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46 :軍港-1

  ◇◇◇ ◇◇◇




 ヒューイがテッドと共にその場を去って行くのを、イグニスと副艦長であるデーリッヒはただ見送っていた。一応荷物を取りに行くようにと言ったが、テッドは「なぁに、たかが三日じゃないですか。必要な物はこっちで揃えてありますよ」などと笑って、さっさと軍港を後にした。


 馬でも繋いであるらしく、森に向かって消えていく二人を見送って、イグニスは今更ながらに腹が立ってきた。なんという乱暴な男だろう。

 だが、それでも後々のことを考えれば、こうして送り出すよりなかったのだと、イグニスは何とか自分を納得させた。


 二人が人混みに紛れて完全に見えなくなると、デーリッヒがぽつりと「無事に帰ってくりゃ良いんだが……」と呟いた。その言葉にギョッとして、思わずイグニスはデーリッヒを勢いよく見返し、その自分の慌てぶりに余計に慌てて、なんとか平静を装い、艦長らしい見えるようにと腐心した。


「な、何を心配しているんだ。ヒューイなら三日で帰ってくるだろう?」

「しかし、魔獣が山ほど出るのでしょう? ……山の事は我々にはよく分かりゃしませんが、あんな小さなガキが魔獣と戦うなんて……本当に無事に帰ってきてくれりゃあ良いんですが……」


 魔獣? ああ、そうだ。魔獣だ。

 先ほどの台詞を聞いた時、デーリッヒが心配しているのはヒューイがテッドの護衛団から戻ってこないことだと、イグニスはとっさにそう考えた。だがデーリッヒの心配がそこではないと知り、────ヒューイが戻ってこないのではと考えていたのは自分だと気づいて愕然とする。


 心のどこかでイグニスは思ってしまったのだ。親子のような、年の離れた兄弟のような、屈託のない二人の様子を見ていたら、ヒューイは海軍よりも山で魔獣と戦う方を選ぶのではないか、と。その不安がどこから来るのかなんて、自分でも何となく気づいている。


 自分は、ヒューイから選ばれないのだという、漠然とした不安を感じているのだ。……バカな。選ぶとか選ばれないとか、自分達はそういう関係ではないだろう……? 艦長と従卒。年だってこんなに離れている。だが、とっさにそう考えたのは間違いではなかった。


 ……自分は何を考えているのか。今考えるべきは、そういう個人的なことではないだろう……? イグニスは自分の考えを振り切るように、そっと頭を横に振った。


「魔獣か……。そうだな。剣聖が一人いなくなっただなんて……山に住んでいる者には死活問題だろう」


 押し出すようにイグニスがそう言えば、デーリッヒはイグニスの考えなど全く気づいていないようで、二人の消えていった昼なお暗い森を見ながら、更に顔をしかめていた。


「しかし、剣聖が騎士団を正式に退団したとなると……それを認められた理由が何かあるんでしょうかね」

「陸軍の事は俺には分からんよ」


 剣聖ともなれば、退団には国王の許可が必要だろう。つまり、国王が認めるだけの何かがあったといことか。

 いや、退団した、出奔したなどはただの噂で、実際には何かの任務に就いているのではないか。……もしそうだとするなら、それだけの偽装をしなければならない任務があるということだ。山の魔獣を捨て置いてまで成さねばならぬ任務……イグニスはブルリと背中を震わせた。


 剣聖のことだ、それはきっと魔獣が絡んでくるに違いない。魔獣……。その脅威を自分が間近で見たことがないだけに、なおさらそれは恐ろしく感じた。


「探ってみましょうか」


 デーリッヒがそう言えば、イグニスは即座にそれに応じた。


「ああ、頼んだぞ」


 それでなくてもこちらはウォースの事で手一杯だというのに。一体今、何が起こっているというのだ。海軍には何の情報も与えられていないのが余計に腹立たしい。しかもそのせいで、まさかヒューイにまでその影響が回ってくるとは。

 自分たちの周りにも津々と湧き出るように何かが這い寄ってくる気がして、イグニスは尚更眉間に皺を寄せた。


 そうして二人が森を睨んでいると、後ろからおずおずと声がかけられた。


「あ、あの、艦長」


 背ばかり高く胸の薄い、狡猾そうな男。ああ、ダリルとか言ったか。実力もないくせに、ヒューイを自分の良いように扱う、チンピラのような男。それがダリルに対する評価だった。イグニスの眉間に寄った皺が、ますます深く刻まれる。


「あの、艦長。今のやりとり上で見てたんですけど……ヒューイがおかしいことを、艦長はご存知ですか?」

「おかしい?」


 またこいつは適当なことを言ってヒューイを貶めようというのか。一瞬そう思いかけたが、ダリルの顔がいつになく真面目だったので、イグニスも少しだけ話を聞くことにした。



2026.03.29:タイトルにナンバリング忘れてたので追記しました (-ω-;)

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