緒に初めての町ブラ。楽しみすぎる。
「俺、姉ちゃんが二人と妹が三人もいるんだ。で、下の姉ちゃんが今度結婚するからそのお祝いと、上の姉ちゃんの子供達と、妹達にもお土産を買おうかと思って」
「すごい! 姉妹が多くて羨ましいなぁ」
ヒューイには年の離れた妹が一人いた。だが例の魔獣の襲撃で、家族は皆亡くなったと言っていた。だからヒューイが家族について自分から話すことはないし、セオも敢えて聞こうとは思わなかった。
「ヒューイは海辺に住んだことないって言ってたから、あんまこっちの市場も見たことないだろ? どんな物があるか、一緒に見て回らないか?」
だからセオがさりげなく話をそらすと、ヒューイも「良いね!」と明るい声でそれに乗った。
山の小さな村に住んでいたヒューイは、市場に来た経験自体がなかった。山ではほぼ自給自足で、隊商の人がたまにやってきては必要物資を売ってくれるが、子供が買いたいような物はほぼなくて。だからお小遣いという概念もなければ買い食いという概念もなかった。せいぜい余った物を村の人と交換するくらいしかしたことがないのだ。
今日は貰った給料を、ちゃんと下ろして持ってきた。普段は食事も賄いが出るし、必要な品もほとんど支給されるしで、給料の使い道もない。セオのように仕送りする家族もいないヒューイは、貰った給料のほとんどを財務部の出納係に預けていた。彼らは利子こそつけないが、きちんと帳面を作って、銀行のようにお金を預かってくれるのだ。
「俺、あんまり買い物ってしたことないんだよ。セオ、色々教えてくれる?」
「もちろんだよ! 何か買いたい物とかある?」
「う~ん、ビスケットとか作りたいから、材料欲しいかも」
ヒューイの返事に、セオはびっくりして目を丸くした。ビスケット? それって、お菓子のビスケット?
「え? そんなの作れるの?」
「うん。こないだ艦長に聞いたら、材料を自分で用意するなら、空いてる時間に調理場使って良いって言ってくれて。セオも食べる?」
「良いのか? でも、ヒューイそういうの作れるんだな!」
この国では男同士でも結婚が可能だから、もちろん料理を作る男も大勢いる。だが、ほとんどの場合は結婚してからやむにやまれず料理を覚えるだけで、若いうちから自主的に料理をしようという者は少なかった。ましてや、お菓子なんて!
「山の方では子供の頃から料理とか覚える物なの?」
「どうなんだろう。うちの方は田舎過ぎて、同性同士で結婚する人って少なかったから、あんまり男子は料理覚えなかったかも」
都会だったり貴族だったら跡取り問題を避けるために第二子以降が同性婚をすることもも多いが、田舎の庶民はそうではない。跡取り問題など関係ないし、子供は労働力として多ければ多いだけ良いから、やはり同性同士の結婚は少ないのだ。そうした異性婚の多い地域では、男は狩猟や畑作り、女は家事や機織りという性別による役割分担はまだ色濃く残っていた。
「え? じゃあなんで? ひょっとして、将来料理人になろうとか考えてた?」
「そういうんじゃないけどさ。うち、長いこと子供って俺しかいなかったから、家の仕事は何でも手伝わされてたんだ。うちは父さんも料理とか洗濯とかしてたよ?」
「えぇ~? なんか、先進的だな! 都会の同性婚家庭みたいだ!」
初めてヒューイの具体的な家族の話を聞いて、セオは少し嬉しくなった。だがまさか正直にそう言うわけにもいかないので、少しだけ話をずらして、それでも嬉しそうな、興奮した声を出す。
「そういうのとは違うと思うけど、まぁ、とりあえず俺は料理嫌いじゃないし。俺の住んでた方では昼ご飯の代わりにビスケット食べるんだ。あ、お菓子の薄くて堅いビスケじゃなくて、種なしパンみたいな奴だけどね。木の実とか入れて作るんだけど、賄いでビスケット出たことないから、無いんなら自分で作ろうかなって」
「木の実の入ってるパン!? 海の方じゃあんまり木の実とか食べないけど、山の方はやっぱ木の実とか多いの!?」
住む所でそんなに食べるものが変わるのかと驚く。ヒューイはいつも何も言わずに食事を取っているが、ひょっとしたら最初のうちは、食事のたびに驚いていたのかもしれない。そう思うと、なんだかセオの胸がほっこりした。




