第三十四話《刹那岬メランコリックXⅡ》
雨は降り止まない。
光は飲み込む。
闇は消し去る。
それが世界の摂理なのだろう。
風は吹き荒れ。
石はただ硬く。
星は美しく。
それが世界の摂理なのだろう。
神は永遠にそんな世界を愛しく見つめて。
龍は永遠にそんな世界に誇り高く佇んで。
天使は永遠に神に仕え美しい想いの元へ飛んでゆき。
悪魔は永遠に憎悪の中で黒い想いを嘲笑い。
ああ、世界はなんと■■なのだろう。
ーーーーー
未だ雨は止まない。
魔力を使い果たした九々津と刹那岬は支え合ったままふらりと倒れた。
それを見た天狗や千堂、ノエルが慌てて駆け寄って二人を起こす。気絶は九々津だけはしていなかったが、どちらにせよこれでは同じだ。
いや、違うか。
刹那岬は、穏やかな顔つきに戻っている。きっと、九々津の想いは届いたのだろう。
刹那岬からは天使の気配はもうしない。おそらく、魔力が切れたことで身体の内側に戻ったのだろうが一体あの天使はなんなのか。
「ノエルの姐さん、学園に戻りましょう。とにかく魔力を補填しないとダメだ。二人とも、ボロボロだ」
「みれば分かるわ、たわけ。魔獣の掃討もほぼ完了している。またワケのわからん輩が現れんとも限らん」
そういえば、天満は。
アレだけ大掛かりなことをして、九々津も今は瀕死の状態なのに姿を見せないのは何故だ。奴は、九々津の命ーー性格には、九々津に宿る悪魔を狙っている。ならば、これが好機ではないのか?
天狗は、この中で誰より頭が回る。その天狗の脳が、ある一つの答えを導き出した。
ーーこの騒動。誰が天満が一人で起こした、などと言った?
天満は凄まじいほど執念深く、そしてそれ以上に慎重だ。確率を一パーセントでも上げるなら、どんな面倒なことでもやってみせるだろう。
もし、この騒ぎが天満一人の仕業でないのなら。
「ッ……姐さん、急ぐぞ!嫌な予感がする!」
ふわり、と九々津を抱えて舞い上がる。ノエル、千堂も刹那岬を抱えて空に上がる。
残りカスのような魔力をフルにつかい、全力で天狗、千堂、ノエルは学園に向けて飛び立つ。
十数分後。
拍子抜けするほど何事もなく、学園まで辿り着いた。魔獣と出会うことすらなかった。
考えすぎか、と天狗は思ったが、それも一瞬のこと。
久しぶりだと思える学園は、崩壊して瓦礫の山と化していた。
全員が、驚愕を隠せなかった。意識め朧げな九々津でさえ、信じられないというように目を見開いている。
そして、瓦礫の山の上で佇む人影が五つ。
いずれも、十字架を服に縫い付けた衣装に身を包んでいる。
「……く、《十字軍》……!?なんでだ…!?」
唖然とする千堂。それは、ノエルや天狗、九々津とて同様だ。
右端にいた銀毛の猫をかかえた女性が、抑揚のない声で淡々と答える。
「回答します。私たちがここにいるのは、ある人物を待ち伏せていたからです」
「……六夜のことか?」
「回答します。答えは、ノーです。……我々の目的は、その光の女です」
細い指が指し示すのは、ノエルの背で気絶したままの刹那岬。
なぜ、刹那岬が。あの異様な力の天使が関係しているのか?
「分かり易く言うとよォ、神の覚醒にその天使が必要だっつってんだよなァ、ノエルちゃんよォォォ!」
猫を抱えた女性の隣にいる二メートルはあろうかという大男が耳障りな濁声をあげる。その眼は、本来白い部分までもが黒くなっている。
左端にいる背の低い子供二人は性別は分からないが、毒々しい魔力を漏れさせている。
そして、真ん中にいる黒髪を逆立てた男。身長は高めで、瞳も黒い。
しかし、身に纏う魔力が、六夜と酷似していたのだ。おそらく、こいつがこの五人の中で最も強い。
……いや、似ているのは魔力だけではない。少しだぶついた学生服。気だるそうな眼。それも、九々津を連想させる。
マズい。
ノエルと同レベルであろう猫女と大男。さらに、得体の知れない子供が二人。加えて、六夜レベルの魔力の化け物。
対するこちらは六夜・刹那岬は瀕死。ノエルも千堂も魔力が枯渇寸前で、天狗は戦闘能力が無い。
絶望的な状況だ。
「「渡してくれるなら、痛くなくてすむよ」」
重なる声は、二人の子供。どうやら双子らしい。それは返せば、渡さないなら殺してでも、と言っているに等しい。
六夜レベルの魔力を持つ不良のような少年。
「まぁ、オレはこいつらみたく光の女には興味ねェが……お前は、お前らは、強いのか?」
炎が走る。
少年を囲むように、威嚇の赤い炎が吹き上がる。雨の中でも勢いは衰えず、それどころか雨すら燃やしているかのようなエネルギーだ。
品定めするかのように、九々津たちを見回す。その眼は、九々津で止まる。
「……やっぱ【七大罪】が1番か。ま、死にかけてるし今度でいいか」
とりあえず、光の女没収。
心底つまらなさそうにして、堂々と歩いて距離を詰めてくる。これほど強気なのは、確実に勝てるという自信のあらわれだ。
ノエルは一歩下がった。不良は開いた距離は詰めない。
それはつまり、この程度の距離ならいつでも殺せるーーそう言っているのだ。
ノエルは迷っていた。
選択肢は三つ。
一つ。戦闘をして、意地でも刹那岬を守る。ただし、全滅の可能性が最も高い。というより、ほぼ確定している。
二つ。全力で逃げる。疲弊している自分たちでは、これもまた全滅の可能性が非常に高い。
三つ。大人しくここは刹那岬を引き渡す。あとで九々津に殺されかねんが、仕方ない。
ノエルは、覚悟を決めた。
「……すまん、七大罪。今は……今は、耐えてくれ」
「…………の、ノエル……なに、いって……」
「《十字軍》。こちらは大人しく刹那岬を引き渡そう。かわりに、私たちを見逃せ。それが条件だ」
「あ、姐さん!?」
「今はこうするより方法が無いんだ!……私も天狗も千堂も、そして七大罪……お前もボロボロなんだ。勝てるわけがない」
心底悔しそうに、泣きそうに。
ノエルは俯いた。
パチパチパチパチ、と誰かが拍手を送る。それは、あの不良だった。
「オッケー。ノエルだっけ、あんた冷静だね。もっと強くなったら戦わせてくれよ。退屈で……」
「ーーふざけんな」
その声は、九々津のものだ。
魔力は完全に枯渇し、気絶寸前。それでも天狗を押しのけるように無理やり立ち上がり、前に出る。
その黒眼は、不良少年を射殺さんとばかりにギラついている。今にも倒れてもおかしくない状態にもかかわらす、その視線だけで臨戦態勢だとはっきり分かるほど殺気を放つ。
「……くくっ、くははははっ!いいねお前、最高だ!だが、今は駄目だ。もっともっと、やるなら、最高の状態で俺とやれ。今のお前じゃ、紅葉と蒼葉で充分だ」
不良少年はくいっと顎で双子に合図をする。直後、二股に分かれた先端が鉤爪のように尖っているものが二人の背中から出現した。
ソウルズ系の魔法使い。
「くそっ、刹那岬といい双子といい……今日はソウルズ系に恨まれる日か!」
疾走。
風となった双子は完全に左右対称の動きで突っ込んできた。轟!と空気を切り裂き、跳躍した双子が尻尾を振るう。
九々津は神器【イシュタル】を形成。だが、それは一瞬と持たず灰と化す。魔力が、足りない。
丸腰の九々津の腹に、尻尾が連続で直撃。
「ご、あぁっ……!」
「「お兄さん、邪魔だよ」」
ノイズ掛かった声が完全に重なって聞こえる。双子ならではのシンクロで、尻尾は的確に気絶するポイントを捉えた。
だが、それでもなお気を失わない。今、九々津を動かしているものは気力のみだった。
「九々津!くそが、《ストーンヘン……っああァァがァッ!!!」
「ひゃはァッ!」
不気味な黒目大男はいつの間にか千堂の背後に忍び寄り、魔法起動する前にその鋭い手刀で千堂の背中に深い裂傷をつける。
天狗は、声を発する間もなく猫女に組み伏せられ、腕を折られて喉を潰された。
ノエルは、不良少年の放つ炎と氷の華に埋もれる。
そして九々津は、双子に全身を鋭利な尾で貫かれる。
「……せん、ど……。てん、ぐ……ノエ………ル………」
だが、それでも九々津は倒れない。
「マジかよ。どんな生命力してんだおい……」
刹那岬が、炎と氷使いの不良に担がれるのが最後に視えた。
ーー世界が、揺れた。
揺れて揺れて揺れて揺れて揺れて揺れて揺れて揺れて揺れて揺れて揺れて揺れて揺れて揺れて揺れて揺れて揺れて揺れて揺れて揺れて揺れて揺れて揺れて揺れて揺れて揺れて揺れて揺れて揺れて揺れて。
揺れた。
「アアアアアアぁァああアァぁぁぁァアアァアァぁァぁぁァアァアアアァぁぁァアアアァぁぁアぁァァぁアァァアアアァぁぁアアァーーーーーーーッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッ!!!!!!!」
轟くその声は、九々津のもの。
狂乱したかのようなその声は、喉が壊れるのではないかと思うほどの声量だった。
ふらふらと立ち上がった九々津の眼は焦点が合っておらず、そして。
左眼は蒼く。右眼は紅くなっていた。
「……ああ、やっと私が出られたみたいだね」
九々津の身体から放たれる声は、美しい女性の声だった。
これにて刹那岬メランコリック編は終了です!次回からは十六夜ライグル編となるので、どうぞよろしくです!




