第十七話《陽見池グラトニーⅣ》
午前八時半。いつもならば、屋上にいる九々津のところへ行く時間だ。
だが、今日は行かない。いや、行けない。あんな恥ずかしいセリフを言った後に会う? 絶対無理。砕け散る。
「うーうー……」
「ったく。竜胆さんもヘタレだなあ」
「うーうー……」
「あーはいはい。わーったよ。多々羅ちゃんは無理は言いません」
なんて言って諦める離理倉。
授業が始まる。そこで、異変に気がついた。
愛、初、玲、明の四人がいない。
……まさか。
「(ぜっっっったいに、屋上です……!)」
刹那岬はワナワナと身体を震わせた。何故かは知らないが、今自分が授業を受けている最中に、九々津が四人とイチャイチャしているかと思うと無性に腹が立つ。イライラしながら授業を受けるが、全く頭に入らない。
爪を噛むほどにイライラし出した。先輩のド馬鹿。ド馬鹿、馬鹿、馬鹿馬鹿馬鹿。もう知らない。
心の中で一人で勝手に不貞腐れる刹那岬。そのうちノートを取るのも嫌になってきた。
四バカを連れ戻そうと、教師に抗議しかけたところでーー。
爆発音が、上の階から聞こえた。
聞こえたのは刹那岬だけないらしく、他の生徒もざわついている。教師が避難誘導を始めた。が、刹那岬はおとなしくしたがってやるつもりなど無い。
「ーー【ステルス】」
途端、スゥッと刹那岬の姿が消えた。いや、消えたかのように見えた。カメレオンのごとく、身体を周りの色に合わせる魔法だ。どうせこのパニックだ。自分一人が消えたところで、今すぐに気付かれはしない。こそこそと、泥棒のように教室から抜け出し、刹那岬は屋上へと向かった。
ーーーーー
「オリアス、ね。天体や占いの悪魔か」
「ああ、そうだな。貴様が【七大罪】全てを所有しているかはともかく、憤怒と怠惰は持っているらしいな」
ククッ、と不気味にノエルが笑う。
対する九々津は、いつものように眠そうな表情ではなく、ノエルを睨みつけていた。
同じ、悪魔使い。
九々津は、内心で舌打ちを打った。
ーー違う。こいつじゃない。
あのとき、九々津の妹を喰い殺したのは獣の悪魔使いだ。少なくとも、天体の悪魔使いではない。
いつになれば、俺は、俺はーー。
「ククッ、なんだ。ずいぶん悔しそうだな、大罪持ち」
「……ああ、残念だな。お前みてぇな三下が相手でよ」
そういうと、微かにノエルの眉が動いた。それも、かなり不機嫌そうに。
「ほう、ずいぶんと粋がるな」
ノエルは天高く右手を掲げる。そして、その手の平に紅の魔力を集める。
「我が命の下に、顕現せよ! 【マーズメテオ】!」
手の平の魔力が数十の球体へと変化し、九々津へ向かって一直線に向かってくる。が、九々津は避けようともしない。ニヤリと笑うと、九々津も両手を広げ、
「【花火】!」
空中で二つの炎が入り混じり、相殺され、炎の欠片が、煙と爆風と共に辺りに撒き散らされる。
ノエルは舌打ちすると、再び手を掲げる。
「我が命の下に、顕現せよ! 【マーキュリーノイズ】!」
音波状に広がった水が、今度は不規則に九々津に向けて放たれる。が、それをのんびりと構えている九々津ではない。放たれる直前に走り出し、攻撃地点を予測して避けながらノエルに接近する。
「なっ!?」
「堕ちろ! 【分銅】!」
今度は九々津が仕掛けた。宙に浮くノエルの頭上に魔法陣を展開し、重力をかける。
「ぐうっ!」
ノエルに通常よりも遥かに強い重力が掛かり、飛ぶ態勢が崩れる。
すかさずぐらついたノエルに向けて【竜巻】を放つ九々津。風の奔流がノエルを飲み込み、蹂躙する。
「っ、く! 調子に乗るな、人間!」
広げていた翼を仕舞い、風を斬り裂いて地へ降り立つ。
降りると同時に、九々津との距離を一気に詰め、殴りかかる。ーーハンマーで、だが。
「我が命の下に、顕現せよ! 【ビーナスハンマー】!」
魔力が集まり、ノエルの手に金色のハンマーが現れる。それを振りかぶり、思い切り振り下ろす。ガードした九々津の右腕が、ミシリ、と嫌な音を立てて、九々津が吹き飛んだ。
校舎の壁に叩きつけられ、思わず九々津は呻いた。だが、ノエルは止まらない。
ふらつく九々津にハンマーの追撃を加え、炎の弾丸を浴びせかける。
「ぐああああああ!」
「あはははは! どうした大罪!貴様の魔法を見せてみろ!」
ハンマーを振るう速度をさらに速めるノエル。ギラリ、と九々津の眼が光りーー。
「【グラビティプレス】!」
カッ、と灰色の魔法陣がノエルの真上の真下に現れ、一気に重力をかける。後輩四人組は効果圏内に入っていない。屋上の地面に這わせて魔法を発動したため、中にいる刹那岬たちに影響はない。つまるところ、あまり害はない。
が、ノエルは別だ。
先ほどまでとは比較にならない重力が、上と下の両方から挟み込まれる形で、浮いている。
「ぐ、うううううう……っ! な、めるなァァァァァァ!」
「なっ!?」
九々津は目を見開いた。
なんと、ノエルは自らの身体一つで、力任せに重力圏から逃れたのだ。
バキバキと魔法陣を砕き、無理矢理に地に足をつける。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおォォォ!」
ついに、脱出された。
まさかこんな力づくの方法で脱出するなど、思いもよらなかった。
ぜぇぜぇと息を切らしながら、ノエルは手を九々津にかざす。
「我が命の下に、顕現せよ! 【マーズメテオ】!」
「【花……っ、ぐああああっ!」
【花火】で対処しようとした九々津だが、先ほどとは明らかに違う量の【マーズメテオ】が放たれ、相殺しきれずに九々津にぶち当たる。
九々津の身体が炎に包まれ、火の粉が舞う。
「ぐっ、【竜巻】!」
全身の炎を払おうとし、自身に風を巻きつける。視界が効くようになると同時、ハンマーが横薙ぎに振られ、吹き飛ばされる。
ーー強い。
「くっ、そが! サタン! 他の大罪、起こせないか!?」
『……グッスリだな。無理だ』
ダメか。
正直、ベルフェゴールだけではキツい。迫るハンマーをなんとか受け流しながら、対抗策を考える。
ビュンビュンと空気を潰すハンマーは、金星そのものだ。威力は、何度も食らって体感している。
脇腹に命中した瞬間、九々津は自ら横へ跳んだ。衝撃を自ら緩和したのだ。
「くっそ、なんだあの《神器》、強過ぎだろ」
立ち上がりざまに愚痴をこぼす九々津。《神器》ーー【ビーナスハンマー】。天体である金星の力をやどしたハンマー。その威力は計り知れない。
ノエルは、犯罪魔法師ではない。が、生徒に危害を加えたとあっては、もはやそれ扱いだろう。
九々津は痛む腕を上げるーーしかし、痛みにより一瞬の隙が出来る。
それを逃すノエルではなく、一気に距離を詰め、ハンマーを振り上げる。
「しまっ……」
気づいたときには、遅かった。このまま行けば、間違いなく九々津の頭を砕き、脳漿をぶちまけるだろう。
金色が目の前に迫り、そしてーー。
ワニの大顎で、受け止められた。
「……先輩に、なにをしてるんですか」
癖っ毛のあるポニーテールが揺れると同時に、ノエルの首に鋭い蹴りが入る。無防備な態勢になっていたノエルはいとも簡単に吹っ飛び、鉄柵にぶつかる。
「ぐあっ!」
「先輩を傷付ける奴は……例え」
スカートが、風にはためく。
ポニーテールが、揺れる。
構えた右手には、《神器》タイガクロウが嵌められている。
そのシルエットは、凛とした声で宣言する。
「神でも悪魔でも天使でも、許しません」
刹那岬は、怒っていた。




