第三十二話《刹那岬メランコリックX》
凄まじいほどの魔力。
それが、恐ろしい勢いで九々津たちの方向へ飛んできていた。
魔力は、もう殆ど九々津と変わらない。いや、下手をすると九々津以上だ。
「……決まりだな、天満だ」
「間違いないな。どうする、六夜?」
千堂と天狗は、天満だと完全に思っている。九々津も、これほどの魔力の持ち主は天満しかいないと思っている。
しかし、何かが引っ掛かる。
天満があっさりと見つかり過ぎている。かつ、魔法師の関係ない一般市街まで巻き込んだ攻撃をしておいて、なんの準備もなく突っ込んでくるだろうか?
九々津たちの足止めならば、学園内でも十分だったはず。
下手をすると、あの男ならば更なる攻撃のために今回は魔獣の陽動だけで立ち去っている可能性も無くはないのだ。
「……違う……。天満じゃ、ない……!」
「んな……!?じゃあ、誰だって言うんだ…って、うわぁぁ!?」
空から、凄まじい落雷が千堂に向けて落ちてきた。幸い、狙いはギリギリ外れて、落雷は千堂の2ミリ横を貫いた。
当たっていれば、即死だった。千堂は、脂汗がドッと湧いてきた。
「……『聖愛の剣】」
ーーそれは、綺麗な声。
とても悪意に満ちた、天満の声とは思えなかった。どこか、知っているような声ーー。
だが、狂気には満ちていた。
はるか遠方より、九々津たちに向けて輝く何かが飛来する。
九々津は、咄嗟に千堂と天狗の前に出て魔法を発動していた。
それは、突発的な反応。
生命の危機を察知した動物的な反応である。
「【グラビティ・シールド】ォォォォォォォォォッッ!!」
九々津は自分たちの前に、反重力の防壁を展開。物理攻撃だけでなく、炎であろうが氷であろうが反射する。
しかしーーその魔法は、シールドを通り抜けて九々津に直撃した。
「ぐああああっ!?」
「六夜っ!?」「九々津!?」
千堂と天狗の声が響く。
九々津は分かった。通り抜けたのは、魔法が炎でも氷でもなく、光だからだ。
光は、半端な重力では影響を受けない。それこそ、止めるならブラックホールほどでないと。
九々津が受けたのは、光の剣だ。それも、属性は雷ではなく聖。つまり、悪魔使いである九々津にとっての天敵である。
だが、それは相手も同じこと。
「くそが…!いって……」
「【聖愛の天輪】!!」
姿がギリギリ見えるほどの距離にも関わらず、なぜか声ははっきりと聞こえていた。
先ほどの光の剣が八本、刀身を外側にして円形に並んでいる。
嫌な予感が、九々津の脳裏をよぎる。
「……おい」
瞬間、剣の円からは凄まじい光量の聖属性の光線が発射された。
直撃すれば、死にはしなくとも致命傷なのは確実だ。
「おいおいおいおい!?」
『代われ、六夜っ!』
身体が、一瞬にして入れ替わる不思議な感覚。
サタンが、無理矢理に六夜の意識を乗っ取ったのだ。
サタンは、喉元に魔力を収束させ、迫る光線に向けて口を開きーー。
「【混沌の咆哮】ッ!」
轟ッ!と、空気を貫いて赤黒い光線がサタンの口から放たれる。
サタンの放った【混沌の咆哮】は、【聖愛の天輪】とぶつかり、それを打ち消す。
しかし、打ち消しただけで、突っ切って飛んでいくことは無かった。
それはつまり、あの魔法はサタンの魔法と同レベルということだ。
「マジか、おい……」
サタン本人も、信じられないと言った表情をしている。
確かに、サタンはまだ完全には覚醒していない。さらに、六夜の身体を破壊しないように威力をセーブした。魔力も足りなかった。
しかし、それでも上位魔獣ならば三十体ほどでも軽々と粉砕する威力はあるはずなのだ。
しかしーー相打ち。
「……あはァ、先輩、さすがですねぇ……♪」
くすり、と。
サタンの目の前に優雅に降り立ったのは、九々津も、天狗も、千堂も、サタンも、よく知っている人物だった。
髪を腰まであるポニーテールにして、きちっと着ている学生服に、綺麗なよく通る凛とした声。
「……刹那、岬……!?」
『あっ、バカ!』
動揺と混乱と驚きが入り混じり、ついサタンとまた入れ替わってしまった。赤黒い魔力は霧散し、髪と目は元の色に戻る。
以前とは明らかに違う刹那岬の膨大な魔力。
背中からは発光する煌めく翼があり、目も緋色になっている。
「ふふ、先輩、私強いですよね? これで、先輩の隣にいられますよね?」
「お前、何言って……」
「だって。私は先輩に守られてばっかりで役に立てなくてゴミ屑みたいに這って這って這って這ってそれでも先輩の隣にいたくていたくて守りたくて強くなりたくて貴方に気付いて欲しくて強くなりたくて這って這ってバカみたいに迷走して閉じ込められて外に出たくて強くなりたくて隣に立ちたくて願って叶わなくて強くなりたくてなりたくてなりたくてまた役に立てなくて這って立ち上がる気もなくしてでも貴方の隣が良かったからまた立ち上がってやっとやっとこの力を手にして強くなれて願いが叶って先輩に認めて欲しくて強くなれてあは、あははは、あはははははははははははははははははははははははははははっっっ!!!」
「……せ、刹那…岬……」
狂っている。
明らかに、なんらかの影響を受けている。魔力は暴走して溢れ、狂笑している上、あの翼。
天使が、宿っている。
なんの天使なのかは分からないが、九々津には相性が悪すぎる。
九々津は純粋に悪魔のみを宿しているのに対して、刹那岬は【アニマルソウルズ】も持っているのだ。伝わる悪魔の力は半減する。何より、刹那岬を攻撃出来るわけがない。
「……先輩、私、強いですよね?強く、なれましたよね?」
「……落ち着け、刹那岬。お前、魔力が暴走してるぞ。何があったのかは分からねぇが、とにかくーー」
「ーー何で、強いって言ってくれないんですか?」
ギラリと刹那岬の目が光る。
その目は訴えかけるかのように、鋭く九々津を映している。
あまりの迫力に、九々津は思わず後ろへ下がりかけた。
「……落ち着け?私は落ち着いてますよ。落ち着いて、落ち着いて、考えて考えて、ずっとずっと待ち続けて、その結果がコレなんです! 先輩はド馬鹿だけど凄く強くて、そのくせに鈍感で私の気持ちなんてこれっぽっちも分かってくれなくて……!」
それは、誰に聞かせるでもないただの独白。叫ぶように、響くように、独白する。
「気付いてくれないのならせめて隣で一緒にいたくて! 守られるだけなんて嫌で!隣に立ちたくて!強くなりたくて、なれなくて!ずっとずっと待ち続けたのに!なんで、なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで、なんでですかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
バチンと音を立てて、刹那岬の犬型の髪留めが落ちる。長い髪がふわりと宙を舞い、髪を振り乱して刹那岬はただ叫ぶ。
その目からは、狂乱の涙が零れて止まらない。
「……先輩が、悪いんです。ド馬鹿……先輩のド馬鹿ッ……!」
刹那岬の背中に、光が収束していく。
光は大剣の形を創り上げ、そしてーー。
「【聖愛の剣舞】!」
一振りの光の大剣が、大きく円の軌跡を描いて回る。
その軌道上に、確実に九々津を捉えている。
「ぐうっ!」
九々津は全身をギリギリまで捻り、紙一重で光剣を躱す。しかし、直後に光剣は反転し、再び九々津に向けて舞う。それも、今度はミサイルのように勢いをつけて。
身体をひねっていた九々津は、まだ態勢を直しきれない。
「やべっ……!」
光剣の先がが九々津の身体に触れ、貫くーーその、直前に。
突如として現れた水が光剣を遮り、光剣は半ばから別方向へ曲がり、消滅した。
「……【マーキュリーパレス】。小娘、お前の光剣を私の水で屈折させた。どうやら、つくづくお前と私は相性が悪いようだな」
「……そのようですね、ノエルさん……!本当に、鬱陶しい……。鬱陶しい鬱陶しい鬱陶しい鬱陶しい鬱陶しい鬱陶しい鬱陶しい鬱陶しい鬱陶しい鬱陶しい鬱陶しい鬱陶しい鬱陶しい鬱陶しい鬱陶しい鬱陶しい鬱陶しい!!!」
狂乱する刹那岬は再び【聖愛の剣舞】を生成。そして、今度はノエルに向けて光剣を飛ばす。
しかし、ノエルは避けようともせずに、九々津の前に仁王立ちしている。
「無駄だというのがわからんのか!【マーキュリーパレス】ッ!」
ノエルも同じように水の柱を創り出し、光剣を遮る。が、光剣は粉々に分散し、柱の隙間を縫うようにしてノエルに突き刺さる。
ノエルは苦悶するが、痛みに耐えて走り抜け、刹那岬の眼前まで距離を詰めてさらに魔法を放つ。
「くらえ…!【ビーナスハンマー】ッ!」
ノエルの手元に輝く【神器】が現れ、刹那岬に向けて振り抜かれる。
刹那岬はそれを躱そうともせず、蹴りで応戦しようと無謀な真似をする。
しかしーー
「【ギガ・バイト】!」
「なんだとォ!?」
ビーナスハンマーを、右脚を変化させたワニーーいや、ティラノサウルスの大顎で受け止めた。
「せあァァァァァァッ!」
裂帛の気合とともに、刹那岬は左脚を軸に回転し、ノエルごとビーナスハンマーを建物から、道路に叩きつけるように投げ飛ばす。
ノエルは吹き飛び、コンクリートの道路にぶち当たる。
「か、は……っ!」
「おい、ノエルの姐さん!?」
「人の心配を、している場合ですかっ!【ギガ・ホーン】!」
刹那岬の左腕がサイの角ーーいや、トリケラトプスの角へと変化し、数十メートルまで先を一気に貫く。
天狗はフルスピードで飛翔し、足先スレスレだがそれを避けた。
しかし、刹那岬も翼竜らしき巨大な翼を創りだし、天狗を素手で瞬殺した。
「がはぁっ!」
「天狗っ!」「列連!」
強過ぎる。なぜ、一天使が宿ったぐらいでこんな凶悪なほどの強さになるというのか。
刹那岬は今度は優雅に降り立つのではなく、コンクリート製の床が凹むほどの勢いで降りてきた。
「……先輩……。先輩が認めてくれないのなら……」
「私が先輩を倒せたなら、強いと認めてくれますよねぇ……!」
戦慄の時は、始まり始めたばかりだ。




