第十四話《陽見池グラトニーⅠ》
アレルシャ孤島での出来事から三日。
九々津は、自宅のベッドで悶えていた。
「……いてぇ…………っ!」
全身が筋肉痛どころの騒ぎではなかった。サタンが九々津の身体を無理矢理に使ったため、魔力の流れまでもがおかしくなっている。
魔法師にとって、魔力とは血液も同然だ。
おかげで、三日前から頭痛やら目眩やら発熱やらで苦しめられていた。流石は悪魔の王。やることがえげつなかった。
「あいつ……、なんか魔法使いやがったな……! 魔力を考えろ、あのボケ……!」
などと愚痴っても、失った魔力は戻ってこない。安静にしていれば、明日にでも元に戻るだろう。
そう。
安静に、していれば。
ーーピン、ポーン。
「……? 誰だ?」
九々津には友人が少ない。
そのため、訪ねてくるなど陽見池か天狗か刹那岬かに限られている。
しかし、今は学校の真っ只中だ。
真面目な陽見池と刹那岬が、サボってまでくるとは思えない。
「…………天狗、か?」
ドアの鍵を開けてやりたいが、筋肉痛で一歩も動けない。どうしよう。
数秒考えてから、九々津は、まあ天狗なら居留守でもいいか、という結論に至った。数少ない友人に対してこの扱いはどうなのだろうか。
九々津は痛む身体を起こすのをやめ、またベッドに潜り込む。
またインターホン。無視する。
インターホン。無視。
……ようやく、静かになった。
「えいっ♪」
「はっ?」
ドアの向こうからほんわかした掛け声。直後、九々津の家のドア (鉄製) に、爪痕が刻まれた。
ズ、ズズと音を立ててドアは崩れ去り、その機能を果たさなくなった。
「九々津君? なんで出てくれないんですかぁ? お姉さん、激おこですよ?」
少しウェイブのかかった白髪の腰まであるロングヘア。
白が主体のふんわりドレス。
ほんわかした口調。
右手にある、白虎を模した爪の《神器》。
「っ、き……麒麟、校長……!?」
終わった、俺ののんびりライフ。
九々津は、倒れそうになった。
よりにもよって、最悪なキャラが現れるとは。
九々津は、脳内でRPGの画面を起こす。
麒麟が現れた。九々津はどうする?
逃げる。その一択だった。
九々津はベッドから飛び降り、そして転ぶ。
筋肉痛、おそるべし。
「ありゃ、筋肉痛ですか? なんでまたそんな……」
「…………聞くな」
よいしょっと、と九々津をお姫様抱っこして、ベッドに戻す麒麟。
情けないとも思ったが、仕方ない。身体がまともに動かないのだ。
どさり、とベッドに転がる九々津。それを麒麟は、ほんわかスマイルで眺めていた。
「……ところで、九々津君、一人暮らしなんですね?」
家のなかの、一人分だけの必要最低限の家具を見て、麒麟は呟いた。
本当は、二人用だったのだが、それは伏せておくことにした。どうせ言っても変わらないのだ。言うだけ面倒だ。
「ええ、そうですね。つか、麒麟校長はよく俺の家、知ってましたね?」
「ふふ、生徒の家くらいわかりますよ」
「そういうもんですか」
「そういうもんです」
いつものほんわかスマイル。
しかし、この人はまさかとは思うが生徒全員の家を記憶しているのだろうか。もしそうなら化物だ。
麒麟は、今あることを思いついた。
「ところで、九々津君。うごけないのに、ご飯はどうしてたんですか?」
「……あーいや、その……」
そう。九々津は丸三日、たべていないのだ。
なんとか言い訳を試行錯誤していると。
クルルルルル。
九々津の腹が、タイミングよく鳴った。
「……………………」
「…………ぷっ。あはははは! やっぱりなんにも食べてなかったんですね!」
「…………」
「待っててください。なんかてきとーに作りますからぁ」
そういって、とてとてとキッチンの方へ歩いていく麒麟。
少し大きめの冷蔵庫を開け、なにか食材を取り出そうとするとーー。
ドサドサドサドサッッッ!!!
冷蔵庫から飛び出してきたなにかに、麒麟は押し流された。
「きゃああああああ!?」
そして、そのなにかに埋まる。
ガラガラと積み重なり、山と化したそれをどかして顔を出すと、その正体がわかった。
「いたたたぁ……。って、カップ麺? なんで冷蔵庫に?」
そう。
崩れてきたのは、カップ麺だった。
それも様々な味の様々なメーカーの様々なカップ麺。
どれ一つとして同じものは無い。
驚いたのは驚いたが、それよりも、なぜ冷蔵庫にカップ麺を入れてあったのか、麒麟は不思議でならなかったが。
「く、九々津君? なんで冷蔵庫にカップ麺が入ってるんですかぁ!?」
「え……いや、普通冷やすでしょ」
「ええぇ!?」
「腐るじゃないですか」
「なわけ無いじゃないですかぁ! って……もしかして、食事って全部カップ麺なんですか?」
「はい」
当たり前のように肯定する九々津。
いくらなんでも身体に悪過ぎやしないだろうか。
冷蔵庫の中身はやはり、空。
それはつまり、床に散らばっているカップ麺しか入っていないことを意味する。
普通の食材が、なにひとつとして無いのだ。
これでは料理の達人であろうがなにも出来やしない。
「困りましたね〜」
「俺は料理ができないからな。カップ麺しか食えないんだ」
「うーん。じゃあ、てきとーに買ってきますから待ってて下さいね」
ドレスの裾を翻し、玄関へと向かう麒麟。
それを慌てて呼び止める九々津。
「ちょっ、麒麟校長! 金!」
「お昼ご飯くらい奢ってあげますよぉ〜。お姉さんをなめちゃいけませんよ?」
ほんわかスマイル、発動。
九々津はこの笑みには弱く、もはやなにも言えなくなってしまった。
数秒後、バタン、と扉の閉まる音が聞こえた。
ーーーーー
一時間ほどして、麒麟は帰ってきた。
両手には凄まじい重量のある買い物袋。
その頃にはふらふらながら起き上がれるようになっていた九々津は、絶句した。
「……く、食い切れるんですか?」
「うーん、ちょっと買いすぎたかもしれませんけどね。あ、これ持って行ってください」
渡された途端、腕が一気に重くなる。
いや、ちょっとじゃないだろう。
まるでベルフェゴールの【グラビティプレス】でも食らったかのような重さ。それが四つ。
一体どんな筋力なのだろうか。
「あ、そーそー九々津君に学校のお知らせするの、忘れてましたぁ」
「なんですか。つか、校長なのに忘れてていいんですか?」
「いーのです。えっとですねぇ」
野菜を切りながら、麒麟はいつもの口調で。
「《十字軍》の方たちが来ましたよぉ。九々津君に会いに」
《十字軍》。
天使に使えるという宗教の魔法師たちの集まり。
その権力は、九々津たちの住まう《レディネリア大陸》でもかなりのものだ。
そいつらが、九々津に会いに?
「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………は?」
バレた、かもしれない。
どうも、月影です。次回からは一週間に一度の更新予定っす。代わりに文字数が増えますんで、よろしくお願いします。
あと30000PV突破。嬉しすぎます(T ^ T)




