47:軍港-2
「どういうことだ? 何を知っている?」
「は、はい。あの、ヒューイですが、艦長の所から帰ってきた後、毎晩のように兵舎を抜け出して、どこかに消えているんです。何度か注意しようとしたのですが、気がつくと姿が見えなくなっていて……俺の監督不行き届で申し訳ないです」
艦長付の従卒に対して、一兵卒でしかない水兵が監督不行き届とは、一体何様のつもりか。出かかった言葉を、イグニスはグッと飲み込んだ。
「それでその……、あいつ、本当に帰って来るでしょうのか」
「三日で帰ってくるという話だが?」
「い、いえ、あの。あいつのことだから、口約束だけでここを出て行ったら、もう帰ってこないかもしれません」
「貴様…っ!」
ダリルに対して怒りの声を上げたのは、イグニスではなくデーリッヒだった。憶測だけで階級が上の者───そう、艦長付の従卒であるヒューイの階級は、水兵よりも高い。そのヒューイを侮辱し、裏付けもないことをさも事実のように密告しているのだ。本来なら軍法会議モノである。
デーリッヒの腕がダリルの胸倉を掴みかけたとき、森の中から大きな鳥が二羽飛び立つのが見えた。大きな鳥だ。思わず、目を奪われるほど。
「あの鳥…っ!」
ダリルが驚いたようにその鳥を見る。その様子に、デーリッヒの手が思わず止まった。
「……なんだ?」
「いえ、ヒューイがいなくなって、何度か俺、後をつけたんです。でもあいつが森に入ると、必ず毎回見失ってしまって。そうしたら、その後ああいうでかい鳥が飛んでいくんです。艦長、ヒューイは魔獣の仲間なんじゃありませんか?」
「魔獣の仲間?」
それは全く思いもかけない言葉だった。人間であるヒューイが、魔獣の仲間であるなどと。ましてやヒューイは、その魔獣に家族を殺されているのだ。
だが、ダリルはそれを信じているようだった。さすがにこんな内容で彼を陥れようとしても、ダリルの正気を疑われるだけだ。それでも、ダリルは本気で焦ったようにその鳥を目で追っていた。
「艦長、ヒューイは、魔獣が人間に化けてるんじゃないんですか? だってあいつ、16のガキにしちゃ、強すぎます」
その台詞には、思わず侮蔑の目を向けてしまった。
こいつ、言うに事欠いて、自分よりもヒューイの方が強いから、彼を魔獣扱いしているのか。自分が弱いのだという自覚もなく、ヒューイがどれだけの鍛練を積んでいるか想像もしないで、彼の方が強いのは魔獣だからと言うなどと。
「……バカバカしい。人間に化ける魔獣がいるなど、聞いた事もない」
その場にいた誰もが、ダリルの台詞を聞いて軽蔑しきった目を向けた。
ヒューイが一〇〇〇本の素振りを朝晩欠かさないことも、デッセルの腕を斬り落としたことも、この場にいる者ならば誰でも知っている。それを、魔獣だからなどと。
だが、ダリルは周りの者達の冷たい視線など全く気にしていないように、艦長であるイグニスに喰ってかかった。その太い神経だけは、大したものだと言って良いのかもしれないが。
「でも艦長、俺達は魔獣の事は何も知りません。だからひょっとしたら、人間に化ける魔獣がいても分からないじゃないですか。そうじゃなきゃ、あいつがあんな……おかしいですよ!」
「黙れ!」
今度こそダリルはデーリッヒに胸倉を掴まれ、叩きつけるようにして傍にいた衛兵に押しつけられた。
「この妄想癖のある怠け者を、この俺が出航までに鍛え直してやろう! 魔獣になるほど剣を振るわせてやるぞ!!」
「ひっ!」
デーリッヒの剣幕に、ダリルは腰を抜かしそうになった。
ヒューイを貶めることで、自分がどのように見られるかなど、想像もしていなかったのだろう。愚かすぎるにも程がある。
イグニスはこの愚か者を見るのも目の穢れと言わんばかりに視線を外した。
そうしてその目の端に、例の鳥が小さくなっていくのが映る。
『でもあいつが森に入ると、必ず毎回見失ってしまって。そうしたら、その後ああいうでかい鳥が飛んでいくんです』
まさか、そんな。
イグニスはバカバカしいと頭を振った。
ヒューイが戻ってくるまで三日間。待つほどのものでもない時間だ。
イグニスは愚かな男と不愉快な男を切り捨てるように、その場を後にした。
◇◇◇ ◇◇◇
2026/04/05:タイトルの連番が間違っていたので直しました(>ω<;)




