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第21話 御披露目会2

「コンラート王子殿下が、お成りでございます!」


 家令の声を合図のように扉が開き、コンラート・フォン・リヒトシュトラーセ王太子が婚約者のジュリア・モルガン公爵令嬢をエスコートして入室し、その後にミルス聖教会の『聖女』エリーザ、ハインリヒを始めとするコンラートの学友達が続く。

 白を基調に金や赤糸の刺繍を随所に施された服に身を包んだ金髪の美少年のコンラートと、婚約者に合わせて白のドレス姿のジュリアも華麗であったが、簡素なデザインの白い修道服姿ながら、それが腰まで伸びた金髪と彼女の美しさを一層引き立てているエリーザ、そしてハインリヒ達もコンラートに比べれば装飾は控え目ながら同系統のデザインをした白い服を揃って纏っている。これ程にきらびやかな一行が現れれば、王太子という地位も加わって注目を集めるのが自然というもので、実際会場中の視線がコンラート達へ一斉に向けられる。


 だが――


「何だあの視線は?」

「確かに。殿下や我々のきらびやかさに対する感嘆はあるようだが、どこか冷めた感じがするな」

 周囲から向けられる視線の違和感に、先頭を行くコンラート達に聞こえないよう声を潜めてハインリヒが呟く、ゲオルクも同意を口にする。

「何と言いますか、『何でこんなタイミングで来るかな?』とバツの悪さを指摘しようにも、相手が相手だから口に出せないもどかしさと言うのでしょうか?」

 ヨーナスも周囲の表情と重い空気から、状況を察したようだった。

 そんな会場内を見回しながら、コンラートはジュリアをエスコートしていた左手を離すと、腰に帯びた聖剣の柄頭を弄び始める。

「まずいですね、期待していた反応と違うので、殿下が苛ついてます」

 先頭に目を遣っていたパウルが、そう仲間たちに伝える。

「仕方ない。少し強引にでも、雰囲気を殿下の色に塗り替えるぞ」

 ハインリヒの指示に、仲間達が頷くと、タイミングを合わせて一斉に前へ踏み出す。

「いやはや、殿下の余りの壮麗さに、皆が言葉を失っておりますぞ!」

 いささか芝居がかった口調で、ハインリヒが声を上げる。

「無理もありますまい。そこへ『聖女』エリーザ様も加われば、まさに天上の美が地上に降りたようなもの。いかに王国の貴賓が集まる場とは言え、所詮地上の汚濁に塗れた凡人如きが心の準備も無く目にすれば、まともな反応などできるはずもありません!」

 ヨーナスも一緒になってコンラートと聖女を持ち上げる一方、ゲオルクとパウルが周囲に目配せをする。それでいち早く察した親帝国派の貴族達が、

「申し訳ありません。殿下と聖女様の美しさに、我々掛ける言葉が見つかりませんでした」

「殿下の美しさを讃える言葉が思い付かず、気分を害してしまった事、己の不明を恥じるばかりです」

 口々にハインリヒ達に合わせてコンラートを持ち上げ、続いて他の派閥に属する貴族達も同調する。

「何、そう言う事なら良い。一体何が起こったのかと思ったぞ」

 コンラートは口角を上げ、聖剣の柄頭を弄んでいた左手で優雅に髪を掻き上げる。

「何をおっしゃいますか殿下。我々が殿下を軽んじる事など、例えダークエルフ共の国が復活したとしても有り得ません!」

「然り然り。流石は人類の救世主たる聖戦士の末裔、魂より出る輝きが、外に溢れておりますぞ」

「その輝き、ブロッケン王国の輝ける未来を予感させてくれます」

 見え見えのお世辞ばかりであったが、当のコンラートはそれに気付く様子もなく、周囲の追従に笑みを向けて応える。

「殿下、参列者の挨拶に応えるのもよろしいですが、本来の目的をお忘れの無いように願います」

 そこへ初老の貴族――ブロッケン王国の宰相が進み出て進言する。

「分かってる、分かってる。本当にお前は無粋だな」

 忌々しげに手を振りながらコンラートが答えると、グレゴール・フォン・ノルドベルク公爵が、孫のヴィルマーを連れてやって来る。

「殿下、本日は我が孫ヴィルマーの御披露目会に足をお運び頂き、心より感謝申し上げます」

 深々とお辞儀しながら感謝の言葉を述べるグレゴールに、コンラートは「うむ、大儀である」と素っ気なく返す。

「ほれ、ヴィルマー。其方からも殿下に挨拶をしなさい」

 それでもグレゴールは不快を顔に出さず、ヴィルマーに続いて挨拶を促すが、ヴィルマーはお辞儀をしたまま何かをこらえるように震えていた。

「どうした、ヴィルマー?」

 グレゴールが尋ねるが、ヴィルマーは返事をせず震えたまま。

「これはこれは。ヴィルマーの奴め、殿下の威光に言葉も出ないようです」

 ニヤニヤと、ハインリヒがコンラートへ声を掛ける。

「いや、これは殿下の魂より湧き上がる光の力に、ヴィルマーの魂の闇が焼かれているのでは?」

「成程、ヴィルマーの体では、今まさに苦痛が走っている所ですか」

 ヨーナスとゲオルクも続いて言うと、

「そうか。本来なら私の内なる光の前に、生きる事も叶わぬ身でありながら、そうして苦痛に耐えて私の前に出た所は褒めてやろうではないか」

 そう言ってポーズを取るコンラートに、

「流石は殿下、何と慈悲深い!」

「既に未来の名君は約束されたも同然!」

 ハインリヒ達がここぞとばかりに持ち上げ、更に気を良くしたコンラートは称賛の声を全身で浴びようとするように腕を広げる。

「どうやらヴィルマーは体調が優れない様子。申し訳ございませんがここは中座させて頂きます。クレメンス、済まぬがしばし、代わりに殿下の相手を頼む」

 旗色が悪いと悟ったグレゴールが、ヴィルマーを退出させようと肩に手を掛けると、

「プッ――ハハハハハハハハハッ!!」

 突然弾けたように、ヴィルマーが大笑いを始めた。

「どうしたヴィルマー!?」

 グレゴールはヴィルマーの体を掴むが、ヴィルマーは仰け反ったまま笑いを止めない。

「ちゃんと返事をしろ! コンラート殿下の御前だぞ!」

 再度グレゴールが呼び掛けるが、ヴィルマーは火に油を注いだように笑いの勢いを増すのだった。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 駄目だ、もう我慢できない!


 目の前でコンラート王子がポーズを取っているのを見ていたら、前世でネットの動画配信サイトにアップされていたネタ動画を思い出しちゃったよ。

『バカ王子のクネクネダンス』というタイトルで、『リヒト・レゲンデ』のゲーム中に出て来るコンラート王子の場面を編集して、いかにもバカ王子が自己陶酔に浸って珍妙なダンスを踊っているような動画に仕上がってたから、病室で見ていて思わず大笑いして、見回りのナースに見つかって怒られちゃったよ。

 そのコンラート王子が生で目の前に立っていて、しかも動画そっくりに動いていたら、思い出しても仕方ないじゃない。笑っちゃっても仕方ないじゃない。

「笑うのをやめんか、ヴィルマー!」

 御爺様は声を上げて止めて来るけど、笑うなと言われたら余計笑ってしまうものだよね。

「こっ――この、無礼者が!」

 さっきまでご機嫌でクネクネダンスを踊っていた王子が怒り出したよ。すごい変化の早さだね。おかげで途端に笑いが止まっちゃった。

「誠に申し訳ありません、殿下。ヴィルマーには、上位精霊からの加護を十二分に活かせるよう教育係を手配している最中でございます。五年、いや、三年お待ち下さい。さすれば殿下の未来の側近としてふさわしい能力と人格に育て上げ、いずれはブロッケン王国に余人をもって代え難い能臣となる事でしょう!」

 御爺様が王子の足元に跪いて一生懸命まくし立ててるよ。

「御爺様、僕はそんなに長く生きるつもりはありませんよ」

「其方は黙ってろ! 其方だけではない、ノルドベルク家やこの国の未来にも関わる事なのだぞ!」

 何度も言ってるのに、御爺様は何故分かってくれないんだろう。僕が一分一秒でも早く死ぬ事が、ノルドベルク家やこの国、もっと言えばこの世界のためなのに。

「必要ない。私には既に能力と忠誠心、両方を備えた将来の家臣が既に揃っている」

 そんな御爺様の嘆願を、王子は切って捨てると、王子に付いて来ていた男の人達が誇らしげに胸を張る。あっ、この人達、ゲームの王都壊滅イベントで魔王軍の幹部達に秒殺されてた噛ませ犬こと十字星クロイツ・シュテルンじゃないか。

 まあ魔王軍相手じゃ手も足も出なかったみたいだけど、逆に言えば魔王軍がいなければ、それなりに国を治める事は出来たって事だろうね。そう考えたら――

「あ~、喉が渇いちゃった」

 側のテーブルに置いてあったトレイに飲み物のグラスが幾つか乗っているので、トレイを回して種類を確認していたら、

「何をしている!?」

 十字星の一人で糸目の人が、血相を変えてこちらへやって来る。

「何って、喉が渇いたから飲もうと思って、何があるかなって」

「ここに乗っているのは全部同じ種類のドリンクだ。もしかしてトレイを回したのか?」

「回したけど、それが何か?」

「何だと!?」

 全部同じ種類のドリンクなら、トレイを回しても別に何でもないと思うのに、糸目の人は慌ててる。


 変なの。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


(「何と言うことだ!」)

 ドリンクが乗ったトレイを前に、パウルは狼狽する。

 ヴィルマーを公爵家の跡継ぎとして不適格という流れに持って行くのは、当初の計画とはかなり違ったものの、ほぼ達成できたので、パウルはもう一つの計画に動いていた。

 禁薬をジュリアに飲ませて『乱心』させ、コンラートとの婚約を破棄に追い込むため、トレイに乗ったグラスの一つに禁薬を入れた。ところがコンラートの口上に合わせて十字星で動くため、僅かに目を離した隙に、ヴィルマーがトレイを回してしまい、薬を入れたグラスが分からなくなってしまった。

 更には――

「おいパウル、喉が渇いた。そこのドリンクを一つ寄越せ」

 周囲からの称賛に御満悦のコンラートまでもがやって来る。

(「どうする? 周りの耳目もある中で、薬の事は言えないし、だからと言って殿下にドリンクを出さない訳にはいかないし――」)

 そうパウルが逡巡しているうちに、ヴィルマーがトレイからグラスを一つ取ってしまう。

「ふ~っ」

 一口飲んで息を吐くヴィルマーを見て、

(「これだ!」)

 パウルはヴィルマーからグラスを取り上げる。

「ちょっと、何するの!?」

 当然ヴィルマーは抗議するが、構わずパウルはグラスをコンラートに差し出す。

「どうぞ。毒見は御覧の通り済んでおります」

「えっ、毒見って……」

「うむ。忌々しい闇魔法のスキル適性持ちとは言え、毒見として役に立てた事を、せいぜい誇りとして修道院に持って行くと良い」

 口を挟もうとするヴィルマーにそう皮肉を言って、コンラートはグラスを優雅な仕草で飲み干して、その場を立ち去る。

「あ、飲んじゃった……僕は毒耐性のスキルが付いちゃってるから、毒見の役には立たないって言おうとしたのに……」

「何だと!?」

 パウルが青ざめた表情で、コンラートの後を追う。

「ん?」

 そのコンラートは、パウルの目の前で突然足を止め、左手でこめかみを押さえる。

「どうされました、殿下?」

 それを見たジュリアが、心配げにコンラートへ近寄ると、コンラートは憎々しげな形相で振り向く。

「殿下、一体何が――」

 ジュリアが尋ねかけた所で、コンラートは腰に帯びた聖剣を抜き放つ。

「ジュリアァァァッ!!」


 次の瞬間、会場の床に鮮血が飛び散った。

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