第二十三話《刹那岬メランコリックⅠ》
「……あーっ、暇だ」
月読魔法学園の管理する、魔法区域。そのエリアを出て、勝手にコンビニへ向かっている学ランの生徒かいた。
目つきは悪いーーというか、ギラギラとしている。
欠伸をしながら、コンビニへ入る。学生がこんな真昼にいるのを見て、店員は一瞬補導すべきか戸惑ったが、結局は咎めなかった。
暫くいたが、結局なにも買わずに不良少年は外へ出た。
ーーそして、いつもの光景が広がる。
片手に武器を持った、不良たち。中には、何人か魔法師もいる。
そんな不良たちを、面倒くさそうな目つきで見る不良少年。
「……よぉ、この前は世話になったなぁ」
「……いつだっけ? あぁ、三日前か。すまん、忘れてた」
まるで、財布忘れた、と同じような感覚で答える。
腕に火傷のあとがある、先ほどの少年は遠目にもわかるほど、こめかみを引きつらせる。
「そぉかよ。こっちはかなり覚えてんだがな?」
「いや、あんときは腹減ってたからさぁ、どうにもよく覚えてねぇんだよな」
「ふざけんなぁぁぁ!」
絶叫し、数人が武器を片手に襲いかかる。
鉄パイプが少年の頭に向けて振り下ろされる。が、避けない。
鉄パイプが少年に触れた瞬間ーー鉄パイプは、凍りついた。鉄パイプを持っている手ごと、だが。
「つ、冷てえ! なんだこりゃ!」
苛立ったように、鉄パイプ男はそこらのコンクリに氷った手を叩きつける。が、氷は割れるどころか、コンクリの方が割れた。
とんでもない強度だ。
「はぁ!?」
「早く割ったほうがいいぞ。手ごと凍らせたから、下手すると壊死して腐り落ちる」
不良少年の言葉に青ざめ、ガンガンと氷を叩きつける。が、割れる気配は一向にない。
「ちくしょう! ちくしょう!」
仲間の何人かが氷を武器で殴りつけるが、ヒビすら入らない。
苛立った男の仲間の一人が、金属バットで殴りかかる。
が、少年から紅蓮の炎が舞い上がり、金属バットが溶け落ちる。
「なっ……」
「あぁ、邪魔邪魔」
溶け落ちたバットを見つめ、呆然とする男の顔面に裏拳を入れて吹き飛ばす。まるで、その辺の石を蹴飛ばしたのと同じ反応だ。
手が氷づけになった男に近づき、氷に足をおいてそのまま氷を砕く。勿論、相手の骨ごと、だが。
「ぎぃああああああ!」
「あーうるさい。ちょっと黙れお前」
「げへっ!」
ガンッ! と泣き叫ぶ男の頭を蹴飛ばし、気絶させる。
周りにいた不良たちは、振り返るともういない。恐らくは逃げたのだろう。
不良少年は、溜息をついた。
「……誰か、俺を満足させてくれねえかな」
ーーーーー
一ヶ月後。
九々津は無事退院ーーするはずだった。
が。
「ぐぅぁぁぁあああ……! お、と、な、し、く、しやがれぇぇぇ!」
九々津は病室の中で、凄まじい魔力を放出していた。無論、故意にでは無い。九々津に宿る【七大罪】の悪魔たちが、九々津の中で暴れているのだ。
「おい! てんめぇ【強欲】、落ち着けや! 【色欲】もだ! おいサタン、なんとかしろ! なにがあった!?」
『知るか! あぁもう、てめぇら一度落ち着け! 無理に出ると暴発すんぞ!……ふう。六夜、外でなにかあった。他の奴らが興奮してる理由は知らんが、確実になにかあったな』
「……なにかってなんだよ」
『それは知らん。魔法に関することなのは確かだが……』
困ったような声を、頭に響かせるサタン。そんなことを言われても、九々津も困る。とにかく、いつまた暴走するかわからない。外にいく時は注意しないとな……。
それから二時間後、医師からの許可がおりて、無事退院した。
ーーーーー
「……………はぁ」
月読魔法学園、屋上。
竜胆 刹那岬は、授業中にも関わらず、九々津がいつも寝ていた場所に寝転んでいた。
予定だと、九々津は今日退院だろう。それは喜ばしいことだ。
が、刹那岬は少し憂鬱だった。
考えてみれば、自分は九々津に頼り切りだ。島の時も、今回も。
特に今回は、助けに行って逆に足手まといになってしまった。
もちろん、九々津なら
「いいんだよ。後輩は後輩らしく守られとけ」
というだろうが、それでは駄目なのだ。
「……もっと、先輩の力になりたい。隣で、戦いたいです……」
刹那岬は俯き、悲しげな声を出した。自分では、遥かに九々津には届かない。ノエルの襲撃以来、九々津が強いのは【七大罪】のせいだと批判する者も多く出てきた。
だが、それは殆どが悪魔に詳しくない生徒だ。
知っていれば、どれほどの代償を払わなくてはならないか見当もつかない。
悪魔は、契約の時に対価としてなにか大切なものを失う。
それがなんなのかは、刹那岬には理解し難いほどの大きなものだった。
先輩に会いたい。先輩と一緒にいたい。
そんな気持ちだけが膨らんでいく。
「……うじうじしてても仕方ありません。魔法の訓練でもしますかね」
はぁ、と溜息をつき、立ち上がると【バイト】を虚空に放つ。続けて、バク転しながら【フィン】により、翼を生やして旋回。そのまま空中で【ボルト】を放つ。美しい青色の電流が、空へ流れる。
いつも通りの、一連の動き。
だが、これでは駄目なのだ。いつも通り、では何も変わらない。
その後、刹那岬は様々な型を繰り出し、新しい型も作り出そうと試みた。しかし、結局は失敗し、汗だくになっただけだった。
「……くっ……」
「後輩クン、お困りかな?」
不意に後ろから声を掛けられ、疲労でゆっくり振り向く。
そこには、赤髪の美少年ーー九々津と同学年のAクラス所属の、《日々蔵 陽人》が爽やかな笑みを浮かべて立っていた。
「……ふむ、君の魔法はソウルズ系統。それも《アニマルソウルズ》か。うん、いい型だよ」
「……あぁ、ありがとうございます」
日々蔵と九々津は、僅かながら声が似ている。
ほんの少しだけ、九々津が来てくれたのかと期待してしまい、落胆する。
ふふ、と普通の女生徒ならば一発で惚れてしまいそうな笑みを浮かべ、刹那岬に近寄ってくる。
「でもね、少し順番が悪いかな? もうちょっと、こんな感じに……」
「きゃっ!? ちょっ、いきなり触らないで下さい!」
手を掴み、型をとらせようとして来たため慌てて振り払い、日々蔵から離れた。
「おいおい、傷つくなぁ。Eクラスなんかより余程上手く教えられる自信はあるのにね?」
「……それは、六夜先輩の事を言っているのですか?」
怒りを込めた眼差しで、日々蔵を睨みつける。しかし、日々蔵はそんな事など知らず、饒舌になる。
「まぁね。だって、あいつは【七大罪】を宿しているから強いんだろ? 悪魔使いの生徒はなんだか批判して来たけど、全員燃やしてやったよ。おっと、殺してはないからね? そんな怖い眼をしないでくれよ」
「………………」
もはや、怒りを通り越して呆れてしまった。
自分の意見に賛成しなかったから、燃やした?
日々蔵の魔法は炎に関する事だとは聞いた。学年で特殊なSクラスをのぞけば、トップだと言うことも。
当然、美少年な事もあり、ファンも多いのだがこんな自己中心的な人物だとは思わなかった。
「そんな事より、魔法なら教えてあげるよ。ほら、おいでよ?」
「こないで下さい! 私は貴方が嫌いです!」
「そんなハッキリ断られると、余計に燃えるね?」
自分は全く嫌われているとは思っていないのか、どんどん刹那岬との距離を詰めていく日々蔵。
もう我慢ならない。
日々蔵が刹那岬の華奢な肩に手を置き、顔を近づけた瞬間。
ーー刹那岬の中で、何かが切れた。
「……さい」
「ん? なぁに、良く聞こえな……」
「うるさいって言ったんですよォォォォォォォォォ!」
刹那岬は右足を振り上げ、問答無用で【バイト】を放つ。
そう、放ったのは【バイト】のつもりだった。
が……放つ瞬間、いつもとは違う感覚がした。まるで、本当に獣と化したような感覚。
日々蔵ならば、簡単に受け止められたであろう攻撃。
しかし、日々蔵は嫌な予感がして、直感のままに上体を逸らす。
予感は、的中した。
刹那岬が放った【バイト】は、いつもの威力とは桁外れだった。空を切る【バイト】は、そのまま遥か離れた、魔法水タンクの壁に噛み跡をつけた。大きさは、ワニのものではなく、まるで恐竜が噛んだようなーー。
「……危ないなぁ」
その声に、刹那岬はハッとなる。
日々蔵が、凄まじい形相で自分を睨みつけていたのだ。
「……君も燃やされたいのかい?」
日々蔵の全身から、紅い炎が燃え上がる。
左腕には《神器》らしきものが装着され、それも燃え盛り紅くなっている。
刹那岬は逃げようとした。が、ここで逃げてはいつもと同じだ。
刹那岬は震えを無理矢理に抑え込み、自分の爪を虎の爪に変化、硬化させて伸ばす【クロー】、そして左腕はサイの角に変化させる【ホーン】を使い、構える。
それを見た日々蔵は、ニヤリと笑う。
「……へぇ、僕と戦る気かな?」
「えぇ……先輩を馬鹿にした罪は重いですよ」
ギラリと野獣のような鋭い視線を浴びせ、刹那岬は飛びかかる。
槍と化した左腕を突き刺すことを躊躇せず、日々蔵の胸元目掛けて思い切り左腕を突き出す。が、日々蔵から凄まじい熱波が放出され、刹那岬は思わず左腕を引っ込めた。
「ほらほら、どうしたんだい?」
熱波を放出したまま、ゆっくりとした足取りで近づいてくる日々蔵。
近づけない。
日々蔵の魔法ーー【バーン】は、単純明快な熱の魔法。
任意のものを熱源とし、そこから熱波を放ったり、炎を噴き出したりする。
ただそれだけの魔法だが、自由度がかなり高い。選ぶ場所の制約といえば、実体のないものは熱源に出来ないという一点のみだ。
故に、どこから攻撃がくるか分からない。例えば、今立っている地面からもーー。
「……っ!」
刹那岬は足元に魔力を感じ、咄嗟に地面を蹴って後ろへ跳ぶ。
予感は当たり、地面からは炎の柱が建つ。
刹那岬は地面では不利だと思い、翼を広げて空に浮く。
「無駄無駄。むしろ、飛んでくれた方がありがたいね」
日々蔵はコンクリを溶かし、溶けたコンクリの液体を掬い取り、刹那岬へと投げつける。
「っ!?」
ジュッ、と肉の焼ける嫌な音。
身体にこそ当たらなかったものの、翼の一点が焼けている。
痛みに顔を顰め、さらに高度を上げる。だが、そんな事はお構いなしにコンクリの液体弾丸は刹那岬を襲う。どうやら、ノーコンなだけで届くのは届くらしい。
これではこちらから攻撃出来ない以上、的と同じだ。
刹那岬は加速し、日々蔵の上空を高速回転する。さすがに目が追いつかないのか、日々蔵も投げられないようだ。刹那岬が霞む程まで加速すると、日々蔵に向けて急降下を始める。勿論、速度は落とさずに、だが。
このまま、背中をぶち抜く。そんな勢いで蹴りを放つ刹那岬だが、日々蔵から放たれた熱風により、逆に吹き飛ばされて壁に打ち付けられる。
背中に鈍い痛みが走り、ヨロヨロと立ち上がる。
「無駄だってば。一年が二年に敵うわけないだろ?」
日々蔵のため息混じりの声を無視し、刹那岬は【ホーン】を繰り出す。が、あっさりとよけられ、地面からの炎によって対魔法制服が微かに焦げる。刹那岬本人には凄まじい熱。たまらず転がり、距離を取る。
「っ……! 撤回、して、下さい! 六夜先輩は、卑怯ではありません!」
「しないよ」
日々蔵は馬鹿にしたようにケラケラと笑う。
刹那岬は悔しさのあまり、歯噛みする。もう限界だ。
「それにさぁ、なに? 悪魔と契約したからそれ相応の物を失いました、だから僕は可哀想な少年です、って? ムカつくよね、そういうの。同情して欲しいだけなんじゃない?」
瞬間。
日々蔵の僅か二ミリ横の空間を、「何か」が穿つ。
ゴッ、と空気が貫かれる音と共に、背後のタンク、コンクリ、地面を貫き、穿ち、削り取る。
尋常ならざる、まるで大砲でも打ったのかとすら思う威力。
目の前には、【ホーン】の数倍の大きさの角を振り抜いた刹那岬が、鬼の形相で日々蔵を睨みつけていた。




