49:鬱陶しい
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三日間。
たかが三日間。
されど三日間。
イグニスはその三日間を気もそぞろで過ごしていた。
「艦長、落ち着いて下さいよ」
いつも一緒に飯を食っている戦闘幹部達にそうからかわれても、気持ちが落ち着かないのは仕方がない。
ヒューイの不在。
それがこんなにも、イグニスの気持ちをさざめかすのか。
約束の三日目には、朝からソワソワと落ち着きがなくなり、「……三日後と言っていたが、いつ頃帰ってくるんだ?」という台詞を何回言っただろうか。
昼が過ぎると「遅くないか?」と言いだし、10分ごとに「本当に今日帰ってくるんだろうな」と呟く。
鬱陶しい。うちの艦長、マジで鬱陶しい。
そうしてそろそろ日が翳ってくる頃、「ただいま戻りました!」と明るい声が艦長室に響くと、一同はほっとした顔をした。
そう。“一同”が。
いくら陸の上とは言え、用もないのにゾロゾロと、戦闘幹部……いや、ヒューイにとっては“いつもの方達”は艦長室に集まっていた。用もないのに。用もないでかい図体が艦長室でうろうろしている姿は、イグニスからしても幹部達からしてもお互いに鬱陶しい物だが、ヒューイには違和感もないようで、のびのびと帰参の挨拶を述べている。
「三日もお休みをいただいてありがとうございました。これからまたよろしくお願いします」
「あ、ああ。ご苦労だったな。どこまで行ってきたんだ?」
ヒューイが帰ってきたことにほっとした顔を晒したのは一瞬で、さすがにイグニスは艦長らしく顔を改めて、三日間の行動についての報告を促した。
「えっと、ここから東の山の上の方です。少し時間がかかりましたが、一応みんな納得してくれました」
「そうか。だが、本当に大丈夫だったのか? 魔獣が出たりはしなかったか?」
「まぁ、それなりには出ましたが、山ではいつものことなので」
ヒューイが少し困ったように笑うと、幹部達は「大変だったなぁ」と口々にねぎらってくれる。
「ヒューイはあのテッドとかいう護衛団長とは付き合いは長いのか?」
「そうですね。彼らは俺達の村に来てくれる行商人の護衛もしてるので、子供の頃からの付き合いです。うちの村に来ると、山の魔獣を間引きしてくれたり、戦闘の訓練もつけてくれたりするんで本当にありがたくはあるんですが……、ちょっと剣が使えるようになるとすぐに護衛団に引き抜こうとするんで、少し鬱陶しいんです」
「ほう」
ヒューイは本当にいやそうに眉をしかめるから、その仕草に思わずほっとしてしまう。村が襲われた時、ヒューイはテッドの護衛団には入らず、山を下りて海軍に入った。それはテッド達のやり方に、多少なりと反感を持っていたからだろう。そう思うと、少しだけ鬱陶しい連中に感謝した。
「でもさ、どうせなら山の中じゃなくて、街に出たいとか思わなかったのか? 護衛団に入れば魔獣の出る山から出られるわけだし、魔獣が出なくたって、若い奴らなら山の中ななんて窮屈だろ? 何がそんなに鬱陶しかったんだよ?」
オンゾ水兵長が不思議そうにそう聞けば、ヒューイはとんでもない!と首をぶんぶん横に振った。
「だって、村は自分たちで守らないといけないんですよ? 魔獣と戦うのに、人数はどうしたって必要です。だから歩けるようになると剣の訓練を始めるっていうのに、やっと一人前に剣が使えるようになったら、うちの護衛団に来ないかって言われても……そんなことしたら誰が村を守るんですか」
どうやらヒューイはオンゾの考えるような、「可愛い女の子もいて刺激もいっぱいな街での暮らし」に憧れはなかったようだ。そんな余裕もなかったのだろう。飛赤猴は女を犯し子供を喰らうと言っていた。村の女子供を守るために、彼らは幼い頃から必死だったのだ。
「や、もちろん剣を教えてくれるのは本当にありがたいです。村の連中だけで教えるのには限度がありますから。護衛団なんてやってるくらいだからやっぱりテッド達は強いし、教え方にも遠慮がなくて、本当に良い先生ではあるんですけど……。でも結局彼らにとって、山間の村は新人発掘の場なんでしょうね。うちの村のことじゃなくて、常に考えてるのは自分達の護衛団にいかに使える新人を引っ張ってくるか、なんですよ。ほんと、あの勧誘は煩わしくて鬱陶しかったです」
鼻の頭に皺を寄せるヒューイは、その当時のことを思い出しでもしたのだろう。
それなら、またあの男がやってきても、ヒューイが彼について行ってしまうかも、などと言う心配をする必要な本当にないのだろう。
イグニスは小さく安堵して、それからまた顔を繕った。
「そうか。ちゃんと先方を説得してきたのなら良かった。今日は一日ゆっくり休んで、明日から仕事に戻るように」
「はい。ありがとうございます」
ヒューイはそう言って深く頭を下げると、くすぐったそうな笑顔を見せた。
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