第22話 御披露目会3
「殿下! 何のつもりですか!?」
聖剣の先から血を滴らせるコンラートに、グレゴールは蒼白になって叫ぶが、コンラートは振り向きさえしない。
「殿、下……何故――?」
ジュリアの口からうわごとのように言葉が漏れる。床に膝を突き、顔色を失って、左目を覆う指の間からはボタボタと血が滴り落ち、床に血だまりを作っていく。
「貴様が気に入らないからだ」
吐き捨てるようにコンラートは答える。
「貴様のそのその赤毛も、ブリタニアから厄介払い同然にこちらへ送り込まれたのも、とにかく全部が気に入らん! 何より不快なのは、そんな奴が私の婚約者として押し付けられた事だ! 死ね! 死んでこの世から消えて無くなれ! そして私は聖女であるエリーザを妃にするのだ!」
続けてコンラートから発せられる罵倒の数々に、周囲は言葉を失い、困惑の色を隠せないでいた。
「殿下、公の場でそのような行為、乱心されましたか!? 王太子の座にある方が私怨で人を、まして婚約者を斬るなど、正気とは思えません!」
宰相が進み出て意見するが、
「黙れ! 先に貴様が死にたいか!」
コンラートは宰相に聖剣の先を向ける。
「殿下! これ以上はいけません!!」
ハインリヒ達がコンラートの腕に組み付いて止めに掛かる。
「離せ!」
だが、コンラートが両腕を一振りすると、あっさりとハインリヒ達は振り解かれる。
「おい、殿下に俺達を一遍に振り解ける腕力なんてあったか!?」
床に倒されたハインリヒが仲間に尋ねる。
「禁薬の作用で、一時的に身体能力が上がっているのかも知れません。何分長く使われていなかったもので詳しい情報が……」
周囲に聞こえないよう声を絞ってパウルが答える。
「とにかく早く殿下を止めないと、殿下だけじゃなく俺達の立場まで危なくなるぞ!」
「ですが、どうやって?」
「それを考えるのが、お前の役目だろうが、ヨーナス!」
「そんな急に言われても――」
そうハインリヒ達が手をこまねいている間にも、公爵家の使用人や他の貴族達がコンラートを止めようとするが、相手は王子であるため傷を付けるわけにはいかず、加えて剣を持っている上に禁薬による強化もあって、周りを囲んで説得を試みるのが精一杯のようだった。それでもコンラートの注意を引いている間にジュリアを治療のため移動させようとするが、
「貴様ら、その女をどこへやる!?」
目ざとく見つけたコンラートが、前にいる者達を躊躇なく斬り捨てて進む。
「死ねぇぇっ!!」
ジュリアの目前まで迫ったコンラートが、聖剣を振り上げる。
このまま聖剣が振り下ろされ、ジュリアの命が絶たれると、皆が思ったその時――
「グフッ!?」
突然横合いから何かがぶつかり、コンラートは体勢を崩して床に膝を突く。
「誰だ!?」
素早く向き直ったその先には、黒い服を纏った少年――ヴィルマーが、頭をさすりながら立っていた。
「殺させない。彼女は――ここで死んではいけない人なんだ!」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
公女が左目を斬られて血を流している所を見て、僕は今更ながら思い出した。
僕がよく知っているのとは髪型が違うし、周囲からの呼び名も微妙に違っていたからなんて言い訳は通じない。
それにしても、いくら髪の色が気に入らなくて婚約破棄したいからって、斬りつける事はないんじゃない?
と言うかそれ以前に、婚約破棄したい理由が髪の色って、それだからゲーム内やネット上でバカ王子なんて言われるんだよ。
――おっと、周りの人達が王子を取り押さえようとしているけど、すぐに振り解かれるし、王子が剣を振り回すものだからうかつに近づけないみたい。
それでも王子の注意を引いている間に公女を移動させようとするけど、そこを王子が見つけて、今度こそと剣を振り上げる。
――そうはさせない!
僕は王子に向かって突っ込み、頭突きを食らわせる。この位、毎日自殺を図っているのに比べたら大した覚悟なんて要らないし。
流石に身長差があるから突き飛ばすなんてできなかったけど、上手く体勢を崩して膝を突かせることはできた。
「殺させない。彼女は――ここで死んではいけない人なんだ!」
そう、彼女にはまだ生きてやって貰わなきゃいけない事が沢山あるんだ。僕が未だに死ねていない現状では特にね。
「邪魔をするか、闇の申し子が! もしや、貴様は魔族どもの王、魔王か?」
おっと、すぐに王子が立ち上がって、僕の方を睨んで来るよ。僕が未来の魔王なのを当てるなんて、意外に鋭いとも思えるけど、単に恰好を付けて芝居掛かった台詞を言ってみたかっただけかも知れないし、どっちだろうね?
そうしているうちに、周りが公女をこの場から離してくれたようだし、第一の目的は果たした、と。
「貴様がそうやって守るという事は、やはりジュリアも闇の手先なのだな? ならば貴様をジュリアよりも先に滅ぼしてくれる!」
公女が闇の手先? 的外れも良い所だよ。やっぱりバカ王子だこいつ。
そんな事を考えていると、王子は膝を曲げ、頭上高く跳躍する。
「とくと見るが良い! 地を這う蛇が空を舞う鷹に狩られるように、魔王もまた、聖戦士の末裔たる私の手で滅びる運命なのだ!」
既に王子は跳躍系のスキルを習得しているのか、周囲から「何と言う高さ!」と驚愕の声が上がる。王子は更に高く上昇し、天井近くまで達した所で大きく両腕を広げる。
「せめてもの手向けに、私が自らこの技で葬ってくれる! 帝国制式剣術奥義『不死鳥剣舞』!!」
鳥の羽搏きを模した動きで、王子は聖剣を振りかぶり、僕の方へ向かって降下して来る。
ゲームのイベントだと、魔王はこのタイミングで王子を闇魔法で撃ち落とすんだけど、今の僕にそんな力も無ければする気もない。むしろこの時を待っていた。今こそ第二の、そして最大の目的を果たす時!
さあ王子、その聖剣で未来の魔王を頭のてっぺんから股間まで、真っ二つに斬り殺して下さい!!
王子は聖剣を振りかぶると、落下の勢いも乗せて、僕の頭上に向けて一気に振り下ろし――
パキィィィン――!!
「えっ!?」
ガラスのように澄んだ音を立てて、聖剣が粉々に砕け散った。
「「えっ!?」」
僕から一拍遅れて、他の人達の驚く声が会場に響く。
僕は何もしてないのに、何で僕は傷一つ付かなくて、逆に聖剣が砕けちゃうの?
「そっ!――なっ!――バッ、ババババ――――」
驚愕の余り着地を忘れて落下した王子が、床に倒れたまま、刀身を失った聖剣の柄を凝視しながら言葉にならない声を上げる。
「で、殿下!?」
慌てて取り巻き達が王子に駆け寄るけど、王子は彼らの事も気付かない程パニックになってるみたい。
聖剣が砕けちゃったのも気になるけど、王子はしばらく正気を取り戻しそうにないし、もう一つ気になる方へ行ってみよう。
「どうだ? ジュリア公女の傷は?」
公爵家付きの薬師が急いでやって来て治療に当たり、御爺様が尋ねると、薬師は首を横に振る。
「眼球を深く切られています。薬だけでは血を止める事は出来ても、視力はもう――」
薬師の言葉に御爺様は狼狽するが、王子の近くでオロオロとしている白い修道服姿の少女を見付けると、
「そうだ、こういう時のために『聖女』がいるのではないか!」
「そうか、聖女様ならこれほどの傷でも治せるに違いない!」
周囲に押される形で聖女が公女の元に連れて来られる。
「頼む、公女の傷を治してくれ!」
聖女はあたふたとしていたけど、御爺様に懇願され、周りからも期待の視線を向けられると、断れないと悟って公女の側に跪く。
「は、始めます――」
聖女が光魔法の詠唱を始めると、間もなく彼女がかざした手から、光が公女の左目の傷口に降り注ぐ。
けど、傷口からの出血はいくらか弱まっても、傷そのものは全然塞がらない。
「どうした? 出し惜しみして良い状況じゃないのは分かっているだろう!」
「ブリタニアの公爵令嬢なんかじゃ、聖女様の奇跡を頂くには身分が足りないと言うのか!?」
周りが口々に聖女を責め立てる。
「ち、違いますぅ! 光属性の聖剣で付けられた傷だから、光魔法の癒しが効き辛くて……それに私、こんなに深い傷を癒す魔法は習得できなくて、そもそも直接傷を見た事も無くて――」
そう言いかけて、聖女は卒倒して崩れ落ちる。
「おいおい、気絶したぞ。傷もまともに治せないわ、傷を見て気を失うわ、それで良く聖女なんてなれたもんだな?」
結局薬師がまた公女の治療に戻って、気を失った聖女が運び出されると、周囲の気持ちを代表するように一人が愚痴る。そこへクレメンスがひょっこりと現れる。
「ミルス聖教会って、スキル適性を鑑定する儀式で光魔法のスキル適性の持ち主が出ると、聖教会で引き取って光魔法の教育を施しているのは、皆様もご存じのはずよね。そうやって光魔法による治療を『光明神ミルスの恩恵』として独占する事で、聖教会の権力の源泉にしているんだけど、適性がある子供と言ったって、数が集まれば、ピンからキリまで差が出て来るのは仕方がないわよね」
両手を広げ、やれやれという仕草で、クレメンスは話を続ける。
「だから今の公女様みたいな重傷も治せる位の上級の光魔法が使える子は聖教会のお膝元である聖王国で囲い込んで、そこまで届かないのは大陸各地の教会に神官として派遣するワケ。そんな言っちゃ悪いけどショボい子の中から元は孤児で、且つ見た目の良い女の子を選んで『聖女』の称号を付けて、大陸各国の君主やその跡取りの元へ送り込んでるという噂があるのよね。あくまで噂だけど」
クレメンスの説明に、聞いていた人達の間から「やれやれ、とんだハリボテ聖女だな」と呆れの声が漏れる。
「成程、いわゆるハニートラップというやつですか」
いつの間にかミナが側に来ていて、そう感想を述べる。
「ハニートラップ?」
「はい。娘を地位の高い家に売り込もうとする平民や貴族の良くやる事です。もっと悪質になると、色仕掛けで誘惑して言いなりにするとか、相手の弱みとして脅迫して、機密情報や政策など要求を通させるという具合ですね」
「怖いなぁ。僕はまだそんな年じゃないから大丈夫だけど」
「いいえ、油断してはいけません。もしもどんな耐性スキルなどを無視して死ぬ事ができる薬なんて物を持ち込まれたら、ヴィルマー様は公爵家の機密と引き換えにしても手に入れようとしないと言い切れますか?」
「言われてみたらそうだね。気を付けないと」
「そうでしょう。私も希少な死因の死体と引き換えに公爵家やヴィルマー様の機密を漏らしたりするような事が無いよう、常に自分を律しているのです」
「そうか、流石はミナだ」
「恐れ入ります」
「馬鹿な事を言ってるんじゃない!」
御爺様が割って入って来る。側には正教会の司祭の位を示す神官服を着た人もいる。
「慌ただしい所を済まんが、この場でヴィルマーの修得スキルを調べてくれ」
御爺様の指示で、バタバタと場が整えられ、司祭が僕のスキルを調べに掛かる。
「ヴィルマー様の修得スキルは……落下制御 自動、水中呼吸、火属性耐性、毒耐性、ここまでは前回大司教が鑑定しまして……ん、新しいスキルを習得していますね。なっ――金剛身ですと!!」
司祭に続いて、周囲からも「何と!」と驚きの声が上がる。
「金剛身? 何それ?」
「うむ、儂も先程まで見た事は無かったが、全身が鎧のように、いや、それ以上に頑丈になるスキルだと聞いている。恐らく其方がジュリア公女を守ろうとした事で、スキルが覚醒したのだろう」
僕の頭に手を置いて、御爺様は言う。
「えぇっ、それじゃ溺れ死んだり毒で死ぬだけじゃなくて、刃物や鈍器で死ぬ事も出来なくなったって事ですか!?」
「希少なスキルを身に付けて、感想がそれか!?」
「大丈夫ですヴィルマー様、頑丈になるスキルと言っても限度はあるはずです。鋭さや威力を高めた武器ならスキルを破って傷を付けて、死ぬ事だってできますよ!」
「そうだね、思わず心が折れるところだったけど、ミナの言う通りだ!」
「そんな心はさっさと折れ!」
御爺様が叫ぶ。
「あ、折れると言えば、いくらスキルで頑丈になったと言っても、それくらいで伝説に名高い聖剣が砕けるものなのかな?」
ゲームでは、魔王でも極めた闇魔法でようやく砕く事ができたんだし。
「言われてみれば確かに。聖戦士の末裔たる王家に仕える身として不敬とも思うが、殿下が真に聖剣の力を引き出していれば、身に付けてすぐの金剛身如きで防げる訳が無く、まして砕けるなど……まあいずれにしても、これだけ大勢の目の前で乱心して婚約者を傷付け、更に聖剣を粉々に砕いてしまっては、いくら帝国の後ろ盾を以てしても、御咎め無しになどできるものではない。だがブロッケン王家の直系で、王位継承者は今コンラート殿下ただ一人。それが廃嫡などという事になったら――」
額に手を当てて困った声を上げる御爺様に、「あの――」と、公女の治療に当たっていた薬師が声を上げる。
「何だ!?」
「いえ、ジュリア公女の出血が止まって、容体も安定しましたのでご報告にと思ったのですが、コンラート殿下が廃嫡になるというお話を聞きまして、是非お話ししなくてはならない事がございまして。一〇年前、離宮であった事につきまして……」
『一〇年前、離宮』というキーワードに、御爺様を始め、周りにいた貴族達がハッとなる。そして僕も。
「そう言えば其方は、元は宮廷に勤めていたのだったな」
「はい。一〇年前、アンネリーゼ妃殿下が女子を死産され、御自身も亡くなられたという事で、私は宮廷薬師の末席を追われましたが、本当はあの時、妃殿下は男子を出産されていたのです。ですが妃殿下の祖国は隣国の侵攻を受けて滅んでおり、妃殿下自身も亡くなった事で、後ろ盾の無い身では王位どころか命さえも危うい、という事で、当時離宮の警備に当たっていた騎士が、同じ時期に死産していた自分の子と取り替えて――」
「「何だと!?」」
その場にいたほとんどから、一斉に驚きの声が上がる。
「もしその話が事実なら、王国の未来に関わる一大事。至急事の真偽を確認し、事実であれば王子を宮廷にお迎えしなくては。王子は今、どこにいるのだ?」
鬼にような形相で、宰相が薬師に向かって尋ねる。
「そ、その騎士は、妃殿下が亡くなられた後、地方に左遷されたと聞いています。王子も生きていれば、そこで騎士の子として育てられているかと――」
「その騎士の名前は? 言え!」
うわ~っ、宰相、あれじゃ尋ねているんじゃなくて、恫喝しているようにしか見えないよ。
「何だかなぁ……闇堕ちして世界を破壊と殺戮のるつぼにしてしまう前に死ぬはずが、聖剣は砕けちゃうし、コンラート王子は色んな意味で壊れちゃうし、おまけにあの王子まで出て来る事になりそうだし、ゲームのストーリーよりも事態が早く進みそうだよ……」
「そうなんですか?」
騒ぎの渦中から抜け出して、独りごちていると、ミナがそう聞き返して来る。
「うん、さっき薬師が言ってた、取り替えられた王子というのがね――」
僕は事態を噛み締めるように一旦言葉を区切ると、一呼吸置いて続きを言った。
「RPGゲーム『リヒト・レゲンデ』の主人公。勇者なんだよ――」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
コンラート事件、もしくはヴィルマー・フォン・ノルドベルク御披露目会事件
新聖暦六一一年七月、ノルドベルク公爵家の王都邸で催された、ヴィルマー・フォン・ノルドベルクの御披露目会の席上で、当時ブロッケン王国の王太子だったコンラート・フォン・リヒトシュトラーセによって引き起こされた刃傷事件である。
スキル適性が闇魔法と出た事で去勢及び修道院送り、すなわち廃嫡になりかけたヴィルマーだったが、黒の森でアーヴマンの大神殿を破壊し、アーヴマンの神敵の称号を得た事から、ミルス聖教会はヴィルマーの廃嫡を取り消しにせざるを得ず、ノルドベルク公爵家の後継者の座を巡る争いはひとまずの決着を見たとある。
しかし、それを良しとしない者はノルドベルク家の親族を始め少なからずいたとされ、ヴィルマーの祖父グレゴールの外孫の一人、ハインリヒ・フォン・シュタール侯爵令息がコンラートの学友だった事が事件の発端となる。
当時ハインリヒは王立学園に通う貴族子弟の友人達とつるんで学生騎士団を結成し、自身の家柄やコンラートの後ろ盾を良い事に、気に入らない者や邪魔な者に対して風紀粛正と称して私刑を繰り返していた事で知られており、ノルドベルク公爵家の後継者の座を手に入れて自身の影響力を更に増やそうと目論んでいた。コンラートも自分のお気に入りであるハインリヒを王国屈指の大貴族の主に据えて、将来の家臣の中核にしようと考えていたらしく、コンラートと学友達が、御披露目会でヴィルマーに恥をかかせ、公爵家の後継者の座から引きずり下ろす事を画策したとされる。
御披露目会の数日前、ヴィルマーの御披露目会用の衣装を乗せた仕立屋の馬車が、アーヴマンの信徒を名乗る集団に襲われ、衣装を修復不可能な程に破損させられるという事件があり、ハインリヒ達がノルドベルク家を訪ねる途中犯人達と出会って成敗したとされるが、当時もハインリヒ達がならず者を雇って、事が起きた後に口封じをしたと疑惑があり、後の時代のドラマ等でしばしばその場面が出る事から、今日では大多数から真実と考えられている。
ちなみに御披露目会に着る服は、同時期にヴィルマーが個人的に注文していた服があり、ヴィルマー曰く「自分が闇魔法の適性を持っている事を常に認識して、死ぬ決意を衰えさせないようにするため」の黒を基調とした服で、祖父のグレゴールは大いに迷ったが、コンラートが御披露目会に臨席するという事で中止も延期もできなかった事から、この服で強行する事を決めたとされる。
後の時代でヴィルマーと言えば数え切れない程の自殺未遂と、黒の服を着ているイメージで広く知られているが、公の場で黒の服を着て出たのは、この御披露目会が最初だったとある。
御披露目会では、ヴィルマーが挨拶の際、参列した貴族達の面前で自殺を図って騒ぎになり、その直後にコンラートが婚約者だったジュリア・モルガン公爵令嬢、ミルス聖教会の『聖女』エリーザ、ハインリヒを始めとする学友達を引き連れて入場したとある。
その後コンラートへの挨拶の場で突然ヴィルマーが原因不明の大笑いを上げ、黒服や先刻の自殺未遂も重なって、ヴィルマーが精神を病んでいるのではないかと疑いを掛けられ、後継者の座が危うくなった所へ、突然コンラートが持参した、王家に代々伝わる聖剣デメルングでジュリアを斬りつけたという。
相手が王太子なので傷を付ける訳にいかず、周囲が手をこまねいている所を、ヴィルマーが身を挺してジュリアを守り、激昂したコンラートはヴィルマーに矛先を変えて斬りつけた所、ヴィルマーが金剛身のスキルを発現させ、聖剣デメルングは粉々に砕け散ったというのが、この事件の顛末である。
コンラートがジュリアを斬った理由は諸説あるが、御披露目会以前からコンラートがジュリアの容姿を気に入らなかった等の動機で婚約破棄の口実を探していた事、王家の直系で唯一の王位継承者という事で過保護に育てられたためストレスに対する耐性が乏しく、御披露目会への入場時、ヴィルマーの自殺騒ぎの直後で周囲が騒然としていて期待していた注目や喝采を受けなかった事への不満、ヴィルマーに目の前で突然大笑いされた苛立ち等の要因が重なって怒りを制御しきれなくなり、衝動的にジュリアへの凶行に及んだというのが今日では定説になっている。
大勢の面前でジュリアに対して左目を失明させる傷を負わせた上、王家に伝わる聖剣を砕いてしまうという不祥事に、コンラートはその後病気療養という名目で公の場から姿を消して、事実上の廃嫡となり、対照的にヴィルマーは危険を顧みず身を挺してコンラートからジュリアを助けた事で公爵家の後継者の座が危うかった状況から一転、英雄的行動を高く称賛され、以後の影響の大きさもあり、この事件はブロッケン王国、更にはグリムニアにとって歴史上の大きな転換点とされている。
新聖暦九二〇年刊『グリムニア史』より
誠にお待たせしました。ゴールデンウィークは日付の上では終わってしまいましたがギリギリでアップいたします。
これにて第二章は終わりとなります。
次章からは勇者(になるはずだった少年)も登場する予定なので、楽しみに待って頂けると幸いです(笑)。




