第二十一話《陽見池グラトニーⅧ》
飲み込む。
大気を、街を、魔力を飲み込む。
空腹し、飢える悪魔は止まらない。
全てを飲み込み、喰らうーー。
「ろ……六夜、なんだありゃ!?」
「……陽見池だ。ただし、ヴェルゼバブが外へ出た状態の、な」
ちっ、と舌打ちをして九々津は答える。
陽見池の目は虚ろに、美しいサファイアの色だけが輝いていた。
髪も蒼く蒼く染まり、ゆらりと揺れる様はとても美しい。
【暴食のヴェルゼバブ】。その能力は、空間を裂くことではない。
ーー喰らう、のだ。
「……刹那岬、よく陽見池が空間に穴開けてたろ?」
「は、はい。あれって空間を切って……」
「違う。喰ってんだ。そして、すぐに空間が閉じる、ってわけさ」
「しかし……なんで覚醒なんか……?」
当然の疑問を、天狗が口に出す。
九々津がそれに答える。
「……あいつの中にいるのは、暴食を司る七大罪だ。おそらく、かなりの間何も食べてなかったんだろう。耐えかねたヴェルゼバブが出てきたのさ……」
『正確にゃ、100分間だけどな』
脳内にサタンの声が響く。
だが、今はそんな時間のことなどどうでもいい。もう、タイムリミットは過ぎてしまったのだから。
九々津には、なにも出来ない。魔力が、尽きてしまった。
刹那岬も天狗も、半端な魔法では飲み込まれる。
九々津は歯噛みした。なにも出来ない自分を嘲笑うように、陽見池の侵食速度は増していく。
勿論、腹が満たされればヴェルゼバブは引っ込む。が、それまで陽見池の身体が耐えられるとは思えない。
ゆっくりと、陽見池ーーいや、ヴェルゼバブがこちらを向く。
瞳孔の開いた、蒼い瞳が無気力に三人を映し出す。
口を歪に開き、不気味に笑って、ただ一言。
「…………オイシソウ……」
その言葉に、三人は即座に反応し、その場から飛び退く。
ヴェルゼバブは一瞬で地に降り立ち、九々津のいた場所を喰らう。
戦慄。九々津はさらに距離をとる。
が、喰らいつけなかったと認識した瞬間、ヴェルゼバブは九々津目掛けて突っ込んできた。
九々津は飛んで避けようとしたが、魔力が無い事を思い出し、横に思い切り転がる。
転がった瞬間、九々津の黒い靴をヴェルゼバブが掠め、靴裏が少し齧り取られた。
「んなもん喰って、腹ァ壊すぜ!」
「キミハ……オイシイノ?」
天狗がヴェルゼバブに向けて、威嚇の【言霊風切】を放つ。が、ヴェルゼバブは【風】の刃を掴み、噛みちぎる。
「はぁ!?」
「オイシク……ナイ!」
ヴェルゼバブは叫ぶと、顔を歪めて天狗へと駆け出した。速い。一瞬で天狗との距離はゼロになり、天狗は慌てて飛び上がる。が、足を掴まれてガクリと態勢を崩す。
喰われる。
そう確信し、ヴェルゼバブが口を開いた瞬間ーーあたりに光が撒き散らされた。
「【フラッシュレイン】!」
カッ! と、突如として天狗の後方より放たれた光の雨。
天狗はそちらを向いていなかったため、目は無事だが、ヴェルゼバブは直に食らったのか、驚いて目をつむり天狗を離す。
天狗はその隙を逃さず、後ろへと飛ぶ。
「…………メ、イタイ……」
ゴシゴシと目をこするヴェルゼバブ。
天狗が飛んだ先には、サタンに一瞬でのされた男ーーゼアルがいた。
「ちっ。普通は悶えるレベルの光だぞ……」
「……おいおいおいおい、なんでアンタが俺を助けてんだよ?」
至極当然の質問を、天狗はゼアルに投げかける。
ゼアルはなんでもない口調で答えた。
「いや、お前が喰われそうだったからだろう?」
「…………はっ? いやいやいやいや、だからなんでそれで? お前、六夜とか襲ってたよね?」
「ん? あぁ、お前たち何か勘違いしていないか?」
「へっ?」
勘違いとは、なんだろうか。
ゼアルは眼が回復しかかっているヴェルゼバブを警戒しつつ、再び答える。
「私たちの目的はあくまでも【七大罪】そのものだ。だから、六夜と言ったか、あの男から【七大罪】を引きずり出すのが目的であって、別にお前らと敵対するつもりなどこれっぽっちもないのだよ」
「……うそん」
「嘘などついてどうする。どのみち、このままでは私たちも危ないのだ。……おい、【七大罪】。アレを止める方法とか知らないのか?」
天狗を軽くあしらい、魔力が無くなって肩で息をしている六夜に声をかける。
六夜はゼアルの方を向こうともせず、答える。
「……一つは、ヴェルゼバブが満足するまで食わせる。けど、それまで陽見池の身体が持たない」
「……一つ、ということは他にもあるのか?」
「あァ、二つ目は倒す。が、無理だ」
「だろうな」
ゼアルは即座に肯定した。が、あの荒れ狂う暴食の悪魔を見れば、誰であろうと肯定するだろう。
「……では、三つ目は?」
「……俺が、触ることだ。俺の身体にはヴェルゼバブより高位のサタンやルシファーがいるし、なだめ役を買ってるマモンもいる。触りさえすりゃ、なんとか収められるはずだ」
「……この荒れ狂う魔力を掻い潜ってか?」
周囲には荒ぶる風が吹き、とても生身では近づけそうにない。
だが、やらねばならない。
九々津は膝を使って立ち上がる。
そのまま吸い寄せられるように陽見池へと歩いていきーー。
「まぁ待てよ。一人じゃこの課題、終わらねぇんじゃね?」
「ですね。先輩は要領が悪いですから」
二人が、六夜の前に立つ。
天狗はいつも通りニッ、と笑い刹那岬は少し微笑んでいる。
何故笑っているのか、九々津には理解出来なかった。
だが、それでも、九々津は笑った。
「……くっ、ははははっ。そうだな。一人じゃ厳しいし、手伝ってくれよ?」
「はいはいっと。仕方ねぇなぁ、後で奢れよ?」
「ですね」
何気ない会話。
だが、それはいつも通りでは無く、一人足りなかった。
陽見池が、足りない。
ギラリ、と九々津の目が光る。
「……行きますよ、先輩っ!」
刹那岬は九々津に抱きつくと、背中から鷲の翼を生やし、地から飛び立つ。
「……トリサン、オイシソウ……」
虚ろな目が、刹那岬を捉える。
空間が開き、飛翔する刹那岬を喰らうべくヴェルゼバブも口を開く。
全てを飲み込む悪魔の口が、大気ごと吸い込み気流が乱れる。
「くっ……ま、まっすぐ飛べません……!」
ふらふらとよろけ、態勢が安定しない刹那岬。
これでは近づけない。
が、突如として気流が安定した。振り返ると、天狗の周りに幾つもの魔法陣が展開されていた。
「行け! 風は気にすんな、俺がいくらでも安定させてやるよ!」
「……っ、ありがとうございます!」
これほど天狗の魔法が頼もしく思えたことは、六夜にもなかった。
荒ぶる気流は天狗がすべて【風の言霊 (スフィアワード)】で風と対話し、退けてくれる。
そして、二人は飛ぶ。
友人を救うため、友人へ向けて。
どうも、月影です。
更新遅れてすみませぬ。次回はちゃんと一週間後になると思いますので。




