第十二話《六夜スロウスXⅡ》
ーーこの世界の種族は、大きく分けて四つに分かれる。
人間界に住まうのは、人間と魔獣。そして、異界に住まうものが天使と悪魔である。
天使、悪魔は魔獣、人間とは比較にならぬほどの魔力を有している、恐るべき種族なのだ。
しかし、その恐るべき種族が歴史に少なからず影響を与えたのも確かであった。
そして、その中でも特に強い力を持った悪魔こそが、【七大罪】なるものであるーー。
「とうとう見つけましたよ、【七大罪】が一人、《怠惰のベルフェゴールッ!」
興奮する現世とは対象的に、面白くなさそうな九々津。それどころか、欠伸までしている。
【七大罪】の一人、《怠惰のベルフェゴール》。そのことの重大さを、理解していないかのようだ。もちろん、そんなわけは無いのだが、他人からはそう見えてしまうのだ。
やる気のない、怠惰なように。
「しかし、まさか人間に憑依していたとは! 道理で見つからないわけだ」
「あのさ、ちょっといいか?」
「くくく……これで一人目だ。なんとしても七人そろえて見せましょうぞ」
「おーい? 聞いてるか?」
「くっくっく……はっはっぎゃあぐっ!?」
耐えかねた九々津は、【花火】で現世の顔面を撃つ。
奇妙な呻き声をだして、仰け反って鼻を抑える現世。
ため息をつきながら、九々津は首を鳴らした。
「ちょっとは人の話を聞け。……まず言っておくが、俺は九々津 六夜だ。ベルフェゴールじゃあない」
俺は、俺だ。ベルフェゴールじゃない。
そう言って、少しだけ、昔のことを思い出した。
悪魔使いの犯罪魔法師に、殺されてしまった妹のことを。
ーーーーー
血が飛び散る。
悲鳴が響き渡る。
狂気に満ちた嘲笑が耳を劈く。
『ぃ……ざ、よい……』
目の前で、妹の血が。妹の腹が。妹の臓器が。妹の叫びが。
狂気に、踏みにじられていく。
何も出来ない。無力だ。
獣の悪魔が、なにかを咀嚼する音がする。
やめろ。やめてくれ。やめろよ。
ぁァ、ナんデ、どぅシて、ボくは、オれは、ワタしは、なニモシてアゲられナぃんダ。
タスけテアゲるから。ぜったィに、タスけテアゲるから。マッてて。ぁア、ムりだ。カテなィ。
なんデモいぃ。チカラガホシイ。
ーーならば、くれてやろう。
意識は、そこで途切れた。
ーーーーー
あれから、なにがあったのかは分からない。
なにせ、その記憶がないのだから。
ただ、自分が、悪魔『達』と契約してしまったことは憶えている。
『貴様の身体に住まわせてもらおうか。期限は……そうだな、貴様の夢が叶うまでだ。もちろん、自我は残してやろう』
だから、九々津は迷わずにベルフェゴールなどでは無い、と答えた。
しかし、そんなことを知るよしも無い現世は理解出来ていない様だ。納得するはずも無かった。
「……そうですか。では、確かめてみましょう」
その言葉と、奇妙な感覚が九々津を襲ったのは同時だった。
身体を、なにかが貫いている。
「かは……っ!?」
口から盛大に血をぶちまける。
それは遥か遠い地面に、雨のように落下していく。
九々津は、自分になにが起こったのかを理解した。
カメレオンだ。
現世のカメレオンの舌が伸び、九々津の身体を貫通したのだ。
「ふふふ、一度死んで、仮に悪魔がいたならば出てくるはずですからね。死んでもらいますよ」
「てめ……なんつーコトしやがる……ッ!」
「【七大罪】の一人が手に入るかもしれないのです。これくらいのことはしますねぇ……。やりなさい、メレア!」
シュッ、と低く音を立てて、カメレオンが赤い舌を伸ばしてくる。
地獄のように痛む腹部を抑えながら、なんとかそれを弾き飛ばす。
が、現世の周りに数十の魔法陣が同時に出現し、それらからすべて魔獣が現れる。それも、かなり高位の魔獣だ。
九々津は絶句した。
ダメージにより、髪も元の色に戻ってしまっている。
勝てる要素など、現時点では皆無だった。
(こ、これ……真面目にヤバくねぇか?)
改めて、第一級犯罪魔法師の肩書きを思い知らされた。
マズい。死ぬ。
「終わりです……行きなさい!」
黒スーツに覆われた腕をかかげ、攻撃の合図を下す。
一斉に魔獣が九々津に襲いかかる。目の前が魔獣で覆い尽くされる。暗くなる。
そして。
「ーーてめぇがな」
【混沌の咆哮】。
ただ一言、九々津はなにかを呟いた。
そして。
口から、赤黒い光線が放たれた。
「…………………………は?」
現世は、顎が落ちた。
十数体もの高位魔獣たちが、一瞬にして光線に飲み込まれていく。
九々津は何時の間にか、髪と目の色が変わっていた。
灰色ではなく、赤黒い不気味な色へと。
「くっくっく……。外に出るのはいつぶりかなァ……。俺ァ、六夜が気絶でもしねーとベルと違って出られねぇからなァ」
明らかに、先ほどまでの学生とは違う口調。
もちろん、こんな喋り方はベルフェゴールでもしない。
ならば、どういうことか。
「な、な、な……!?」
「狼狽えてんじゃねーぞ、小僧。
悪魔の王に喧嘩を売るとはいい度胸じゃねーか、ああ?」
狼狽し、落ち着かなくなっている現世に、『九々津らしきもの』は威圧する。
しかし、そんな威圧など現世にとってはどうでも良かった。
考えているのは、ただひとつ。
ーー悪魔の王。
「ま、まさか貴様……!?」
「そのとーり。てめぇの察してるとおりだ、小僧」
『絶望』と『歓喜』の入り混じる声で、現世は叫ぶ。
「【七大罪】全てを……宿しているのか!? 答えろ……悪魔の王、《憤怒のサタン》よ!!!」
「正解だぜ、小僧」
悪魔の王は、静かに肯定した。




