第十三話《六夜スロウスXⅢ》
「正解だぜ、小僧」
悪魔の王ーー憤怒のサタンは肯定した。
嗜虐的な笑みを浮かべるその顔は、明らかに九々津のものではなかった。
対する現世は、恐怖、畏怖よりも歓喜のほうが大きかった。
「は……ははははは! 素晴らしい! まさか【七大罪】が全て揃っているとは! 思いがけぬ収穫だ!」
「うるせー餓鬼だな、おい。お前もあれか? 俺らを使って、世界征服とかいうあれか?」
「くくく、そんな馬鹿なことに興味はありませんねぇ。しかし、何故隠していたのですか? ああ、もしかして悪魔とかが校則で禁止ですか? ありましたよ、私のときも」
ニヤニヤと笑いながら、現世は楽しそうに話す。
悪魔の王は、ゴキゴキと首を鳴らす。どうやら、これは九々津だけの癖ではないらしい。
「んで? 俺らを使ってなにする気だよ。場合によっちゃぶっ殺す」
軽い口調だが、サタンが言うと洒落にならないので恐ろしい。同じことを思ったのか、現世はちょっと顔を引きつらせた。
実際、サタンは冗談ではなかった。
昔、つまらないことを言って消し飛ばされかけたやつがいる。
その直前で九々津が意識を取り戻したからいいようなものの、下手をすれば死んでいた。
現世は咳払いをして、真剣な顔つきへとなる。
「……悪魔の王。私が望むのは、魔獣と人間の共存で「消し飛べ」
再び赤黒い光線が放たれ、現世に向かって伸びていく。
慌てて現世は魔法陣を展開し、受け止めようとするが、防御用の魔法陣はあっさりと砕かれ、吹っ飛んだ。
「うおああああああ!?」
数十メートルは軽く吹き飛ばされ、なんとかそこで踏みとどまった。
が、死ぬかと思った。
服はところどころ焼け焦げ、ダメージも凄まじい。
ぜいぜいと息を切らしながら、なんとかサタンの声を聞く。
「共存? 馬鹿だろお前。出来るかよんなこと」
「……な、なにを…………」
「出来ねえっつってんの。無理無理、絶対無理」
断言するサタン。
またゴキゴキと首を鳴らし、現世へと冷たい視線を向ける。
「だいたい、そんなことなんで出来ると思ったのかが分からん」
「お……王には関係のないことです」
「協力しろっつっといて関係ないだァ? それこそ馬鹿かお前」
「くっ……」
なにも言えなくなってしまった現世。サタンの言うことももっともなのだ。
悔しそうに歯ぎしりし、やがて諦めたかのように息をついた。
「……分かりました。では、他の大罪と話をさせていただきたい」
「無理。あいつらは寝てんだよ」
「は?」
意味がわからず、思わず素っ頓狂な声をあげる現世。
寝ている、とはどういうことだろうか。
「起きてねーの。正確にいうと、ベル以外は覚醒してねーんだよ。ゼバブはお出かけしてるしな」
ベル、とはベルフェゴールのことだろう。ゼバブ、とはヴェルゼバブのことだろう。しかし、お出かけ?
ますます意味がわからない。
しかし、今はこれ以上は話せないということだけは理解した。
「……今回は、引きましょう。悪魔の王を相手取るには分が悪い」
「あ? 逃がすと思ってーー」
現世は言葉をまたず、全身から閃光をほとばしらせる。
一個の光と化した現世の姿を見ることが出来ず、サタンは目を瞑ってしまった。
「くっ? め、目くらまし!?」
「さらばです、悪魔の王。次は……私の、空虚な理想を聞き入れていただきたくある」
目を開けると、すでにそこには現世の姿はなかった。
いつ九々津が起きるか分からない以上、ここで引いてもらったのは運がよかった。
安堵したのも束の間、サタンの視界が揺らめいた。
「……あ、やべえ。起き」
皆まで言えなかった。
九々津が起きてしまったのだ。
「かは……っ! さ、サタン……てめえ……」
『わりぃ、六夜の身体、めちゃくちゃに使っちまったぜ。まー死ぬよりマシだろ?』
「そりゃ、そーだが……っ!」
空中にいることを忘れていた九々津。そういえば、胸に穴が空いていたのだ。痛みで魔力の制御が出来ず、落下していく。
ここから落下したらまた気絶する。
まあいいや。
したらしたで、もうサタンに学園まで連れてってもらおう。
そう思ったとき、
「二年Eクラス十五席、九々津六夜君……ですかね?」
「へっ?」
ガシリ。
足を掴まれて、宙吊りの形になる九々津。
掴んでいるのは、白色のウェイブのかかったロングヘアの女性。
「……き、麒麟、校長!?」
「はーい、正解でーす。ご褒美に、学園まで連れていってあげまーす」
ほんわかとした笑顔に、語尾にハートマークでも付きそうな喋り方。
この女性こそが、九々津の通う月読魔法学園の校長ーー《月読 麒麟》である。
「それじゃ、行きますよー」
「え……って、うおおおおおお!?」
行きますよー、なんて生易しいものではなかった。
背中から煌めく炎の翼を二対生まれ、それが凄まじい速度で羽ばたくのだ。当然、その速度たるや暴走フェリーの非ではなかった。
絶叫しながら、九々津は足を掴まれたまま、麒麟に引っ張られていく。
「……も、もう勘弁してくれ」
力尽きた。
ーーーーー
「起きて下さい、九々津君」
「……あ? ってうおお!?」
目を覚ますと、視界いっぱいに麒麟の整った顔があった。
近い。近すぎです。
あたりを見回して、ここが月読学園の校長室だということを理解した。どうやら自分はソファに寝ているらしい。
「……もしかして、俺、気絶してましたか?」
「もしかしなくてもそうですよー」
あまりの速度に気絶したらしい。
まさか速度で気絶するとは思わなかった九々津は、麒麟の魔法に感嘆した。
「……い、一体どんだけスピード出したんだ…………?」
「軽く時速千キロは出てましたからね。気絶するのも無理はありませんよ」
「…………」
もはやなにも言うまい。
九々津はまだふらふらするが、なんとか立ち上がった。
「麒麟校長。報告があります」
「もーそんなぁ。麒麟でいーですよ」
「いや、あんた先生。しかも校長」
「どーしてもなら、麒麟お姉さん、で……」
「…………」
絶句。
こんな人が校長で大丈夫なのだろうか。不安になってきた。
ふと、あることを思いついた。
「そういや、麒麟校長ってかなり若いですよね? 何歳くらいなんで……」
そこで、言葉は途切れた。
風とともに、九々津の頬に痛みが走る。触れてみると、微かに血がついていた。恐る恐る顔をあげると、投擲後の態勢で麒麟が満面の笑みを浮かべていた。
「……九々津君? 女性に年齢を聞くのはマナー違反ですよぉ?」
「…………す、すいません」
怖すぎる。無理だ。
麒麟の魔法ーー《四神魔法》と呼ばれる、世界十大魔法の一つである。
朱雀、玄武、青龍、白虎の四神の力をその身に宿す魔法である。
おそらくは、九々津を気絶させるほどの速度を出した翼は、朱雀の力の一端だろう。
九々津は下手なことを言って燃えカスにされないように、現世とのことを話した。
「……なるほど。なんとなく分かりましたぁ」
「でも、出来るんですかね。人間と魔獣との共存なんて」
「あ、無理ですね」
麒麟の答えは、サタンと全く同じものであった。
ちなみに、麒麟にはサタンとベルフェゴールのことは伏せておいた。月読学園では、別に悪魔魔法は禁止されてはいないが【七大罪】ともすれば話は別だからだ。
麒麟はカップに紅茶を注ぎながら、無理だと即答した。
「だって住んでる世界が違いますよぉ。ほら、犬とか猫とかのペットは共存出来ますけどね? いきなり熊と共存しろ、なんて言われたって普通の人は絶対出来ませんよ」
それはそうだ。
魔法師ならばともかく、ペットとして触れ合うなど不可能だ。
いや、魔法で無理に押さえ込んでも、それは共存とは言わないだろう。
「……まあ、現世がなにを考えてるのかは知りませんよぉ? ですけど、それは無理です。保証しましょう」
「……了解です」
「はい、出来ましたよ。紅茶です。美味しいですよーあったかいですよー」
そう言って、マグカップを一つ九々津に差し出してくる。
一口飲んでみると、それはすごく美味かった。
紅茶に関しては、全くの素人である九々津が飲んでも美味かった。
「私、紅茶好きなんですぅ」
「へえ……」
「あ、そーいえば、刹那岬さんたちは学生用ホールで心配してましたよ? あとで顔を見せたげて下さいね?」
「はい」
「で、どっちなんですか?」
「はっ?」
どっち、とはなんだろうか。
九々津は意味が分からず、首を捻る。麒麟は一口紅茶を啜ってから、
「刹那岬さんと陽見池さんです。本命はどっちなんですか?」
「ぶっ!?」
いきなり過ぎる質問に、九々津は思わず飲んでいた紅茶を吹き出しかけた。
ゲホゲホとむせて、数秒してから涙目で麒麟を睨んだ。が、相変わらずほんわか笑顔だ。
「……麒麟校長と話すのは疲れる」
「そぉですか? 私は楽しいですよ?」
そりゃあ、あんたが振り回してるからな。
九々津はげんなりして、立ち上がった。
「じゃあ、俺はもう行きますよ。疲れた……」
「はいはーい、いつでも来てくださいねー」
絶対に嫌だ。
校長室に、いつでも行く。
「……どんな不良だ。おい」
九々津は欠伸をして、校長室から出た。
学生用ホールでは、天狗、陽見池、刹那岬と火賊徒までもがむかえてくれた。
九々津は、相変わらず眠そうだ。
これが、Eクラスの最強魔法師とその仲間たち。
はてさて、彼らの行く末は……?




