第三十三話《刹那岬メランコリックXⅠ》
また更新開始だお。
髪に触れたのは、冷たい水。
いつのまにか、街に雨が降り出していた。黒い雨雲の中で、光り輝く少女は吠える。
「《聖愛の天剣》!」
空に浮く無数の光の刃が、一斉に九々津たちに向けて放たれる。いや、刹那岬は九々津しか狙っていないのだろうが攻撃範囲が広すぎる。
九々津は迎え撃つべく、ベルフェゴールを解放する。
「【グラビティ・バレット】ッ!」
重力の弾丸が、悪魔の属性を加えて飛んでいく。それは光の剣を受け止め、対消滅させるが、全て受け切れるものではない。
消滅を逃れた光の剣は、九々津に向けて凄まじい勢いで降り注ぐ。だが、九々津もそれを人外の動体視力で隙間を縫うように避けていく。
おそらく、あの天使の得意技は遠距離からの攻撃。ならば、無理矢理にでも接近戦に持ち込むしか方法は、無い。
「おおおおおおおおおっ!」
雄叫びをあげ、《聖愛の天剣》を動体視力のみで掻い潜っていく。
拳が届くほどの至近距離まで到達する。しかし、刹那岬の顔には驚愕の色一つなかった。
ぞくり、と寒気が九々津の全身に走った。
咄嗟に距離を取ろうとしたが、遅かった。
「ええ、先輩ならこれくらい躱すと思っていましたーー《聖愛の愛盾》!」
光が刹那岬の左手に収束していく。それは大きな十字盾の形を創り上げる。なぜ盾、と疑問符が頭に浮かぶが、それはすぐに消え去った。
ガスッッ!!という凄まじい衝撃。ーー盾で、殴り飛ばされた。
「ぐっ、ああああァァァァ!」
衝撃と共に、身体がジュウジュウと焼け付く痛みが走り抜ける。聖属性の盾の打撃を受け、九々津の身体が焼けている。
刹那岬の凍てつくような鋭い視線。
「先輩、私が得意なのは接近戦です」
光の十字盾を構えたまま、刹那岬が突進してくる。
刹那岬の右手にも光が収束していき、それは逆十字を示す剣となる。
これは、マズい。先ほどは盾での打撃ゆえ、焼け付く程度だったが剣での斬撃となれば、体内にまでダメージが及ぶ。
対する九々津は悪魔の魔力を右手に収束。重力の悪魔が持つ闇の武器。
「神器|【イシュタル】………!」
刃渡りが九々津の身長の半分ほどもある細身の直剣が右手に握られる。
刹那岬の、光の実態のない剣ではなく存在感のある灰色の禍々しい剣。
振り下ろされた光の逆十字剣を、ガキン! と金属質な音を立てて【イシュタル】で受け止める。
受け止められたことに対して、刹那岬は目を見開いた。
「無駄だ、刹那岬。この剣は、実態の無いものでも斬り伏せる!」
「面白いですね……《聖愛の剣舞》!」
顔が触れ合いそうなほどの至近距離から放たれた無数の光剣。
九々津はバックステップで距離を取り、【イシュタル】で光剣を叩き落としていく。
刹那岬は、格闘術においては九々津よりも上だ。しかし、剣術となれば話は別だ。
九々津は【イシュタル】を使用したことなど殆どない。しかし、剣術ならば悪魔の記憶がある。それを辿るだけで、凄まじい剣術へとなる。
剣では押し切れないと悟った刹那岬は羽を広げて空中へ舞う。九々津はそれを追うように重力を反転させて飛ぶ。
空中で灰色と光り輝く魔力が幾度も混じり合っては溶けていく。
刹那岬には、それがたまらなく楽しかった。嬉しかった。
あの先輩と、渡り合えている。
「ふふ、あははははははははははははははははは!!!いいです、いいですよ先輩っ!強くてこそ先輩です!強い先輩を倒さないと、意味が無いですから!《聖愛の天輪》っ!」
さらに高く高く舞い上がり、片手を天に向けて掲げ、天輪を創り出す刹那岬。凄まじいほどの光の魔力がその中心に集まり、《混沌の咆哮》と同レベルのエネルギー波を打ち出そうとしている。
相殺するには、属性と威力が対になる《混沌の咆哮》でしか不可能だ。
ーー相殺ならば。
魔力が充填され、眩い光の咆哮が天輪から放たれた。
腕を掲げる天使は、再び叫ぶ。
まるで、全てを光へと変えて消し去るかのように。
「先輩のっ……ド馬鹿ァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァーーーーー!!!」
放たれた言葉は、ただの罵声。
しかし、その罵声こそが刹那岬の本心でもあった。
口癖の「ド馬鹿」。そのたった一言に、どれほどの意味があるのかは九々津には分かり得ない。
それでもーーそれでも、分かりたかった。
「……俺は、何もわからない。お前の言うとおり、俺は馬鹿だから、難しいことは分からねぇよ」
沈黙。
そして。
「分かってやれなくてごめんな、後輩」
「今更…今更、謝らないでください、先輩ァァァァァァ!!!」
ああ、これが、これこそが刹那岬の本心。後輩の、本心。
きっと、不安だったのだろう。責任感があり、自責の念が人一倍強い刹那岬だからこそ、邪魔をしているのではないのかと。
隣に立てないのだろうと。
「……刹那岬。お前は、勘違いしてんだよ」
「勘違い?勘違いって、何をですかァ!」
「……刹那岬自身の、ことをだよ」
迫り来る光線は、もう目の前。
九々津は【イシュタル】の切っ先を光線に向けて、そして。
「……お前はさ。俺の隣にいたい、だなんて思う必要ないよ」
だって、さ。
「……お前はもう、俺の隣に立ってんじゃねえかよ」
ーー第二魔法拘束解放。
ぼそり、と九々津は呟いた。そして、《イシュタル》の切っ先を迫る光線に向けて、思い切り突き出した。
魔力の奔流が、《イシュタル》そのものから解放されるかのように空を舞う。流れる魔力はしだいに渦を巻きはじめ、そしてそれは円を形作っていく。そして、全てを飲み込む黒い空間が形成された。
「【イシュタル】解放ーー高位重力魔法ッ、《ブラックホール・レプリカ》!!!」
そして、世界は光と闇に包まれた。
黒い全てを消し去る空間と、白い全てを飲み込む光線が拮抗する。
相殺出来ないのならば、消しさればいいーー!
刹那岬も本気だ。どちらかの魔力が無くなるまで、止まらない。止まれない。いや、二人とももはや止める気など無いのだろう。空に舞う溢れる魔力は徐々に色濃くなってゆく。
「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおォォォォォォォォォッッッッ!!」」
二人の絶叫が重なる。
光が薄くなり、闇は晴れていく。
そして、戦慄の時は時間にしてほぼ一瞬だけで決着はついた。
光と闇の霧が晴れる。土煙と魔力霧の中で、九々津は立っていた。
そしてまた、刹那岬も立っていた。九々津のように。
ただ、嬉しそうに立っていた。
「……先輩の、ド馬鹿ッ……」
「ああ、ごめんな刹那岬」
二人で。微笑んで。
次で刹那岬メランコリック編終わりー




