第三十五話《十六夜ライグルⅠ》
月読区一般市街の魔獣襲撃事件から三日が経った。
現在、一般市街の復興に学園の教師陣が携わっている中、入院しているものが何人かいた。
そして、その中にあの麒麟も含まれていた。
「……き、麒麟校長がなんでこんなに……!?」
「ああ、私だってやられるときは在りますよ。……ここまでされたのは初ですが」
帰ってきた麒麟は、ボロボロだった。
九々津ほどではないが、右腕は折れ、全身に簡易的な包帯が巻かれ、左眼には痛々しい傷跡があった。
麒麟は世界でも五指に入るほどの魔法使い。その魔法は、四神魔法という四体もの神を使役する魔法。
その魔法使いが、やられた。
しかも、本人曰くかすり傷を付けるのが精一杯とのこと。
「まあ相手も神でしたからね。しかも、神そのもの」
「……どういうことだ」
口を開いたのはノエルだ。
彼女もまたボロボロで、ダメージが少なく包帯を巻いただけの千堂と天狗は歩き回れるが、ノエルは病室の扉を開け、外出許可ももらっていないのに出てきたらしい。
「……神渡という人物です。名の通り、神を渡るのです」
「神を、渡る? ちょっと待て、意味が分からんぞ」
「と言われても、これ以上説明ができないのですよ。それより、六夜君の容体は?」
「……瀕死だ。医者曰く絶対安静らしい」
この場にいない九々津は、魔力補充機器とその他の魔導器具を全身に付けて横たわっている。
今もなお昏睡状態で、いつ目覚めるかは分からないらしい。
あの後、あった出来事は忘れられない。
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「……ああ、やっと私が出られたみたいだね」
ケタケタ笑うその姿はまるで道化。
髪が地面につきそうなほど伸び、顔立ちも整い、制服の上からでも分かるほど胸は膨らんでいた。
そこにいたのは、九々津ではなく、別人だった。
「……どうなってやがる」
「どうもこうもないさ。私が出てこれたのは一時的なもの。五分も持たずに私は消えるよ。魔法も使えないし」
唖然としている千堂に、振り向いた九々津は淡々と答える。妖艶に微笑むその姿は、壮絶なまでに美しい。
さて、と立ちはだかる五人に向き直り、耳に掛かる髪をさっと払う。その動作すらも、綺麗に思える。
「さて、十字軍君たち。私のことは知らないだろうね。一応言っとくと七大罪の一人だよ」
「……厄介な」
「いやいや、私は何にもできないから。ま、それはそれとして、神降ろしをしようなんて馬鹿げたことを考えたよねぇ、君たち」
人間とは皆愚かだねぇ、と心底愉快そうにケタケタ笑うその姿は、美しいながら悪魔のものだった。
誰も、何も言わぬ中に悪魔の声だけが響く。
「神にすがる。うんうん、それは人間なら誰しもが一度は必ずすることだね。祈ったとしても、意味などないのに」
「祈りに意味は無くても、祈ることには意味はある」
「いいや、無いね。祈るという行為そのものが無駄さ。神が人間ごときに力を貸すわけがないのだから」
まあ、人間辞めた奴は別だけど。
悪魔はそう言って肩をすっとすくめた。いつのまにか、誰しもがこの悪魔のペースに乗せられてしまっていた。
「あ、その……なんだっけ、刹那岬?ちゃんは持っていっていいよー。どうせ無駄だし」
「無駄かどうかは否定するが、そういうことなら持っていく」
最後に妖艶に微笑んで、悪魔は九々津に戻り、気絶した。
ーーーーー
「なるほど。神降ろしですかぁ……また馬鹿げたことですねぇ。はっきり言って、そんな馬鹿は二人目です」
二人目。
一人目は、麒麟自身のことなのだろう。自らの身体に神を宿すのは、この世界で麒麟ただ一人だけなのだから。
「……基本的な神降ろしに必要なのは、三体の天使とそれを宿した女です。それを魔法陣で括り付け、儀式で降ろします」
「儀式?」
「降ろす神によって、儀式は変わりますが。……それより、問題なのは六夜君です」
溜息をついて、麒麟は机に突っ伏した。さて、どうしたものか。
魔力欠乏または魔力不足とは、体内に20%ほどの魔力が残っていることを指す。それ以上は身体そのものが魔力の使用を拒絶するからだ。だが、九々津はその限界を超えて無理矢理に魔法を使い、残っていた魔力はおよそ5%ほど。普通なら、死んでいてもおかしくなかった。
現在は麒麟の神器、そして魔力の輸血によってジワジワと回復しているものの、動けるようになるまで一週間は必要だろう。
「最大戦力である私と六夜君は、今は非常にまずい状態です。ぶっちゃけ、君たちだけじゃ刹那岬さんを救出とか無理です。死ねます」
「……わ、私がリミッターを外せばいいだろう!」
「魔族の無断リミッター解除は、重い罰則がありますし、制御出来なきゃ私の生徒に危険が及ぶので却下します」
私の、という所をわざわざ強調され、食い下がれないノエル。
だが、麒麟とて何も対策をしていないわけではない。
無いのだが、その対策が届くのと到着するまでに二日ほどかかる。
「……《十字軍》対策チームのリーダーは此方で用意します。サブリーダーはノエルさん。隊にはサポートとして列連さん、千堂さん、陽見池さん、離理倉さん」
「はいはーい。それについてだけど、私は今回は参加しませんっ」
ぴょこん、と何処から出てきたのか咲希が元気よく手をあげる。
その手にも、反対側の手にも食べ物はなかった。
「……あれ?陽見池、菓子は?」
「いらない。ヴェルゼバブは六夜に返した……ってか、勝手に帰った」
「はぁ!?」
「いや、この四年間はなんだったのかな。ものすごくあっさり帰っていったよ」
あははは、と笑う陽見池。いや、笑ってる場合じゃないのだが。
無論、その元気が空元気なのは分かっているが、ここにきて陽見池という戦力の損失は痛い。
「私は今、魔法陣武器化しか使えないから、無理」
「まあ、そりゃ無理ですよねぇ……わかりました。陽見池さんは、六夜君についてあげてて下さい」
「はいはーいっ。ろっくんは私が見とくから大丈夫」
咲希の暴走が収まってからは、咲希は九々津を昔のように『ろっくん』と呼ぶようになった。
あのときの三人のうち、一人はもういないのだが。
しかし、まともな戦力はノエル、千堂と麒麟の策だけ。これで敵の真っ只中に突っ込むのは愚策すぎる。
ノエルがふと、戦力になりえそうな人物に気がついた。
「……ゼアル」
「「「あっ」」」
あの閃光の魔法師。そういえば、いたなぁというレベルだ。
しかし、ノエルと同格らしいので強いのは強いのだろう。これは、思わぬ戦力アップだ。
「いいですか、みなさん。私も動けるようになれば、助力致します。刹那岬さんも大切ですが、万が一のときは迷わず撤退です。大丈夫、必ずなんとかしますから」
作戦決行は二日後。
それまで、各々は魔力の回復に務めることとなった。
そして、彼らは知らなかった。
世界の歯車が、狂いだしていることに。
「ーー見つけたよ、兄さん」
狂いだした世界の果てにあるものは、希望か絶望か。




