怜悧狡猾に灯火を消す
「俺が守るから」
七搦龍爪は、弟である紫水に向かって優しい声で言った。紫水は両親が死んでしまった事実を受け入れられず、思考を放棄して呆然としている。龍爪はそんな弟を強く、荒々しく抱きしめた。
「俺が、紫水を守るから」
紫水は、痛いなぁなんて思いながらも兄の背中に手を回す。そこに優しさがあるのだとわかっていたから。理解していたから。そして、そんな温かい中に浸って、何も考えずにいたかったから。
最近、両親がだるそうにしていたのを覚えていた。2人してここ数日仕事を休んでいた。最近は、家にまでかかりつけ医に来てもらっていた。そして今日、いくら待っても起きてこない両親を起こしにいったとき、2人が息をしていないことに気づいた。ひゅっ、という乾いた音を紫水は自分の喉から聞いて、目の前が真っ暗になった。
それから何があったのか、紫水はよく覚えていない。気がついたらリビングのソファに兄と座って、テレビの音を聞き流していた。
「今は眠れ。疲れたろ」
紫水は、龍爪の普段の荒っぽい声とは違う優しい声に溺れていく。兄の言う通り疲れていたのだろう、だんだんと瞼が閉じていく。そして夢の世界へと旅立った。
龍爪は、すぅすぅと寝息をたてて眠りに就いた弟を抱きしめたまま、今日の出来事を思い返す。両親のかかりつけ医にきてもらって死亡診断書を発行してもらい、死亡届を出しに行った。同時に火葬許可証を発行してもらい、葬儀の手配をした。その間紫水は、両親の死をを受け入れられないのか呆然としており、言葉を発しなかった。
ふと、口元に右手を持っていく。口角は、上がっていた。
……閲覧が許可されておりません。
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……認証されました。
それでは、良い未来を。
七搦龍爪という人間は、一言で言ってしまえば愛に飢えている人間だ。彼の両親は、龍爪の弟である紫水しか見ていない。龍爪と紫水の歳が5つも空いていることが1つの理由であることは明確であろう。
しかしそれでは説明がつかない程、龍爪は愛されていない。つり目で、怖い顔をしているからだろうか?声が子供だとは思えないほどに低いからだろうか?言葉遣いが非常に荒いからだろうか?
しかし龍爪が親から愛されていないのは、何か1つの理由からくるものではなかった。なぜならば、龍爪の両親は龍爪を構成する要素のほとんどを認められなかったのだ。愛そう、愛したいと思うくせにそれが出来なかったのは、無意識下で龍爪のことを嫌っていたからだった。
龍爪へ行くはずだった愛情が紫水へと向かったのは必然であった。龍爪は虐待を受けているわけでもネグレクトされているわけでもなかった。緩やかで、どこか暖かい地獄。自分はここに居ないのではないかと何度でも思った。消えたくないのだと心の中で思っては、それが顔に出ないようにすることばかり気にした。
それでも龍爪が狂わず、まともでいられたのは紫水という弟の存在があったからだった。両親の愛の全ては自分へと向けられず、弟へと向かう。それでも弟を恨まなかったのは、紫水だけは龍爪に笑いかけ、龍爪を兄として愛したからだった。つまり、龍爪がここに存在していると、紫水が証明したのだ。
龍爪は、自信を産み落とした両親を毛嫌いし、弟のことしか目に入っていないかのように愛した。龍爪は自分の両親と同じことをしていることに気づかない。そう、歪に血の繋がりが出てしまったのだ。
龍爪が自分と紫水の両親を殺そうと思ったのは、2人の龍爪と紫水は離すべきだという会話を聞いた時。当時は中学3年生で、進路を考える時期であったために、寮のある高校に入れ、紫水と合わせないようにしようとしているのだ。ただただ怒りが沸いた。台所へ置こうとして水筒を手に持っていたからか、それで殴り殺してしまおうかと考えた。
……止めた。15歳であるこの体で人を殺せば、恐らく短くとも10年、最悪一生紫水に会えなくなることがわかっていたから。
しかし、龍爪は湧き出る自分の感情を止めることは出来なかった。
それから、龍爪の両親は体調を崩し始めた。龍爪は、それが自分に発現した能力のせいなのだと薄々勘づいていた。1万、10万人に1人しか能力者には慣れず、そしてその能力を使いこなすことが尋常でなく難しい事を龍爪は知っていた。しかしその能力の矛先は龍爪が嫌っていた両親へと向かった。ならば、それを利用しない手はないだろう。
このまま誰にも邪魔されなければ両親は死ぬ。しかしその原因が解明されたとしても、能力が暴走したからしょうがない、で片付けられる。これなら、紫水と離れないですむ。
それから、両親が死んだ時の為にどんな手続きが必要なのか調べて、家から近い高校へと入学し、気がつけば能力が発現してから2年がたち、2人は死んだ。
「俺が守るから」
紫水へと優しい声をかける。ここでいつもの声を出せば、紫水は安心出来ない。今紫水に必要なのは、紫水の気持ちを受け入れられる龍爪だけ。口角が上がらないように、笑ってしまわぬように1人、仮面を被った。
怜悧狡猾
悪賢いこと。 怜悧は賢いさま、狡猾はずる賢いさまを意味する表現。らしいです




