気高さは蜿蜿と
綺麗を理解できない少女が理解するまでの話+αです
世間一般の言う綺麗がわからない。
私のお母様は、物言わぬ絵画に対して、綺麗だ綺麗だと何度も言う。絵画だけではなく、石に対しても、ガラスに対しても、写真に対しても、花に対しても。うるさいくらいに綺麗だと言う。そんなお母様の元に生まれてきた私は、無機質で喋りもしない、動きもしない、食べれやしないそれらに、価値を見いだすことなんて、どうしても出来なかった。つまりは、キレイという言葉を理解出来なかったのだ。
なんの役にも立たない、そこにただあるだけの物に価値などあるわけないのよ。まだりんごの方が価値があるわ。食べれるもの。お腹を満たせるじゃない。
何千万も使って絵画を買うなら、人を雇ってちょうだいな。考えることも出来ない物より、考えることのできる人間の方が価値があるのに、どうしてわからないの?
なんて常日頃思っている。でも、お母様は私の意見なんて求めていない。ただ、キレイという言葉を紡ぎたいだけ。私がキレイじゃないなんて言っても、お母様は自分の価値観を疑ってなどいない。だから、私がなんと言おうとお母様の価値観が歪むことなどない。そうしてこの屋敷にはお母様が気に入った物が増えていく。キレイな物が増えていく。お父様はお母様を愛しているし、お母様と似たような価値観を持っているから、キレイな物が増えていようと責めることなどない。
理解出来ていないのは、私だけ。
「今年も綺麗に咲いたわ」
「……えぇ、そうね」
無駄に広いこの屋敷の庭園には、毎年5月になると薔薇が咲く。庭師を雇って手入れをしてもらっているらしい。だから、鮮やかな色の、形のいい薔薇が咲く。お母様は、ここで見る薔薇が1番キレイだと言い、この時期になると私やお父様を頻繁に庭園に散歩に連れて行く。そして言うのだ、キレイねと。
ゆっくりとお母様と一緒に歩く。今日お父様はお仕事で外に出ているからいつもはいるけれど今日はここにはいない。
ピンク、赤、黄色の色とりどりの薔薇が咲いているのが見える。とても長いアーチ状になっている薔薇の下を歩き、そのアーチを抜けたときに太陽の眩しさに思わず目を細めた。
「これ……」
「どうしたの?」
「まだ5月になったばかりなのに枯れてるの」
「あら、本当。摘み取って貰わなくちゃね」
……枯れている、元はピンクだっただろう薔薇を見て動きを止めた。お母様にそのことを伝えてからもその枯れた薔薇から目が離せなかったのはきっと、枯れている薔薇が周りに見えない中で、1輪だけが枯れていたから、よね?異端なものが混ざっていたから、目を離せなかっただけ。一瞬ゾクリとした気がしたのは、きっと気の所為なの。気の所為じゃなくとも、私はその感覚に名前をつけられないから無いも同然なの。
「綺秀!綺秀!!どこにいるの!?返事をしてちょうだい……!」
どこか遠くで、私を呼ぶ声が、心配する声が聞こえる。私はそれに反応すべきなのに、しなかった。いいや、出来なかった。目の前の光景に目を奪われていた。まるで体が凍りついたかのように動かなかった。声を出すことさえ億劫に思えてしまって。私は、初めての感覚に囚われていた。
私がどうしてそんな状態に陥ってしまったのか、それは数分前に起こった震度五弱の地震が1つ目の原因だった。2つ目の原因は私が室内にいた事。そして3つ目は、私がいた部屋のシャンデリアのメンテナンスがまだ行われておらず、支柱の部分が老朽化していたこと。この3つの種が蒔かれて起こったことは、私がいる部屋のシャンデリアが落下する、という事象だった。
グラグラとしていた地面は収まり、シーンと辺りが静まりかえった。もう大丈夫かな、とテーブルの下から這い出て、そこに立つ。目と鼻の先には、壊れ破片になったシャンデリアが。幸い、私は地震が起こった時にテーブルクロスがかかったテーブルの下に潜り込んでいたので、シャンデリアの破片での怪我はない。それでも私はそこから離れることをしなかった。いつもならお母様を探しに行くのに。それが異常だとわかっていた。そんな思考とは裏腹に私の胸は高鳴っていく。目を見開いて、口は薄く開いて、腕はだらんとなる。瞬きを忘れて、息さえも忘れそうになるのを押し止めて。
壊れ破片になったシャンデリアが、とても綺麗で。
窓から入ってくる陽の光が、シャンデリアの破片に当たってキラキラと輝いている。それを見ていると、まるで曇りの空が晴れ渡っていくかのように、どこかモヤがかかっていた私の心を晴らしていく。そう、これなの。これが、これこそが私が求めていたもの。やっと見つけた。私は、
「綺秀……?」
「綺麗、綺麗ね。お母様」
「……ええ、綺麗ね」
キレイなものが壊れた時こそ、それを綺麗だと思うの!
……そして、私を中心に大きな音を立てて勢いよくそこら中に緑が溢れていき、お母様や侍女達の困惑し驚く声が屋敷に響いた。
「お嬢様!お嬢様!……綺秀お嬢様!!」
「何」
「今日幹部会議があるのを忘れてますよね!?」
「あら、今日?忘れてたわ」
2人の大人が話している。片方は、言葉遣いからも、仕草からもいい所のお嬢様であることがわかる女。もう片方は女のことをお嬢様と呼ぶ執事の格好をした男。しかしその男、執事としてはどこか言葉遣いが荒い。
「あと20分しかないのわかってます?今から向かわないと間に合わないんですけど!」
「どうせ遅れてくるのがいるでしょう」
「いや、まぁ、いますけど。だからお嬢様も遅れていいと言うことにはなりません、ってこれ何回目です?」
「さぁ?」
「はぁぁ」
会話から男の方が苦労しているのがわかるだろう。女は、カチャンと小さく音を立ててまだ紅茶が残っているティーカップを、テーブルの上のソーサーに置く。
「本当に、いつまでも俺はお嬢様のことがわかりませんよ」
「あら、奇遇ね。私もあなたがわからないの。どうしてあなたいやいや言いながら執事をなさっているの?」
「あなたが!やらせているんでしょう!」
「だってあなた、執事になる能力でしょう?」
「執事が持ってそうな物を召喚する能力です!!いつも言っているでしょうが!!」
執事とお嬢様という関係にしては、彼らの間に流れる空気は友人の間に流れる空気のよう。女が男を無理やり執事という型にはめているだけではあったが、男はその関係を嫌だとは思ってなどいなかった。
「それで?今回の議題は何なの?」
「無視ですかそうですか。はぁ。……空白の第6についてのようです」
「へぇ、5年間の空席を埋める人材が現れたのね」
「恐らくそうかと。それで、その……」
男は、次の言葉を言うべきなのかと言葉を止める。そんな男の様子に女は、ほんの少し眉を寄せた。女が不機嫌になりつつあるのを目敏く感じ取り、少し早口で言う。
「どうも第5番隊の隊長が関わっているらしく」
「あの愉快犯またやったの?」
「らしいです」
「はぁ、わかったわ。はやく行きましょう」
その言葉と同時に、女は立ち上がった。
それは、冬に移り変わるほんの少し前の、ある秋の日のことだった。
少女、もとい女のフルネームは亜宮原綺秀です。本文を読んでもわかるでしょうが、いい所のお嬢様です。また、本文中に出てきた愉快犯とは、第6を空白にした張本人である30代後半(の予定の)男です。
さて、この作品のあらすじを読んでいる人の1部は理解できない部分があったでしょうから説明します。能力の発現は精神の不安定によって起こると言いましたが、イレギュラーがいます。それがこの番外編の第1話主人公の、能力が発現という形を取る前から発動している場合。これは能力が強すぎることによって起こります。今回の例は、間違いなく精神の不安定からきております。大体は怒り、悲しみ、絶望などです。しかしこの亜宮原綺秀というキャラは興奮からです。それほどまでに綺麗なものに衝撃を受けたんです。
キャラを沢山作ったのはいいんですが、本編で出せなさそうなので、番外編にいるキャラが本編に出ていなくても苦情は言わないでください。
また、まだ本編はありません。




