第二十七話《刹那岬メランコリックⅤ》
刹那岬の部屋へ入った九々津。
何やら外で刹那岬が喚いているようだが、まあ部屋を荒らさなければいいだろう。
九々津はベッドには目もくれず、窓へと目を向ける。
「……いるんだろ。こそこそせずに出てこいよ」
誰もいないはずの窓へ語りかける九々津。しかし、九々津には何かが見えているようだ。
九々津の眼は灰色でも赤黒でもなく紫に染まっていた。
「……ふん、新たな悪魔を覚醒させていたのか?」
誰もいないはずの、窓際から声がした。すうっ、と輪郭が揺らぎ、現れたのは。
「……やっぱお前か、ノエル」
輪郭はしっかりと形を持ち、赤と黒で彩られたレオタードを見にまとい、片手には巨大なハンマーーービーナスハンマーが握られている。ニヤリと笑いを浮かべ、面白そうに九々津の目を観ている。
「……その眼の色、紫ということはマモン、か?」
「流石によく調べてあるな。あぁ、そうだ。ヴェルゼバブを抑えるときに色々あってな。力を貸してくれてんのさ」
「ほう、確かマモンはヴェルゼバブのなだめ役、とか言っていたな。しかし、そんなにあっさりと能力を使えるものなのか?」
興味ありげにノエルが問いかけてくる。答える義務はない。が、義理はある。以前、暴走した咲希を止めるのに協力してもらったことがある。借り、というわけではないが、あまり九々津はノエルやゼアルを敵対視していなかった。勿論、シュドナイは別だが。
「いや、マモンが気分屋すぎるだけだ。サタンも豪快だが、マモンはなんというか……器が大きいっつうか……」
「ふむ、七大罪にもいろいろあるものだな」
「あぁ、まぁな……で、ノエル。一つ質問だ」
ーー何しに、ここへ来た?
手のひらに魔力を集中させ、迎撃体勢をとる。敵対視していない、と言っても警戒はしている。つまり、信じ切っているわけではないのだ。
ノエルはカチン、と音を立ててビーナスハンマーを肩にかける。
「あっはは、実はあの小娘から頼まれてな。お前らを強襲しに来たんだが……見つかった以上、仕方ないな」
「小娘?」
「あぁ、確か麒麟だったか、そいつからの依頼だ」
「麒麟校長が、か?」
あぁ、と頷いて肯定するノエル。ノエルは足を組み、気だるげに続けた。
「なんでも特訓とかでな。私をお前らの一時的な教官にしたかったらしいが。あぁ、それとあの動物女、第二次覚醒したらしいな」
「……お前、意外とお喋りだな」
動物女、とはおそらく刹那岬のことだろう。第二次覚醒のことも麒麟に聞いたのだろうが、それよりも九々津はノエルが饒舌な事に少し驚いた。
「私は喋るのは好きだぞ? 何を今更」
「いや……まぁイメージとは少し違ったな、と」
「お前の勝手なイメージなど知るか」
まぁ、それはそうだろう。
内心で謝ってから、九々津は迎撃体勢を解いた。この距離ならばギリギリだが【分銅】で防御出来る。
「……なぁ、ノエル。第二次覚醒ってなんなんだ? それに、何故地下牢のお前がここで麒麟に協力している?」
「待て待て、二つ同時に聞くな。まぁ……答えてはやるがな」
ふぅ、と一息つき、ノエルは口を開いて説明を開始した。
「……まずは第二次覚醒についてだ。第二次覚醒、というのは文字通り二回目の魔法の覚醒だ」
「……二回、目?」
そう、二回目だ。と、肯定してノエルは続けた。九々津は、二回目の意味が分からかった。魔法の覚醒は、最初の一度切り。もしくは、九々津のように契約かそのどちらかで、いずれにしろ二回目など九々津は知らなかった。
「二回目、というのは魔法単体としての覚醒だ。分かりやすく言えば、一度目の覚醒は本人が魔法に覚醒、つまりはその本人の覚醒だろう? だが、二回目は違う。魔法自身が覚醒することにより、魔法の質・威力ともに飛躍的に向上する」
「……つまり、魔法より強力になる、って意味か?」
「一言で言えばな。まぁ、強力などという一言では表せないのもあるが」
確かに、屋上で見た刹那岬のあの魔法の威力は尋常ではなかった。仮に、あれを使いこなせれば九々津に劣らない。
しかし、とノエル。
「……第二次覚醒はな、ハイリスクハイリターンだ。威力の向上もするが、使いこなねば暴走する確率もかなり高い。故に、あの小娘も魔法封じをしたのだろうな」
「……なるほどね。納得したよ。あんな威力の魔法が暴走したら、それこそヴェルゼバブ同等の被害が出る」
そして、もうひとつの問い。
何故、麒麟に協力しているのか。普通、ノエルのプライドの高い性格からすると協力しそうにはないのだが。
すると、ノエルは目を逸らして。
「…………し、シュークリーム……」
「……………はい?」
聞き間違いだろうか。今、ボソリとだが確実にシュークリームと聞こえた。
「……すまん、もう一度頼む」
「だからっ、シュークリームと言ったんだ! は、恥ずかしいから二度も言わせるな!」
シュークリーム……と、なんの関係性があるのだろうか。まさかとは思うが、シュークリームで釣られたのだろうか。
「……シュークリームが、どうした……」
「……め、目の前にシュークリームを皿いっぱいに盛られたんだぞ! これが我慢出来るか!!!」
「……えぇ……」
そういえば昔、刹那岬が「女の子にとって、甘いものというのはある種の魔力なんですよ」と、言っていたことを思い出した。
しかし、あまりのギャップに呆然とする九々津だった。




