第十八話《陽見池グラトニーⅤ》
「先輩を傷付けるのは、神でも悪魔でも天使でも許しません」
足をワニへと変化させ、ビーナスハンマーを受け止めるポニーテールの少女。ギャリ、と靴底から嫌な音をさせ、身体を回転させてノエルを投げ飛ばす。
「……先輩、大丈夫ですか?」
倒れた自分に手を差し伸べる後輩、竜胆刹那岬。
九々津はその手を取り、立ち上がった。
「ああ、大丈夫だ。ありがとう、刹那岬」
謝礼の言葉を述べ、手を取った瞬間、刹那岬の頬が紅く染まった。何故だろう。
まぁいい。今はこいつを倒すのが先決だ。
投げ飛ばされたノエルは綺麗に着地し、既に態勢を整えていた。
「おのれ、余計なことを! 邪魔するな、有象無象が!」
激昂し、凄まじい速度で突進してくる。ビーナスハンマーを振るい、刹那岬をターゲットに捉える。
刹那岬は背中に鷲の翼を生み出し、飛んで躱す。足の指の下わずか五ミリを金色の球体が通過する。
怒り狂っていたためか、九々津が目に入っていない。
態勢を直した九々津は、ノエルに向けて【分銅】を発動。が、【グラビティプレス】をも破ったノエルにそんなものは効かない。
ノエルは無視して刹那岬へと突っ込む。
が、足元が突如として消失し、ガクリと転ぶ。
「なっ……!?」
足元を見ると、屋上の地面が、円形に陥没している。それも、ちょうどノエルが転ぶような位置と大きさで。
「効かないのはわかってんだよ! 即席のトラップだ!」
「貴様……!」
立ち上がり、ハンマーを掲げる。が、刹那岬がそれを許さない。
鷲の翼を目一杯に羽ばたかせ、急降下して背後からの蹴り。
ノエルの背中を足場に翼を畳み、ぐるりと回転して【バイト】を放つ。
「ぐっ、おのれ……!」
ガシリ、とワニの顎を両手で抑え、噛まれないようにする。
しかしその手は震え、ビキビキと音を立てている。
当然だ。本来、ワニの顎など人が支えられるはずがないのだ。
それをノエルは魔力に任せ、力尽くで止めているのだ。馬鹿げている。
「ぬう……ううあぁぁぁぁぁ!」
ノエルは顎を支えたまま、刹那岬を持ち上げ、思い切りコンクリートの地面に叩きつける。
叩きつけられた瞬間、刹那岬の視界に星が明滅した。
ぐるり、とノエルはすぐさま振り向き、九々津へと【マーズメテオ】を放つ。が、九々津は先ほどのような失態はせず、【グラビティプレス】で全弾を地面へめり込ませる。
「なっ…!」
「【グラビティバレット】!」
九々津は掌から、重力の弾丸を打ち出した。大きさはボウリングの球ほどか、それでも充分なスピードでノエルを襲う。
ノエルは身体を捻ったり、バク転したりの曲芸じみた動きで躱していく。当たらない。
「【バインド】!」
空中を舞うノエルに向けて、蛇が伸びる。蛇はノエルを捕縛し、その軽やかな動きを止める。
「ナイス、刹那岬!」
その一瞬の間隔を逃さず、九々津は重力の球をノエル目掛けて乱発する。ノエルはジタバタ暴れるが、ほどきにくいのか脱出出来ていない。
ノエルが身をよじった瞬間に、重力の弾丸は爆発し、あたりに灰色の閃光を撒き散らした。
「……よし、命中」
「ですね……」
もうもうと立ち込める煙。
その中から、ノエルが立ち上がる姿は見えない。
刹那岬がふうっ、と息を吹き出し、安堵した瞬間ーー。
煙の中から、金色の球体が飛んできた。
美しい装飾のなされた球体は、的確に九々津を捉え、壁に叩きつける。驚愕の声も出す暇がなかった。
叩きつけられた背に、鈍い痛みが走る。
「先輩っ!?」
絶叫する刹那岬。
立ち込める煙の中から、ビーナスハンマーを片手にゆらりと立ち上がるノエル。
ノエルは頭からは血を流しており、息も絶え絶えだった。
「今のは、さすがにマズかった……。私もかなりのダメージだ。腐っても【七大罪】だな、九々津六夜」
「くっ……【ボルト】!」
九々津へとゆっくり近づいていくノエルに向けて、電撃を放つ刹那岬。が、その雷は片手で払われ、霧散する。
「邪魔だ!」
ビーナスハンマーで薙ぎ、刹那岬を吹き飛ばす。
フォン、フォンと手の中でハンマーを二回転させるとそれを空へと掲げた。
「我が命の下に、顕現せよ! ……【サターン……インパクト】ォォォォォォォォォォォォッッッッ!!」
ノエルが叫び声で空気を震わせた瞬間、周囲を多い尽くす影が生まれた。
それはーー先ほど九々津がぶっ壊した隕石の数倍はあろうか大きさ。
それが、空から降ってきているのだ。
「やっべ……!いけるか!?」
ヨロヨロと立ち上がる九々津。
ノエルはというと、彼女もあれはキツいのかビーナスハンマーにすがって立っている。
刹那岬は柵に打ち付けられた時に何かしら傷を負ったのか、立てないでいる。
「くっそ、サタン!」
『……無理だな。魔力がない』
九々津は歯噛みした。
魔法を使いすぎたのだ。【花火】、【分銅】、【竜巻】、そして【グラビティプレス】に【グラビティバレット】の乱発。そして初発の【混沌の破壊拳】。一体今の九々津にどれほどの魔力が残っていようか。
「ふふ、どうした大罪。止めてみせろよ」
「くっそ……! 舐めた真似しやがって!」
悔しげに毒づく九々津。
いくら壊したくても、その壊すための魔力が九々津には無いのだ。
刹那岬は動けない。
まさに絶体絶命、万事休すである。
ーーそのはず、だった。
「ーーーーはっ?」
「ーーーーあ?」
消えた。
隕石が、消失した。
まるで、何かに飲み込まれたかのように。
空には、凄まじく巨大な空間の裂け目が出来ていた。
カツ……カツ……。
カリ、カリ、カリ……。
階段を登る音。
なにかの食べ物を齧る音。
キィッ、と魔鉄の扉を開き、現れたのはーー。
「……六夜、大丈夫?」
呑気にチョコレート菓子を喰む、陽見池 咲希だった。
月影です。クリスマス企画と新しい小説で忙しいので次回更新はちょっと遅れます。すみません。




