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Eleven geniuses  作者: 雪氷
第四話 ~第二の罪 自己保身~
31/32

「……愛里、もうやめてくれへんか」


氷石が疲れたような顔をして言った。


「けけっ、黙ってやってもいいぜ。どうせあとちょっとで終わりだしな」


タイマーを見ると”01:00”の表示。

残り一分。先程まで滞ることなく流れていた文章は止まっている。

終わっているのならば、愛里がこんな余裕を見せている筈がない。

……もしかして、分からないのか?

神之崎は嗚咽を漏らしながら、またも目線を下に向けていた。

じわりと広がる焦燥。

気にならなかった鼓動の脈打つ音が嫌でも耳に入る。


「おい神之崎テメェ!!」


哀田が突如として大声を上げた。

赤外線センサーに触れない限界まで近付き、怒りに顔を歪める。

やり場のない拳を血管が浮き出るほど強く握り、咥えている煙草は噛み締められてくしゃくしゃだ。


「早くやれよ!! 俺が死んだらどうしてくれんだ!?」

「リサは、どうしてこうなっちゃったの……? どうして、どうして、こんなはずじゃなかったのに……」


怒声を浴びせられた当の本人は上の空で、ぽつりぽつりと小さく声を漏らす。


「テメェのことなんか知らねぇよ! いいからやれ!!」

「哀田やめろ!! 不安煽ってどうすんだ!」

「あぁ!? うるせぇな、こいつがちゃんとやんねぇのが悪いんだろうが!」


哀田と柊が言い争う。


「ちっ、これだから男は……」


柊が話に耳を傾けない哀田に嫌厭とした目を向けながらそう小さく呟いたのを聞いた。

蜘蛛の巣柄のタトゥーがある右頬に爪を立て睨む柊の横顔は、ひどく冷ややかで得も言われぬ憎悪に満ちている。


「後悔するって、分かっててあんなこと、するんじゃなかった……」

「……ねえ神之崎さん、このままでいいの? このままだったら、死ぬよ」


苦々しそうに、真剣な表情で闇野は神之崎に問うた。

それを聞いて神之崎は潤んだ目を上げた。


「リサだって、し、死にたくなんか、ないよ!! でも、でも!! こうなったのは全部、り、リサのせいなの、だから、きっと今、リサが死ぬのも、仕方ないの!! そ、それに、もうバレちゃってるなら、リサは結局、こ、殺されるんだから……それなら、い、今、ここで」


声を震わせ大粒の涙を流す神之崎。

神之崎は完全に諦めている、こうなったら終わりだ。

少なくとも俺にはこの状況を覆す打開策は見出せない。

神野崎の目がホログラムに向けられると、文章が勢いよく流れピタリと止まる。

最後の悪あがき、というやつか。


「美海、ごめんね……? リサ、あの時からダメだったんだよね……」

「ダメですリサさん! 死んでしまっては、変えられるものも変えられなくなってしまうんですよ!?」


怜南の叫びに重なるようにしてけたたましいサイレンが鳴り響いた。

まるで空襲警報のようなサイレン。

もしかして、そう思い後ろを振り返るとモニターには無慈悲にも”0:00”の表示が。

――時間切れだ。

神之崎も津河井と同じように死ぬ。

俺は怜南に駆け寄った。


「ざーんねーん! ゲームオーバー!!」


愛里の歓喜に溢れた声が木霊する。

と同時に重い金属音がギロチンの稼働を告げた。

神之崎の目が大きく見開かれて、ガタガタと震え呼吸が荒くなる。

思いきり噛み締められた唇からは血が流れた。


「そんな、待ってください美海さん!!」

「無理でーす、オレは待てませーん」


”タイマーがゼロになると作動、ゼロになってからキッカリ五秒後に一トンの刃が落ちるようになってる”、愛里の言葉が蘇る。

五秒後、神之崎は死ぬ。

あの刃が落ちて、真っ二つに。


「怜南! 見るな!!」


見せてはいけない――直感的にそう判断し咄嗟の行動に出た。


「れいや、さ」


怜南の肩をぐっと引き寄せ、俺の身体で見えないよう強く抱きしめる。

怜南は泣き出しそうな声で小さく助けなきゃ、と呟きながら俺の腕を引き剥がそうとするが、俺は力を緩めなかった。

駄目だ、行かせるわけにはいかない。惨事を見せるわけには――


「――イチ、ゼロ!!」


――しん、と静まったその刹那。

どくん、心臓が跳ねた。

刃が落ちる音だろうゴオッと風を切る重い音が耳に届く。

直後、建物が壊れるのではないかと思う程の地響きが轟いた。

その衝撃がびりびりと身体に伝わる。

しかしそれは、あまりにも一瞬のことだった。

掻き消されたのか、はたまた声を上げる余地がなかったのかは分からない、悲鳴は全く聞こえなかった。

神之崎自身の悲鳴も、他の奴らの悲鳴も。

津河井の時のような、人間の死ぬ音でさえも。

そして愛里の下品な笑い声と死臭が部屋を満たす。


「うーん? ちょっと調整ミスったのかぁ? あんまりキレイに真っ二つじゃねぇなあ……。目が飛び出るのは予想できたけど頭が歪んじまってるし……」


怜南は腕の中で肩を上下させていた、おそらく泣いているのだろう。

宥めようと背中をさするが、当分落ち着く様子はない。


「このギロチン一回使ったら復帰に時間かかるからよ、誰かその場でいいから答え入れてとっとと次行け」


既に興味を失ったらしい愛里は、男で試用するんじゃなかった、刃をもう少し軽くすればなどとぼそぼそ独りごちながら天を仰ぐ。

背後では人が動く気配は微塵もなかった。

目も当てられない惨状が広がっているであろう場所を振り返ることができず、震える怜南に視線を落とす。

血や排泄物、何か得体の知れない独特の臭いが鼻を突いた。

それが一人の人間の死を感じさせ、陰鬱とした気分になる。


「これ……」


闇野が口を開いた。横目でその様子を覗く。

闇野の前にはホログラムが二つ。問題の内容とキーボードが表示されているものだ。

目を凝らしてよく見ると、漢文と日本語訳が並んでいる文章の漢文の方は、最後の一文字を残して青く染まっている。

……神之崎が解いている最中は、全く気付かなかったな。


「あいつ、答えられなかったわけやないんやな……」

「ししし、信じられない……、なな、な、なんで自分から死に行くような、こ、ことを……」


悠川の言うとおりだ。死を選ぶことで罪を償えるとでも思ったのか?

……相変わらず他人の考えは分からない。


「お? もう入力終わったのか? おめでとうございまーす! ギロチン部屋クリアでーす!」


たいそう騒々しい称賛の声を上げ、乾いた拍手をする愛里。

入ってきた扉と正反対の位置の壁に、白い金属製の扉がふっと現れ少し驚く。

今までその存在に気付かなかった、というわけではなさそうだ。

周りの壁と同じ映像が投影されていたのだろうか?

その扉が音もなく開く。扉の向こうには狭い個室が。


「それエレベーターになってんだよ、全員乗ったらこっちで操作すっから早く乗れ」


悠川が転びそうなほど慌てていち早くエレベーターに乗り込んだ。


「怜南、先に乗れ」


血を見せないように俺の身体で隠しながらエレベーターの中へと誘導する。

わざわざ死体を見る必要はない、俺も続こうとした。

そこに、


「あー、水城怜也待てよ、死体も見ずに行っちまうってのか?」


愛里が俺を名指しして引き止めた。

ピタリと動作を止め、少し間を置いてからモニターを振り返る。


「……何だと?」

「ほらちゃんと見てから行けよ、おまえは見なきゃなんねぇんだから」

「……どういう意味だ」


問うと愛里は自分のこめかみを人差し指でとんとん、と叩いた。


「おまえは奴らの死を記憶しろ」


そう言い切りもういいから行け、と再び手元に視線を落とす。

一方的に言うだけ言って、一体何なんだ。

訳の分からないままエレベーターに足を踏み入れ、部屋を振り返る。

目に入ったのは、血の海と転がった眼球だった。

黒く濁ったその瞳がじっとこちらを見ている。

まるで、ここから立ち去る俺達を睨むように。

背筋を冷たいものが這い、冷や汗が額に滲んだ。

何故かそんな非現実的な想像をしてしまう。俺らしくないと頭を振った。


「……はあ」


もう死体を見るまいと両手で顔を覆う。

頭から離れない、人の目。

血溜まりの中から生気のない目が俺を見る。

……俺は、そんな目を見たことがあったか?

分からない、分からないが……とにかく、嫌な気分だ。


「怜也、さん……? 大丈夫ですか?」


怜南が弱々しく触れてくる。その感触で徐々に落ち着きを取り戻した。

心配そうに見上げるその目を見て、再認識する。

……ああ、そうだ。

俺は、このたった一人の家族を、怜南を守らなければならない。

守るためには、こんなことで狼狽えていては駄目だ。

身体がぐらりと揺れる感覚がして、エレベーターが動き始めたことに気付く。


「ああ、平気だ」


怜南に気付かれぬよう静かに息を吐いて、扉を見据えた。

もう、目は見えない。


――


全員がエレベーターに乗り込んだのを確認して、機器を操作する。

閉じられていく扉を見ながら大きく伸びをした。


「オレの目標たっせーい!!」


心のわだかまりがすっかりなくなって、小躍りしそうなほどに嬉しい。

こんなに良い気持ちになるんなら、もっと早くに殺しておくべきだったかもしんねぇな。

モニター越しにクソ女の死体をまじまじと眺め、その事実を噛み締める。

ああ、本当に殺してやったんだ、本当に、本当に!!


「……美海、終わったん?」


背後から声を掛けられ振り返らずに、ああ、おっさんかと返事をした。


「サイッコウだな、憎んでた奴殺すのって!! 清々しい晴れ晴れとした気分だぜ!」


どうしようもなく笑いが込み上げる。

あの女が、神之崎が死んだのが嬉しすぎてどうにかなっちまいそうだ。

椅子を回転させおっさんと向き合う。それから窮屈な仮面を外しニッと笑いかけた。


「けけ、おまえも早くあいつ殺してぇだろ?」

「したっけそろそろあっち向かうわ。おめぇさんも来るか?」


おっさんがくっくっと笑いながら踵を返す。


「いーや、めんどくせぇからいい。死体に用はねぇ」

「くっ、そういうと思ってたんよ」


ひらひらと手を振って立ち去るおっさんの背中を見届けてからモニターに向き直る。

うーん、そうは言ったもののやっぱり生で見た方が良い気がしてきた。

カメラ越しじゃリアリティがねぇもんな、においもしねぇし。

ズームアップしても細かいところまでは見えない。ドローンでも飛ばしておけば良かったぜ。

後で見に行くか……。めんどくせぇけど。

悩んでいると、ギイと扉の開く音が聞こえた。何だ?

カメラを操作し部屋を見回す。


「あ? 志慈?」


仮面を片手にぶら下げて、いつもの”いかにも病んでます”って顔で神之崎の死体に視線を落とす志慈がいた。

ぐいーっとズームして様子を窺う。

何してんだあいつ?


「何でおまえここに来た? おまえにとってそいつは赤の他人だろ?」

「……様子を見に来ただけです」


消え入りそうな声で答えた志慈は真っ二つになった死体の傍で何かを見つけたのか、血の海に手を伸ばした。


「おいおいおいおいやめとけよ、おまえさっき津河井の死体で吐いてただろーが。また吐いちまうぜ?」


ゲーッと吐く真似をしてからかうが反応はない。

相変わらず冗談の通じねぇ頭のかてー奴だぜ。

まあ、普段みてぇにパニックの発作起こさねぇだけマシだけど。


「……これ、見覚えありますか?」


志慈が手に取ってこっちに掲げたのは血に塗れたストラップだ。

それもウサギのぬいぐるみがついたやつ。

ウサギの象徴は……、なんだっけ。性欲と寂しい、だっけか。いかにもメンヘラって感じでウゼェな。

ちなみに全く見覚えはない。


「終始大事そうに握っていたので気になったんですが……」


大事そうに握ってた? へえ、気付きもしなかったぞ。

目を瞑って考えてみる。

思い出そうとしてみるが、なんだか面倒になってすぐにお手上げのポーズをとった。


「さっぱり分かんね。少なくともオレは、そのストラップを見たことも触ったこともねぇな」

「愛里さんに、関係のあるものかと思ったんですけど……そうですか、分かりました」


志慈はそう言って元の場所に戻した。それから手に付いた血をパーカーの裾で拭く。

その顔はいつにも増して暗く、今にも死にそうな感じだ。


「忘れられないから、きっと僕は……」


微かに聞こえた志慈の独り言は、フェードアウトして何を言ったのか分からない。

……? なんつったんだ、今。


「なんかおまえ、暗いなー。津河井死んだっていうのによ。夢叶ったんだからもっとテンション上げてこーぜ? こっち戻ってきたら酒でも飲んでさあ」

「……僕達、まだ未成年ですよ」


不格好に口角を上げくすりと志慈が笑った。


「んな細けぇこたぁなしよ、つってもどうせおまえはまじ」

「でも、それも良いかもしれませんね」


思わぬ発言に目を丸くする。

え? あのクソ真面目な志慈が冗談言ったぞ? こりゃスクープもんだな。

オレが言葉に詰まっているのを知ってか知らずか、小さく礼をして口を開いた。


「……愛里さん、気遣ってくれてありがとうございます。では行きますね」

「お、おう」


部屋から志慈が消え、静寂が訪れる。

なんだあいつ、いつもと違ぇのは今日が本番だからか? 分かんねぇなあ……。

調子を狂わされてボリボリと頭を掻く。

まあどうでもいいか、とにかくオレの目標は達成したんだ。

終わり終わりーっと。


「さーて、一眠りしてから見に行くとすっか……」


また大きく伸びをしてから、デスクの空いている場所に顔を伏せる。

連日寝る暇もなかったから眠気はあったが、気分が高揚してなかなか眠れそうにない。

……と思ったが、数秒で意識は闇の中へと落ちていった。

第四話終了です。次回からは神之崎リサ過去編となります。

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