第十六話《陽見池グラトニーⅢ》
「私に勝てたら、九々津の場所を教えてあげる」
キンッ、と甲高い音を鳴らし、両手に魔法陣を創り出す咲希。
《十字軍》の青服はニヤリと笑い、右手に青い炎を生み出した。
「その言葉を待っていました」
それを合図に、二人の魔力がぶつかり合う。
青い炎が青服の手のひらから燃え盛り、それが鳥の形へと変幻して咲希へと飛んでゆく。
しかし咲希は、目の前に魔法陣を展開し、それを防ぐ。
「素晴らしい!ならば血で染めるつもりで行きましょう!」
今度は全身から青い炎をほとばしらせ、それが数十もの鳥へと変わる。
咲希はガッ、と両足をしっかりと地へつけ、踏み締める。
一斉に火の鳥たちが咲希へと集中する。が、咲希は魔法陣を両手に展開し、空中で全て叩き落とす。
「……魔法陣そのものを武器とする魔法? 見たことがありませんね」
「レアな魔法だからね!」
そのまま空中で旋回し、両手の魔法陣を青服に向けて投げつける。回転しながら魔法陣は飛んでいく。下手な刃物よりよほど切れそうだ。
表情をかえ、魔法陣と魔法陣の間をすり抜けるように前転で避ける。
起き上がりざまに炎の鳥を放つが、咲希にやすやすと弾かれる。
苦々しげな表情をし、さらに放つも全て弾かれている。
「くっ……!」
圧倒的に優勢な咲希。
誰もが咲希の勝利を確信していた。無論、刹那岬とて例外ではなかった。しかし、二つの懸念を払えなかった。
「……陽見池先輩、私が見たのと違う魔法……?」
そう。
一つは、以前に刹那岬が見た咲希の魔法ーー空間で喰い尽くす魔法ではなく、魔法陣を実体化させる魔法だということ。
そして、もう一つは、九々津が【七大罪】を従えている、ということだ。
しかし、刹那岬は違うと思っていても、心の奥底ではその考えを否定出来ないでいた。
「(違う。先輩が、【七大罪】なわけが無い。そうだよ。そんなわけないでしょ? でも、じゃあなんで私が【魔法撃退師】になりたいって言ったときにあんなに動揺したの?)」
地の底深くへと落ちていくように、マイナスの思考は止まらない。もしも、九々津が【七大罪】だったならば、自分は、自分はーー。
「(……あれ?)」
九々津が【七大罪】だったとして、なんなのだろうか。
刹那岬自身は【魔法撃退師】になりたくとも、別に【七大罪】に恨みはない。
九々津が【七大罪】を従えていたとして、こちらになんのデメリットがあろうか。
いや、むしろ【七大罪】が九々津に友好的ならば、強い魔法師がいるというメリットしかないではないか。
それを考え終わってから、刹那岬はクスリ、と笑った。
「ん? 竜胆さん?」
「いえ、ふふ、なんだかおかしくなってしまいまして」
「へ? なにが?」
離理倉が首を傾げる。
刹那岬はそれを見て、心底おかしそうに。
「いえ……私、とことん先輩を嫌えない思考なんだなぁ、って」
満面の笑みで、刹那岬はそう言った。
シン、と静まり返る刹那岬の旧友たち。
次の瞬間には、咲希が青服を倒し、そして刹那岬の旧友(男子)数名が崩れ落ちた。
「へ、へっ? なに、どうしましたか?」
「終わった、俺の青春……」「九々津六夜ゥ……」「地の底に落ちろ……!」「血の海に沈めてくれる……!」
などと、口々に嘆いていた。
女生徒も黄色い悲鳴をあげ、顔を真っ赤にしている。
数瞬して、刹那岬は自分のセリフの恥ずかしさを知り、しゃがみ込んで黙った。
「…………」
「や、まあ気にすんなよ竜胆さん。大丈夫、みんな協力するから!」
「みんな、どうしたんだい?」
ツインテールをなびかせ、棒状のチョコレート菓子を齧りながら、戦いを終えたのであろう咲希が近づいてきた。青服は、その辺に転がって伸びていた。
「あ。陽見池先輩。終わったんですね?」
「うん。でもあれ、多分下っ端だよ。まぁ、教会の方も六夜が【七大罪】だってこと、あんま信じてないのかな?」
そう言って、その場は終わりへと向かい、事態も収束した。
ーーかのように思えた。
ーーーーー
場所は変わり、《アポロニア神殿》。
神殿の奥に、神々しく飾られた神ーー《天帝ゼウス》の金で出来た像へ跪き、祈る男がいた。
また、それを空から見下ろす女の姿もあった。
「……まだそんな宗教をしてるのか、シュドナイ」
「ええ、そうですね。あなたもそろそろ、考えを改めてくれませんかね?」
シュドナイ、と呼ばれた白髪のオールバックに、青服の神父の格好をした男は、赤黒い豪奢なレオタードを着た、蝙蝠の翼を持つ、宙に浮く女性に勧誘をしてみる。
が、女性はふん、と鼻で笑った。
「お断りだね。胡散臭い宗教なんかは特にね。私は縛られたくはないさ」
「残念です、ノエルさん」
ノエルーー緋色のロングヘアを持つ女性、というよりかは高校生のような顔立ちだ。実際はノエルは何歳かはシュドナイにもわからないが。
「それより本当なのか? 【七大罪】が見つかったというのは」
ノエルは半信半疑、といったようにシュドナイに尋ねる。シュドナイは祈る態勢のまま答えた。
「ええ。匿名で教会に連絡がありましたし、ベルフェゴールの【グラビティプレス】を使用していたならば、まず間違いないでしょう」
「だから、その情報が本当なのか、って聞いているんだ」
「それはわかりませんね」
「……おい」
ノエルが呆れ果てたような視線をシュドナイに向ける。シュドナイは祈りを終えたのか立ち上がり、初めてノエルの方を向いた。
「ですから、確かめてきて欲しいのですよ」
「……私が、か? お前、信者を送り込まなかったのか?」
いえいえまさか、とシュドナイは首を振る。
ノエルが額に怒りマークを浮かばせたところで、シュドナイは慌てて理由を説明する。
「む、向かわせたのは下っ端も下っ端なんですよ! その【七大罪】はここしばらく学校を休んでいるらしくて」
……学校?
酷く場違いな単語がノエルの耳をうち、首を傾げる。
「おい、シュドナイ。学校ってなんのことだ」
「だから、学校ですよ。ハイスクール。あれです」
「まさかとは思うが、【七大罪】って教師なのか?」
「いえいえまさか。学生です」
「はぁ!?」
思わず大きな声か出てしまった。あり得ない。《嫉妬》のレヴィアタンや《憤怒》のサタンならばともかく、あの《傲慢》のルシファーや《怠惰》のベルフェゴールが好き好んで学生などに契約するのだろうか? 答えはノーだ。
ノエルは多くの悪魔使いを見てきたが、そのような事態は一度もなかった。ゆえに、あり得ないのだ。しかし、シュドナイは冷静に答える。
「本当ですよ。今は筋肉痛らしいですが」
「筋肉痛!? ますます意味が分からんぞ!」
「まぁまぁ。だから、確かめて欲しいのですよ」
「ぐっ、くそ……」
ちっ、と舌打ちをして、ノエルは翼を広げて再び舞い上がる。
「嘘だったらただじゃおかんぞ」
「それは怖い。では、そうならないように祈りましょうか」
ふん、と鼻で笑ってノエルは飛び去る。相変わらず食えない男だ。昔からつかみどころがなく、ふわふわしている。
しかし……それでいて、隙がないのも確かだ。長い付き合いではあるが、ノエルは未だにシュドナイを測りきれずにいる。
「(……何者だろうな、あいつは)」
幾度となく考えた疑問と共に、加速状態に入ったノエルは音速でその場を後にした。
残ったのは、ノエルが切り裂いた雲の残骸だけだった。
ーーーーー
後日。
六夜はなんとか回復し、学校へ出向いていた。ちなみに、真面目に授業を受けに来たのではなく、刹那岬や天狗、咲希と駄弁るためだ。
クラスに来ても、九々津は鞄を降ろさない。理由は、屋上で寝るための枕イコール鞄だからだ。ゆえに出席簿に名前だけ書いて、屋上に鞄を置くのが九々津の日常だ。当然ながら、今日も。
屋上に着く。時間を見てみると、午前八時三十分。そろそろ刹那岬が怒鳴りにくる頃だ。
……五分経過。来ない。寝坊でもしたのだろうか。
……十分経過。来ない。寝坊確定だ。
……十五分経過。遅刻か?
……二十分経過。遅刻したな。
九々津はごろり、と硬いコンクリの上に寝転がる。暇だ。
「……刹那岬いねーと暇だな」
ゲームでもしよう、と思い、筆箱の中から携帯ゲーム機を取り出す。見つからないように工夫した結果だ。
ゲーム機を起動しようとすると、ヒソヒソと話し声が聞こえた。誰だ?
「ほら、多分あの人だよ」「ああ、前髪長いし、寝てたしね」「あ、起きた。ゲーム?」「私にも見せてよ!」
……なんだろう。屋上に繋がるドア越しに、女子の話し声が聞こえる。聞き間違いか、と思ったが間違いない。もしかして、自分と同じように寝ようとして来たのだろうか。
「……おい、誰だ?」
声の種類からして、複数いる。
試しに話しかけてみると、向こうで悲鳴が上がった。
「きゃあ!? 話しかけられた!」「ど、どうする? 行く?」「行ってみようよ!」「あ、ちょ、押さないで……きゃああああ!?」
ガタンッ、ガラガラドッシャーン!
ドアが開き、四人の女子が流れ出てきた。なにやってんだ。
しかし、九々津はその四人の女生徒に見覚えがあった。
「……ん? お前ら、刹那岬のクラスメイトの……」
「あ、は、はい!」
「俺が言うのもあれだが、授業どーした? お前ら、Aクラスだろ?」
「あ、いえ……」
しゅん、としょげてしまった女生徒。他の生徒も同じように、罰が悪そうな顔をしていた。なにか悪いことを聞いてしまったかな。
一瞬、授業に戻るように促そうとした九々津だったが、自分が言っても説得力はあるまい。
仕方なく、九々津は鞄からスナック菓子を出し、差し出した。
「……?」
「食えよ。美味いぜ?」
パッケージを破き、それを一つかじり、ニッ、と笑ってみせる。
パァ、と女生徒たちの顔が輝き、一斉に九々津の周りに集まってくる。
「ありがとうございます! え、えと……」
「九々津六夜だ」
「ありがとうございます、六夜先輩! あの、ところで一つ聞きたいことが……」
「ん? なんだ?」
五人で菓子をつまみながら喋っている。しかも後輩の女生徒。
こんなのは初めてかもしれない。
普通の男子ならば、ドキドキして会話どころではないだろう。
が、九々津はドキドキなどしない。理由は簡単。そもそも、あまり恋愛的なことに興味がないのだ。
だから、こんな状況でも常に冷静なのだ。
「先輩、その……天満 現世を倒した、って本当ですか?」
「……倒してはない。撃退、かな」
「す、すっごぉい!」
「でも……そんなに強いのに、なんでEクラスなんですか?」
「使ってる魔法ってなんなんですか?」
「待て、ちょっと待て……」
一気に質問責めされたため、答えることが出来ずに困惑する九々津。
慌てふためき、一つずつ答えようとした、その時。
「先輩、昔の思い出とかありますか?」
昔の、思い出ーー。
思い出などではない。しかし、過去の光景が、声が、脳内にフラッシュバックする。
『兄さ……ごめ……逃……て……』
手を伸ばし、腹から血を流す自分に助けを求めるかのような、変わり果てた血まみれの妹の姿と声。
獣の魔獣が肉を食い破り、腕を噛みちぎり、血を飲み干してーー。
「うあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
突然立ち上がり、泣きながら絶叫する九々津。後輩たちも、わけが分からずに目を丸くしている。
九々津は崩れ落ち、震える声で、
「ごめん……ごめん、十六夜……! ごめん、ごめんなぁ……」
俺が、なにも力がなかったから。
そう言って、九々津は目元を拭い、立ち上がった。
「せ……先輩」
「大丈夫。心配するなよ」
「あ、えっ、その……ごめんなさい」
気にするな、と女生徒の頭をくしゃりと撫でる九々津。
ゴキゴキと首を鳴らし、鞄を拾い上げようとした。
が、異変に気がついた。
あたりが、暗いのだ。まだ時刻は午前九時半か、曇っていたわけでもない。ならばーー。
「お前ら! こっちにこい!」
「「「「へ?」」」」
突然のことに、わけがわからないのか動かない後輩たち。九々津は下打ちし、後輩二人を抱き抱える。
当然、わたわたとする二人。
「え? ちょ、先輩!?」
「黙ってろ! お前らも掴まれ!」
九々津の強い口調に、なすがままに首に抱きつく残りの二人。
九々津の髪と瞳が黒から灰色に変化する。ベルフェゴールの力を使い、重力操作で自身を浮かせ、全速力でその場から離れる。
ーー間に合え、間に合え!
影から脱出すること自体は容易い。だが、その影の正体を破壊せねば刹那岬たちが潰れるだろう。
四人を地に下ろすと、影の正体が分かった。
「……ま、魔法か!? しかもあれは、天体系統の魔法だと!?」
なんて規模だ。
天体系統の魔法師はそもそも数が少ない。習得が難しいゆえ、居てもあまり強い魔法は使えないのだ。
しかし、これはーー。
「完璧に隕石クラスだな……! くそ、壊せるか?」
何が起こっているのか理解出来ていない四人を放置し、隕石の元まで飛ぶ九々津。
【花火】では壊せない。ならば。
「【大花火】ッ!」
凄まじい爆発。しかし、傷が少しついた程度だ。ベルフェゴールの【グラビティプレス】でも支え切れるだろうか。
「仕方ない……! 【混沌の破壊拳】!」
ほんの一瞬だけ。
本当に、一瞬だけだが、サタンを解放した影響で、九々津の瞳と髪が赤黒くなる。
魔力をまとった拳が隕石にぶつかりーーあっさりと、砕く。
「ぐ、う……っ!」
しかしーーサタンを一瞬でも解放してしまった。その魔力消耗は凄まじいものだ。
おそらく、今の一撃だけで二割は魔力を消耗しただろう。
「驚いたな。あれを壊すのか」
空からの声。
九々津が顔をあげると、コウモリじみた翼を生やした女が飛んでいた。
「てめぇ、なんなんだいきなり!」
激昂する九々津を意にも介さず、九々津の目の前に舞い降りる。
「私か? 私はなーー」
「悪魔 《オリアス》使い、ノエル=ヴェンデルだ」
同じ、悪魔使い。




